消えた大井手
昨日、皆で集まった部屋は、完全に作戦会議室になっていた。
ごたごたを収めて部屋に入ると、待ちくたびれたらしい河上が床にねっ転がって鼾をかいていた。
俺が座席に着くと、ネリウが河上の元へと歩いて行く。
手にした木の杖を振りかざし、気合い一閃。振り下ろす。
「げはぁっ!?」
……明日からも気をつけよう。
アレが振り下ろされる前に起きなければ、朝から地獄の痛みを受ける事になりそうだ。
「朝、変な呻きが洩れてたと思ったら、アレのせいかよ」
俺の隣に自然な感じで手塚が座ってくる。
座った直後、俺が隣に居ると気付いたようで、俺を見て顔を赤くすると、何故かすぐさま隣の大井手を向いてしまう。
俺、嫌われるようなことしたかな?
「起きたらさっさと席に着く」
なんとか生きて眠りから目覚めた河上。
追われるようにネリウに責め立てられ、席に着かされる。
大井手の横に河上が座るのを確認すると、ネリウは俺の隣に座ってきた。
円卓を囲むように五人が隣り合う。
「それじゃ、さっき聞いて来た報告を話すわ」
全員を見回しネリウは地図をテーブルに広げた。
「ここ、それとここに向った兵士が一人づつ生徒を保護したわ。こっちは山根君。もう一つは伊吹さん」
おお。もう発見できたのか。
「他はまだ時間がかかるわ。場所が遠いの。それと……少しまずいわ」
「マズい?」
「ええ。戦闘員か蛇男か、ここから二日はかかる場所に点が一つあるのだけど……」
と、その場所を指すネリウ。
その青い点の近くに、赤い点が一つ。
「ちょ、ちょっと待って、これ、もしかして」
「ええ。私達が助けるより先に、遭遇する。いえ、もうしているかも」
「そんなっ!?」
打つ手がない? どうしようもないのか?
このままじゃクラスメイト全員で帰るのは……
「と、とにかく、近くの兵に魔法で連絡はしたから、運が良ければ助かるわ。今はそれに賭けるしかないわね」
「他の敵は、どうなったんだ?」
「この分だと、もう少ししたらここの敵が近づいてくるわ。おそらく一人。他は……今のところは大丈夫。他のクラスメイトと交わることもないわ」
「つーことぁまた戦闘員がくるってか。いいぜ、次こそ俺の本気を見せてやる」
河上の信用ない言葉に俺以外の全員が疑惑の目を向けていた。
「ふふ。見ろよ武藤。女子の視線は俺が独り占めらしい。悪いな相棒」
知らないって、幸せだなぁ。
「とにかく、私達ができる事は近づいてきた戦闘員もしくは蛇男を退治。皆が集まる場所を守り切る事。他は兵士に任せて。敵が近づいてきたらまたすぐに知らせに来るから、それまでは自由行動よ」
と、言いたい事を言い終えたネリウは席を立ち、出て行ってしまう。
「おーし、武藤。俺の武器選ぶの手伝ってくれ」
「お前のだけかよ。まぁいいけど」
「じゃ、あたしらは部屋戻ろっかマッキー……マッキー?」
「え、あ。うん。そうだね」
上の空で聞いていたらしい大井手は、手塚と共に部屋へと戻って行く。
何か思う事があるのだろうか? 手塚の後を追いながらもどこか思案顔の大井手だった。
それを見送りながら。俺と河上は武器庫へと向かった。
武器庫に入るのは二度目だ。
ただ、最初の一度目は鉄の剣を適当に持っていっただけなので詳しく覗いてはいなかった。
部屋に入って周囲を見渡す。
随分と多種に渡る武具がある。
防具は数こそあるものの、全て鉄の鎧。
部屋に所狭しと並べてあった。
「あーっと、なんだ、ホースマンズ・フレイル。アイアンアックス。アイアンソード。アイアンスピア……殆ど鉄ばっかだな」
「それでもお前の剣より強いと思うぞ」
「うるせェ」
「とりあえず、変身して持って見ろよ。一番扱いやすいヤツ選べ」
「おしっ。正義、執行ッ。ジャスティスセイバーッ」
変身を終えたジャスティスセイバー、手短にあった鉄の剣を手にする。
軽く二、三度振ってみる。
空を斬る音が小気味よく鳴った。
「んー、俺が扱うには短いな」
次にアイアンスピア。確かに長くはあったものの、気に入らなかったらしい。
無造作に投げ捨て次の武器へ。
そのままだとネリウ辺りに怒られそうだったので俺が元の場所へ戻しておいた。
アイアンアックス。短すぎると放り投げる。
ホースマンズ・フレイル。そもそもが馬上の武器。論外だそうだ。
そうやって吟味しつつ武器庫の奥へと向かって行くジャスティスセイバー。
「なかなかないな。ほら、あの竜殺しの剣みたいなデカイのないかデカイの? せめて俺のセイバー位の長さが……おっ」
武器庫の片隅にあったそれを見つけて、ジャスティスセイバーは近づいて行く。
「あるじゃねーか、いいものが」
それは、俺の身長よりも長い剣、ツヴァイハンダー。
両手で扱う重量級の武器だ。
一つしかない所を見ると、手に入れたはいいが、でかすぎて使えなかったとかの理由だろうか。
「いいね、これなら代わりになりそうだ」
と、片手で振りまわすジャスティスセイバー。
どうやら筋肉は強化されているらしい。
なるほど、武器が弱かったから弱いと思ってたけど、こいつ自身の攻撃力と耐久値には注意が必要だな。
「つーか、アレ、もう使えないのか?」
「俺のセイバーか? ロード、セイバー」
ほれ、と自らの手に作り出した剣を俺に放り投げる。
慌てて峰を掴んでなんとかキャッチ。
少しずれていたら丁度ビームの部分。冷や汗ものだった。
まぁ、当っても火傷程度の傷しかつかないだろうけどさ。
前回の戦いで綺麗にへこんでいたはずなのだが、元に戻っている。
「そいつは俺の正義力で作り出した剣だからな、俺の正義力次第で強くなるんだ」
なんだその都合のいい設定。
戦うたびに強くなるとか、そんなんか?
