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特別編・ある女生徒の冒険3

 シャオとウザ男を引き連れ、儂ことヌェルティス・フォン・フォルクスワーエンはパラステアという町に向っていた。

 道中は森もあったが見通しのよい草原地帯が多かった。


 襲ってくるのも、草原に住む魔物であり、ニードルラビットや、ポイズンビー、ハウンドドッグなど機動性のある魔物だった。

 鈍重で凶悪な魔物程ではないが素早い機動を持ち、毒まで扱うポイズンビーなどは脅威であった。


 まぁ、シャオが鎌を振りまわすだけで八つ裂きにしておったがな。

 あやつ、こういったことに慣れておるようだな。

 おそらく儂のように吸血鬼ハンターどもに追われる日々だったのだろう。


 しかし……儂、何の役にも立っとらんな。

 まぁよい。儂が手を下すまでもない雑魚どもだったというだけだ。

 そんな奴らはシャオの相手をしておればよい。


 そう、我が吸血鬼としての能力を使うに相応しい魔物にはまだ出会っていないのだ。

 儂の使い魔である蝙蝠たちを使った攻撃も、吸血鬼としての特性攻撃も行うに足る生物がこの世界にはおらんようだな。

 儂の敵として立ちはだかるとすればシャオを打ち倒す程の強力な……


 別に、儂は振りネタを送った訳ではなかった。

 しかしだ。奴は突然やってきた。

 突如、遥か遠くから咆哮と共に空を引き裂き現れる巨大な……竜。


 緑色の肌に蛇腹を持つ体躯。手は羽の先に申し訳程度に生えており、翼竜というタイプの魔物だと分かる。

 思わず見上げる儂らをあざ笑うように真上にやってくると、大きく息を吸い込んだ。


「いかん、離れろッ!」


 シャオの声に慌てて逃げ出すウザ男。

 儂もすぐに逃げようとするが、竜の攻撃の方が早かった。

 息を吐きだすように巨大な火球が放たれる。


 マズい。

 目の前に迫りくる火球に身体が硬直した。

 見上げたまま動けなくなってしまう。


「阿呆ッ、ぼさっとするなッ」


 叱咤と共にやってきたシャオが儂の首根っこを掴みあげた。

 小柄の彼女に似合わぬ怪力で、儂を思いっきり放り投げる。

 何か悲鳴のようなものが儂から洩れた。


 飛ばされる間にシャオを見ると、丁度火球に直撃する所だった。

 手を伸ばすが儂がシャオに届くはずもなく、むしろ投げられた力によって急速に遠ざかる。

 そして、地面に転がされた時には、轟音と共に大地を焦がす火球が消滅していた。


 シャオは?

 慌てて立ち上がるが、灼熱で揺らめく大地からは煙が立ち上り、容易に近づくことが出来ない。


 遠目に、シャオの持っていた鎌だけが地面に転がっているのが見えた。

 いや、その近くに、足と思われる何かが一欠片、転がって見える。

 だが、断じてシャオを形作る程残ってはいなかった。


 シャオが、儂を庇って……死んだ?

 知らず、儂は両手で頭を抱えていた。


「ああ……あああ……」


 声が漏れる。

 それは儂の声だったろうか? それとも別の何かだったろうか?

 ただ、儂の感情が切り離されたように二つに分かれていた。

 冷静に周囲を分析している儂と、現状を直視できずに半狂乱になる儂の意思。


 ちなみに、こうやって考えているのが分析中の儂だ。

 空の翼竜は見下げるように儂らを見ている。

 敵を葬って悦に行っているようにも見える。許せんな正直ウザい。

 そういえばウザ男は無事だろうか?


