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異世界から異世界へ

 クラリシアの王城で、俺はネリウの母親とお茶会をしていた。

 バルコニーに白いテーブルを設置し、白い高そうな椅子を二脚。

 そこに綺麗なお姉さんといった容貌の母親と俺が座る。


 テーブルの上にはティーセット。

 ネリウの母親の横にはメイド姿の女性が一人、お盆を両手で抱えて立っている。

 その隣には黒い服の執事。初老で白髪の彼は、白い布のようなものを右手に引っ掛け立っている。

 どうやらタオルか何かのようで、ネリウの母や俺がティーカップを倒したりした時に拭く為のものらしい。


 柔和な笑顔を浮かべているが、立ち振る舞いから察するに俺のことを警戒しているように見える。

 いや、むしろ殺気が立ち昇って見える。

 大事なお嬢様のお母君に手を出せばどうなるか分かっているだろうな? と全身で体現しているようだった。


 バルコニーから見える空は快晴で、ピーヒョロロと鳥が飛んでいる姿が見える。

 なんとも長閑で心が洗われる気分だ。

 ネリウの母親が外へ視線を向けながら、おもむろにティーカップを取る。


「武藤さん、今日も平和ですねぇ」


 ティーカップに口を付け、中に入ったハーブティーをゆったりとした動作で飲むネリウの母親。

 その仕草が色っぽくて俺はついつい喉を鳴らしてしまう。

 ここ数日、ずっとこんな調子だった。


 問題を抱えていたパラステアとの関係は、俺が守護する必要すらなく、パラステア側が蛇男が暴れたことによる城の半壊を復興することに必死だった。

 向こうにはもはやこちらと事を構えるだけの力も、気力もないようだ。


 そのため、実際問題暇だった。

 これから一年はパラステアは大人しくなるだろうとの事で、俺が行うことがないのだ。

 もっぱらバルコニーのお茶会に参加するか、兵士の訓練に参加するかである。

 森を歩いてみようにも、魔物がでるので面倒だから最初の数回で止めた。


 わざわざ危険な森に入る気もないし、平和に過ごせるのならこれはこれでいいのだが、どうにも何もしないと人間、ダメになっていくのは仕方ない事だろうか?

 やる気がどんどん殺がれてしまい、最近は部屋でぼーっとすることも多くなった。

 怠惰の極みである。


 全く、少し前は秘密結社インセクトワールドの懐刀として恐れられた地獄の細胞がとんだ落ちぶれぶりである。

 とはいえ、本当に何もやる気にならないんだよな。

 せっかく出来かけた彼女候補も正義の味方様の暴走で二度と会えないし、ネリウは何考えているかわからないし。好きな奴の為に頑張ろうとか、そういった気力がごっそり抜け落ちた気分だ。

 折角この世界でネリウを助けようと思ったのに、実質必要無い状態だからな。やる気も失せるってもんだ。


 俺もハーブティーを飲もうとティーカップに手を掛ける。

 そんな時だった。


「薬藻ッ」


 突然、バルコニーに駆けこんでくるネリウ・クラリシア。別名、山田八鹿。


「んー、どしたネリウ?」


「まったりしている場合じゃないわ。さっさと来なさい!」


 ティーカップを掴んだままの俺の腕を掴み取り、ネリウはどこかへ走りだす。


「お母様、これ、借りて行きます!」


 母親の返事もまたず、ネリウは俺を引き連れバルコニーから部屋へ戻ると、魔法を唱えだす。

 コレ扱いかよ。という俺のツッコミには答えてもくれなかった。

 そして、俺たちは世界を越えた。




 光が消えた時、俺は見覚えのある場所に立っていた。


「お、おいネリウ、何してんだよっ」


 慌てたように俺は周囲に視線を走らせる。

 そこは勝手知ったる俺たちの教室だった。

 既に放課後なのだろう。残っている生徒の数は少ない。


 見知った顔を見回しながら、目的の人物が居ない事に安堵する。

 河上のヤツはいないようだ。よかった。俺が生きてると知れば何されるかわからんしな。

 せっかくだし、目の前の奴らに口止めしとくか。


 目の前に居たのは五人の生徒。

 一人は山田八鹿ことネリウで、他は前回一緒に行動した伊吹冬子。それから……確か聖龍華だっけ?

 後は……赤い髪が燃えるようにたなびく女生徒が一人。


 背は高く180はあると思われる。すくすくと成長したのか、胸の方もなかなかに巨大だ。

 張りのある肌は少し浅黒く、意外とアクティブに外で活動していることが察せられる。

 珍しい。増渕菜七だ。

 他人との干渉は持たないと思っていたのだが、彼女はそうでもないらしい。


 そしてもう一人、俺に向けてよぉ。といった感じで手を上げる男がいた。

 ……誰だっけ?

 運動部系のちょっとガタイのいい身体と、さわやかな笑顔を持った彼は、俺がやぁ。と控え目に返すと、なぜか握手を求めてくる。


「よく生きてたな武藤。前回の件では活躍したと聞いてる。おれは伊藤信之だ。覚えてるかも知れんが一応、自己紹介しとくぞ」


「あ、ああ。伊藤な。俺も一応自己紹介しようか。武藤薬藻だ。よろしく」


 軽い握手を交わす。

 しかし、これはどういう集まりだろうか?

 わざわざ死んだことになっている俺まで引っぱりだす理由がわからない。


「さぁ。皆、準備はいいかしら?」


 その問いに俺を除く全員が頷く。

 戸惑う俺を無視して状況が勝手に動き出した。


「え? おいネリウ。準備も何も、俺何も聞かされてな……」


 ネリウと増渕が何やらぶつぶつと言葉を吐きだす。

 俺の言葉が終わり切る前に、俺たちは再び異世界へと旅立つのだった――――

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