婚約指輪と乙女の嫉妬
途中、幾度かの戦闘があった。
怪人化した俺には敵ではなかったものの、ネリウにとっての危機が二、三回あった。
特に俺に庇われて目の前に俺の顔が来た時とか。
洞窟に出現する敵はポイズンバット、パラライバット、白眼モグラ。
白眼モグラとは、要するに日の光が差さないので目が退化したモグラのようだ。
魔物というよりも動物にしか見えなかった。
パラライバットとポイズンバットは……誰か違いを教えてくれ。
ネリウに見分け方を聞いても俺には同じにしか見えない。
少し黄色がかっているのがパラライバットだとか言われても、暗闇なので皆黒い蝙蝠にしか見えない。
一応、毒耐性があるせいか、パラライバットによる麻痺攻撃も俺には効かなかった。
なのでネリウが攻撃されないようにすれば楽に倒せる。
洞窟は奥まで進むと、もう殆ど水で覆われてしまっていて、最終的にはネリウをおぶっていかなければならなかった。
さすがにネリウの装備で水に入ると重すぎて回避行動すら取れないからである。
幸いなのは魚系の魔物やら襲ってくる奴が居ない事か。
目の無い魚もいるにはいるが、人間を襲うような生物ではなかった。
俺がネリウを肩車したまま地底湖のみたいな水たまりを歩いていくと、近づかれた白い魚たちが目も無いのに逃げて行く。
「大丈夫か、いろんな意味で?」
「目を瞑ってれば、なんとか」
つまり、敵についての問題はなかった。
一番の問題は俺の容姿に尽きる。
フィエステリアは単細胞生物である。
その容姿は遠目からでもかなりな異物ではあるが、目の前までくると、慣れない者には吐き気を催す醜悪さ。
また、表皮が柔らかいため、そこに触れてしまうといやでも触感がネリウを襲う。
申し訳なく思うが、これが俺なのだ。どうにもならない。
ナマコとか好きな人なら悦んで触ってくるかもしれないけどな。
「そ、そろそろ洞窟の奥に着くはずよ」
「了解」
腰元まで水に浸かっているため、ネリウが水に入らないよう、かなり上の方におぶさってもらっている。
なので頭に手を置かざるを得ない状況になっているのだが、直接触れているせいで鳥肌が立っているのがわかる。
ネリウはそれでも必死にしがみついていた。
後頭部に口ではとても言えない場所が当っているのだが、それは言わないでおく。
これは役得なのだ。
河上にでも自慢してやろうかな。
「ひあぁっ」
「ど、どうした?」
「な、なんでもない。水滴……んぁあぁっ」
どうやら天井から滴った水に呻いただけらしいのだが、なぜだろう、艶めかしく聞こえるのは?
「ぁん。薬藻ったら、もしかして今ので欲情したのかしら?」
ワザとだったらしい。最悪だ。
ため息を吐きそうになった俺は、目の前に現れたそれを見て、思わず足を止めた。
水面より少し高台に、赤い箱が置かれていた。
あえて言おう。
まるで人工的に用意されたかのような宝箱が、たった一つだけでぽつんと存在していた。
怪しい事この上ない。
これ、ネリウが前もってここに置いてたんじゃないか? ってくらいわざとらしさがぷんぷん漂ってくる。
俺は宝探しゲーム(ネリウの自作自演の自己満足)のために狩りだされたのだろうか?
「もしかして……」
「ええ。アレが、宝箱よ」
「って、なんでだよ!?」
「宝箱は洞窟や遺跡によく置かれているの、一度取ってもしばらくすれば同じ道具が中に入った状態で復活するわ」
何ソレ? どうなってんの?
一応、ネリウが設置した訳ではないようだ。
そもそもポイズンバットやらパラライバットなどの危険な生物満載の洞窟奥へ宝箱設置のために来る意味が分からない。
死ぬ確率の方が高いだろうし。
「人が道具を入れて設置してるんじゃなくて?」
「わざわざこんな所に来る物好きなんて宝目当ての賊くらいよ。誰がわざわざ道具を設置しにくるというの?」
それは確かに。
わざわざ他人にくれてやるために宝箱設置していくアホがいるはずもなかった。
余程暇を持て余している金持ちが道楽として行うくらいやる意味の無い行為である。
「まぁ、日本にはないでしょうけど、この世界の特性とでも思ってて」
「でも、よくここにレインボータートルがあるって分かったな」
「……数年に一度しか復活しない宝箱らしいから、今を逃すといつ手に入るか、ずっとやきもきしていたわ」
俺の質問に、少しずれた答えを返してくるネリウ。
どうやらなぜ知っていたかは言う気がないらしい。
何を隠してやがるんだこいつは?