「あ、あの、田中さん、聖さんは……」


 どうやら真後ろに居たらしい。

 ……

 いや、そんなこと、この際どうでもよい。

 今、儂にとって最重要項目は……


「おのれ、有象無象の分際がァッ、我が級友にして始祖の同胞たるシャオをよくもッ」


 ようやく動き出したらしい儂の意思。分かれて作業をしていた儂が同化するようにして重なる。

 今の最重要項目は、絶叫することでもシャオの亡骸に駆け寄ることでもない。

 あのクソムカつく蜥蜴風情を粉微塵に砕きシャオの墓標に振りかけてやることだッ。


 だから……

 儂はおもむろに立ち上がると、顔を隠したままウザ男に向き直る。

 悪いが、ヤらせて貰うぞ。


「田中……さん? どうしたの?」


 儂はふらりとウザ男に抱きついた。

 突然のことにウザ男が驚くがどうでもよい。

 顔を赤らめ気持ちは嬉しいけどとか訳のわからない事をいうウザ男。本当にウザい。


「本来、貴様の様な奴は好かんのだが、緊急事態だ。少し、貰うぞ」

 そう呟いて、赤らめるウザ男の首筋に、噛みついた。


 驚き離れようとするウザ男。

 しかし、儂を引き離す程の力は出ない。

 血を吸い過ぎると死ぬし、相手に我が血を注入すれば吸血鬼化させることもできるが、今回欲しいのは血液だけである。

 このようなウザ男の子分など死んでも要らん。


 満足するまで摂取を終えると、顔の青くなったウザ男を投げ捨てる。

 汚れた口元を裾で拭い去り、遥か遠くに滞空する翼竜を睨みつけた。


 さぁ、愚かなる者共、我を見よ。我を拝せよ。我を恐れよ。

 吸血鬼の真祖たる我、ヌェルティス・フォン・フォルクスワーエンへの愚行を死して詫びよッ。

 狩りの、時間だ……


 儂は大地を蹴り付けると、人には出せない速度と威力で翼竜の留まる上空へと飛び上がる。

 それに気付いた翼竜息を吸い込む。


 ウザ男に当っても問題なので射線上に入れないようにして、儂は空を蹴りつける。

 何もない空中ではあるが、蹴り付けた瞬間、儂の足に伝わる確かな感触。


 吸血鬼たる儂の力で、空中に足場を作っているのだ。

 別に空気を操っているわけではない。

 その場に滞空する使い魔を透明状態で配置して踏み台にしただけだ。


 準備の整った翼竜が再び巨大な火球を吐きだした。

 当然、その射線には儂がいる。

 翼竜に向っているので当然ではあるが、直撃コースだった。


 火球が降り注ぐ瞬間、儂は自らの身体を使い魔へと変化させる。

 無数の蝙蝠へと変化した儂は即座に火球の側面へと散らばり攻撃を回避する。

 さらに火球が過ぎ去った後で使い魔たちを合流させ、儂へと戻る。


「おおおおおおぉぉぉッ」


 拳に力を溜めて握り込む。

 攻撃を回避され驚く翼竜が喚き散らすが、儂は構わず翼竜の腹に突撃すると、人智を越えた力を愚者のドテッ腹に叩き込んだ。

 分厚い鉄扉を貫くような感覚が腕に伝う。問題はない。貫通だ。

 声にならない悲鳴が轟く。

 余りに巨大な金切り声に、下でウザ男が耳を塞いでいた。


 浮力を維持しきれなくなった翼竜が地上へと落下を始める。

 儂は腕を引き抜き翼竜を足場にして地面激突の瞬間、翼竜を蹴りあげ激突の力を増やしてやる。

 自分自身は見えなくした使い魔を足蹴にして空中待機である。


 轟音が響いた。

 大地に叩きつけられた翼竜は血塗れで横たわる。

 しばらく痙攣していたが、数秒後、ゆっくりと力尽きて行った。


「ふん、儂に逆らうからこうなるのだ虚けめ。輪廻転生七度の不幸を覚悟せよ」


 ゆっくりと地面に着地した儂は、優雅に大地に立つと、スカートの裾を摘まんで軽くお辞儀をする。

 別に大した意味はないが、貴族の嗜みとでもいうべきだろう。

 葬った相手に最低限の敬意を。というやつだ。


 しかし、もっと速めに儂の実力を見せておればシャオは……


「ふむ。やればできるではないかナナシ」


「なっ!?」


 掛けられた声に儂は驚愕の面持ちで声の主を探す。

 すると、五体満足のシャオが鎌を持って立っていた。裸で。

 なぜだ!?

 驚く儂に説明無しで、シャオはくたばった翼竜に視線を向ける。


「なるほど、こんな生物もいるのだな。なかなか面白い世界らしい」


「しゃ、シャオ、お前、一体なんで……死んだのではなかったのかッ!?」


「ふむ? ああ、そういえば言ってなかったな。私は不死身なのだ」


 何でもない雰囲気で爆弾発言をした。

 では何か、あの火球で骨も残さず死んだけど、足の一部が残っていたから再生して生き返ったとでも言うつもりか?


 儂が普段厨二病で隠している不死性よりも凄い回復力だ。

 儂とて復活はできるがこんなに早く全身再生など不可能だ。

 腕の一部でも失えば完全再生まで二週間近くかかるというのに。

 儂ですら思うぞ、こいつは得体のしれない化け物だとな。


 ちなみに、翼竜の皮を剥いで鱗で鎧を作り、龍華が自分の服にしていた。




 と、まぁ、何度も戦闘を繰り返しながら儂らはようやくパラステアの城門へと辿りついたのである。

 なんとも感慨深いものがある。

 城門とはいえ、囲まれた壁の中に見えるのは町だ。

 結構な賑わいがここからでもよく見える。


 大通りの先には遠くだが巨大と分かる城がそびえ立ち、そちらにも門が見える。

 つまり、今いる場所は城門ではなく、正確には町門であろう。

 どうでもいい話か。とりあえず、町門だと言い方があまり格好良くない気がするので城門のまま表現しておこう。


 城門前に辿りつくと、儂らの服を見た兵士が、


「おお、君たちは報告に遭った異世界人か。話は聞いている。離れ離れの仲間を集めているのだろう? 町の入り口で待っていれば使者がくるので彼に付いて行きたまえ」


 随分と話の早い兵士だった。

 シャオ曰く、服装で区別しているのだろうとのこと。

 なるほど、この服異世界では目立つからな。


 城門を越えた先にある町への入り口で、儂ら三人は人の邪魔にならんよう隅の方で待機することにした。

 しばらく何もすることがないのでシャオとウザ男の様子を覗き見る。


 まさか、シャオのヤツが吸血鬼ではなく不死人だったとはな。

 話を要約すると、遥か昔にトト様なる人物に不死身にされたのだとか。

 その辺りの話を聞いてみようと思ったのだが、どうにもややこしくなるらしいので、断られた。


 老成したような喋りに達観したような考え、ありえない程の腕力などは長い年月生き抜いているためだということがわかった。

 シャオの秘密の一端を知れたことは嬉しいが、今まで仲間と思っていた人物が自分以上の化け物だったと知ったこの不安感というべきか齟齬がなんともいえず、シャオに話しかけにくくなってしまった。


 ウザ男の方は儂に怯えてしまっている。

 儂と目が合うとすぐにシャオの背中に隠れようとする始末である。

 安心せい。もう二度と貴様に吸血などせんわ。


「待たせたな。お前たちで8人目だ」


 使者とやらがやって来たらしい。

 随分待たされた感がある。このパーティーでの居心地が悪かったせいだろうか?

 遅いぞ。と言おうとして、儂は……戦慄した。


「大人しく着いてこい。下手に抵抗すれば仲間が死ぬぞ」


 蛇男が、嫌らしい笑みを浮かべてそこに居た。

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