いや、むしろ、欲望に忠実な分、威力が減ってるだけか。
ちょっと力を入れるだけで峰に凹みができる。
……これでは戦力にすらならない。
これがジャスティスセイバーの正義力らしい。
正義力無さ過ぎだろ。
一応、と適当な防具に攻撃。おお、鉄が切れた。
なるほど、それなりに使えるらしい。斬るだけは問題なさそうだ。
耐久値がないというのはなんとも……
「武藤。お前、一人で戦闘員相手にしたらしいじゃねぇか」
試し切りで遊んでいると、ツヴァイハンダーを試し振りしながら、ジャスティスセイバーがこちらを見ずに言った。
声の質が先程までより少し鋭い気がする。
「は?」
突然のことに思わず口から出たが、すぐに気付いた。
昨日の深夜の話をしているらしい。
「いやぁ、運よく額に刺さってくれてよかったよ」
「運が良かったよなぁ……なんて言うと思うかコラ。お前、何者だ?」
「え?」
「俺が英雄初心者だといってもな、そのヒーローを倒した相手を生身の人間が、しかも接近戦で倒せるものかよ」
両手に握ったツヴァイハンダーを構え、こちらを振り向くジャスティスセイバー。
その立ち振る舞いからは、敵意以外微塵も感じない。
「あの蛇男、言ってたよな。別の組織の生き残りが一匹、クラスメイトに紛れこんでるって……な」
あれ? もしかしてこいつ、俺の正体見破ってる?
「それとも、山田みたいに正体を隠している異能者か?」
どうやら確証はないらしい。
それならば、まだ切り抜けられる可能性がある。
「それは……」
「武藤ッ!」
突然、タイミングを計ったように武器庫のドアが開いた。
駆け込んできたのは手塚。
慌てた様子の彼女は俺一直線に向かってきて、試し切りしたアイアンメイルに蹴躓く。
「はわっ」
思わずセイバーを放り投げて受け止める。
地面に当った拍子にセイバーの刀身が折れ曲がった。
「うぉいっ、俺の剣っ!?」
抱き止めた体はとても小さく柔らかい。
揺れる髪からは甘い匂いが鼻をくすぐる。
豊満な胸が押し付けられて……ここは天国か?
ヤバイ、この感触、ずっと感じていたいかも。
おしいことにラッキースケベで胸を鷲掴むとかがなかったのはちょっと残念だった。
「ど、どうしたんだよ手塚?」
「マッキーが、マッキーが居なくなってッ、城中探したけど見つからなくてッ、ちょっと出てくるって、多分戻れるからってッ」
「一人で外に出たのかッ!?」
おいおい、ただの女の子が勝手に外出るとか、何があったんだ?
「どうしよう、どうすりゃいいンだよっ、あたし……」
余程心配なのだろう、止める事も出来ず涙があふれ出している。
「と、とにかく何処に行ったかわかるか?」
「分かるかよっ」
せっかくの問い詰めを邪魔された上に緊急事態を持ってきた手塚に、戸惑いながらジャスティスセイバーが聞いてみる。
しかし、怒鳴り返され小さくなっていた。
「と、とりあえずネリウにも知らせとこう。捜索するにしても大勢の方がいい。誰か見てるかもしれないしな」
「……あ、そ、そう、だな」
少し、落ち着いたのだろう。
手塚が恥ずかしそうに俺から離れた。
ああ、名残惜しい。
「河上、今は大井手捜索が最優先だ、ヒーローなら女性のピンチを放置するわけにいかないんだろ」
「当り前だ。俺は城の外を調べてくる。お前らはネリウさんに話して来い」
「任せる」
俺は手塚を連れてネリウの元へと駆け出す。
少し遅れて武器庫を出たジャスティスセイバー。俺たちの背中をしばらく見つめ、ため息を吐いて外へと向かって行った。
でも、途中で気づいてセイバーを取りに戻っていた。
締まらない奴だ。