宝箱は鍵穴の様なものがない。
ただただ開ければいい仕様のようだ。
なんとも不思議な物体である。
「さぁ、開いて」
言われるままに宝箱に手を触れる。
何の苦労もなく上蓋を開けると、中には小さな宝石……というか宝石の付いた指輪が置かれていた。
しかも大きな宝箱の中央にちょこんと指輪が一つだけだ。苦労して手に入れた宝箱にしてはあまりに辛い。
もう少しなんかこう、宝箱って感じのお宝を入れていてほしい。お金じゃなくてもいいから目一杯ぎっしり詰め込んでくれ。
だだっ広い宝箱の中に小さな指輪一つって、どれだけ無駄遣いだよ。
おお、本当に亀みたいな宝石だな。
俺はそいつを掴みあげる。
七色に輝く宝石が、カンテラの光で輝きを増した。
ダイヤモンドでいえば何カラットの輝きだろうか?
かなり高い値段が付く輝きである。
ただ、材質は不明で基本オレンジ色をしている。
角度を変えると色が変化して七色に輝いて見えるのだ。
甲羅の下腹部に輪が付いていて、指に填められるようになっている。
「ほら、これでいいか?」
「ええ。でも、今は薬藻が持っていて。無くしたら困るから」
「わかった」
用事を済ませた俺たちは、元来た道を戻る。
一本道のはずなのに、倒したはずの魔物が普通に現れた時には正直驚いた。
ネリウ曰く、魔物は一定時間ごとにポップするらしい。
自然にいきなり出現するとか、本当になんでもありかこの世界。
「ぐへぇ……朝っぱらからかなり疲れた……」
変身を解いた俺は、ネリウとともに城門へと帰りつく。
全く、行きはまだ太陽もでてなかったのに、すでに真上に来てやがる。
というか、今さらだけど異世界なのに地球と変わらないのな。
朝になると太陽が出て夜には月が出る。
今日の早朝、というか昨日の深夜というか、夜にはしっかりと月が出ていたし、天文学的な面では地球と変わらないのかもしれない。
が、俺の思考はすぐに間違っていたことを気付かされた。
太陽が真上に上がった頃、丁度二つ目の太陽が遠くの山脈から顔を出す。
森からでて城門前に出た途端だったので、思わず立ち止まって呆然と見つめていた。
二度目の御来朝である。何コレ?
「そろそろ、レインボータートルを」
と、俺の方を向いて手を差し出すネリウ。
しかし、手の甲を向け、なぜか薬指だけこちらに向ける。
「填めてくれる?」
「何で俺が……つかなんで結婚指輪みたいにしようとする?」
「そこに填めないと効力が出ないの」
本当かよ?
半信半疑ながら、どうせ悪戯か何かだろうと指輪を填めてやる。
「あら、本当に填めたのね」
「やっぱ悪戯かい」
ネリウはクスリと笑ってレインボータートルを見る。
やはり手に入れられたことが嬉しいのか、俺が見た中で初めて緩んだ笑顔を見せていた。
うん、可愛いなネリウ。
俺の変身見ても怖がりながらも一緒にいてくれるし。
あの変な性格じゃなければ告白してたかも知れん。
「ま、いいわ。さっさと帰りましょ、皆が待ってる」
「なんか、また怒られそうだな、多分俺だけ」
門兵に入城を伝え、俺たちは城へと向かう。
城門が開く間に、俺は怒鳴られる覚悟を終えた。
ネリウはしきりにレインボータートルを掲げて見せ、楽しそうにほほ笑む。門兵たちにも嬉しそうに見せていた。
「嬉しそうだな」
「当然。待ちに待った魔法道具だもの。しかも婚約指輪なんてぇ、いやん薬藻のえっち」
どの辺りがえっちなのかは理解不能だ。
「これで、上位魔法も覚えられそうね」
「上位魔法?」
「ええ。魔法には三段階あるわ。私が得意な水魔法でいえば、ウォル・フェ、ウォル・フェリス、ウォル・フェリアス。さらに範囲魔法はタル・フェ、タル・フェリス、タル・フェリアス。覚えやすいでしょ?」
「ってことは、レインボータートルのおかげでウォル・フェリアスって魔法が使えるようになるのか」
「ええ。ただ、魔力の消費量から一撃必殺になるでしょうけど。一日二回か三回撃ったら魔力切れね。帰ったら速攻魔法書読まないと。覚える呪文の長さが桁違いなの」
余程嬉しいのだろう。
鼻歌まで歌いだしたネリウは踊るように廊下を歩いて行く。
朝の廊下は四角く切り取られた枠から日の陽射しを受け柔らかな光に包まれている。
学校の廊下を歩くのとはまた違った風情があった。
小躍りするネリウに苦笑しながら、一緒に洞窟に向ったのはそう悪い事では無かったなと、微笑ましい気持ちで見守……!?
