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挿話・夢の中の逃走

 懐かしい顔があった。

 白髪に老けた顔。

 白衣の老人が俺を覗きこんでいる。


 懐かしいといっても数週間前だ。

 俺にとっては命の恩人であり、洗脳を解いてくれたドクターであり、俺を改造した悪魔のような科学者の一人だ。


 正直、彼に洗脳を解いてもらうまでは、俺は首領の命令に忠実な幹部として様々な悪事に手を染めていた。

 別組織に忍び込み、重要機密を奪ってきたり、インセクトワールド社に都合の悪い要職の重鎮どもを暗殺したり、調子に乗って重要施設を潰した正義のヒーローを闇討ちしたり。

 平和主義者である俺がそんなことを行ったのは、この科学者による洗脳のせいである。彼らも首領に洗脳されて忠誠を誓ってやっているので恨むのもどうかと思うのだが、やはり無理矢理人殺し稼業に手を染めさせられたことは恨んでいる。


「メンテナンス終了だな。これで……」


 確か、バグソルジャーとかいう正義の味方の本拠地を探りに行った帰りだったろうか?

 そこの科学者が仕掛けたらしい罠に嵌ってしまい瀕死の重傷を負った俺は、インセクトワールド本社で治療を受けていたのだ。

 メンテナンスも同時に行ったので、大体一週間はそこにいただろうか?


 その最後の日、最終メンテナンスを終えた時の光景らしい。

 手術台に乗せられ、眩しい無数の光に照らされながら老人の話を聞いていた記憶が思い出される。

 その記憶に少しの違いもなく、実際にあった事件が起きる。


 老人の言葉を遮るようにサイレンが鳴る。

 赤い光が周囲を照らし、光と光が混じりあう。


 目が痛い。

 白と赤が点滅を繰り返す。


 耳が痛い。

 危険を知らせる音が鳴り響く。


 頭が痛い。

 靄がかかっているようだ。


 身体が痛い。

 メンテナンスで弄られたせいだ。


「そうか……終わるか……」


 鳴り終わる気配の無いサイレンに老人は呟く。

 感慨深げに虚空に視線を向け、涙を流していた。

 何を思ったのか、俺には今でも分からない。

 ただ、老人にとっての何か大切なモノが終わりを告げた。それだけは理解できた。

 老人はしばらく天井を仰ぎ見て、俺の身体を再び弄りだす。


「F・T。君にかけられた洗脳を解いておく。私の夢はもう終わりらしい」


 老人の行動で、俺は自身の枷が外れた気がした。

 それまで、絶対の神であった首領に、なぜあれほど忠誠を誓っていたのかすら全く理解できなくなる感情。それが唐突に脳内に現れる。


 洗脳が解かれたのだ。

 俺にとって大切だった思いは消え、昔懐かしい記憶が蘇える。

 それと同時に自分が今まで悪の手先として行った全ての記憶を思い出し、自己嫌悪に陥った。


 そこで理解した。

 気がついた。

 靄が晴れた気がする。

 彼は、俺を救う気だ。

 老人によって洗脳が解かれたという事は、崇拝すべき対象が消え去ることを意味していたのだ。

 対象がいないのに洗脳されたままでは不憫。そう思われて俺の洗脳は解かれたのである。


「これでいい。そこの隠し通路から脱出しなさい。奴らが来る前に」


 ありがとうドクター……

 声を発したハズだった。

 名前を言ったはずだった。


 なのに自分の口からは、何もでてこない。

 おかしいな? と思うと同時にその場所へと現れる鮫の姿をした男。

 老人と俺は慌てて寝台から離れ、警戒する。


「F・T、君の後ろに隠し通路がある。逃げたまえ」


 見捨てて逃げろってのか。

 確か、あの時はそう答えたはずだ。

 でも、老人に付き飛ばされて隠し通路の奥へと弾き飛ばされる。


 後は、鮫男と、ムカデ男へと変身した老人との戦いを見せられていた。

 あの時、俺は元の一般人の思考に戻っていた。

 もしも、洗脳状態なら老人と共に敵と戦っただろう。


 けれど、俺は逃げた。

 鮫男が恐ろしかったのだ。

 けど、今は思うんだ。もしもあの時、一緒に戦っていたのなら、老人を救う事も出来たんじゃないだろうかって……


 俺は、今度こそはと立ち上がる。

 老人に加勢しようとしたのだ。

 でも、急速に遠ざかる老人。

 なぜか近づけば近づくほど遠くへと離れて行く。


 ……ああ、そうか。

 これは……夢だ。

 過去の夢だ。

 俺が自由になる……後悔の夢だ。


「……っ……」


 結局、周囲の光景は全て消え去った。

 暗い何もない空間を走る。ただひたすらに走る。

 何かが聞こえる。

 遠くに光が見えた。

 白く光るどこかに向い、走り込む。

 すると、声が……

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