「…………」
廊下の先に、二人の女生徒が待っていた。
手塚ばかりか大井手も顔に怒りが見える。
どうみても殺意を持っているようにしか見えない。
敵の大物改造人間を暗殺しに行った時にすら感じたことの無い悪寒が駆け抜けた。
俺、本気で殺されるかもしれない。
「オイ、何処行ってたんだよテメーら」
「そ、そうだよ、皆心配してたんだよっ」
困った事になりそうだ。
と隣を見ると、ネリウは意地の悪そうな顔をしていた。
嫌な予感がする。
「ネリウ、ややこしくする気だろ、喋るなよ」
「へぇ……じゃあ説明お願いね」
ニタリと微笑み俺の後を着いてくる。
俺はネリウを警戒しながら手塚たちに会話を振った。
「や、やぁ、無断で消えて悪かった。ネリウに頼まれてさ」
「ネリウさんにですか?」
「ああ。これからの捜索に役立つ道具を取りに行ってたんだ」
下手な言い訳は即、死に繋がる。
言葉を選ぶのも冷や汗ものだ。
「ンで? 何で二人だけで行ってンだ?」
大井手はまだプンスカといった表現がしっくりくる顔だが、手塚の顔はどう見ても返答次第でお前を殺す。と目が言っている。
「ほ、ほら、洞窟に行かなきゃいけなくってさ、狭いから人数少ない方がよくてさ」
「だからってなんで薬藻君が」
「いや、それは……」
良い言い訳を考えようとした時だった。
「お、オイ、何だよソレ?」
手塚が何かを指して手を振わせる。
指の先を辿ってみると、俺の後ろへと向かっていた。
そこでは、ネリウが手の甲を向け、まるで見せびらかすように指輪を愛でていた。
こいつ、喋らない変わりにやってくれやがった!?
まさか、それを手塚たちに向けて嫉妬を煽る気だったなん……?
あれ? それって手塚たちが俺に気がある前提じゃなきゃ意味無くね?
あ、でもネリウだけに可愛い指輪プレゼントしやがってムカつく。
みたいな嫉妬はあるか。
「えーっと、アレは魔術道具らしくて、レインボータートルっていう魔力消費二分の一になる……」
「な・ン・で、薬指なンだよ!?」
「いや、それは、あいつが悪意で……」
いかん。なんだかドツボに嵌りそうな気がする。
というか、なんで問い詰められてるの俺?
まさか本当に手塚に惚れられているとか?
……いや、ないな。
そんなフラグ今まで立ててないし。
まさか一度庇ったくらいで惚れられるはずも無し、単に手塚が怒りっぽいだけか。
「薬藻が、填めてくれたの♪」
……アレ? なんだこの空気。
ネリウの言葉に場の空気が一気に変わった。
いや、今までも結構重かった空気が、壊滅的な打撃を受けた。
「お、おい、ネリウが言ったこと、本気か?」
「あ、あの、ネリウさん? まさかこれ……」
ネリウを見ると、上手く行ったと笑みを浮かべている。
もう、こいつ嫌。
俺が一体何したよ? なんで俺がこんな目に?
「待て、違う、何かよくわからんが、違うんだっ、俺は嵌められているっ」
「むしろ填めて貰ったわね」
「上手いこと言ったつもりかよっ、全然面白くねぇよッ」
「問答・無用ッ」
そして、なぜかはわからないが、手塚に殴り飛ばされる俺だった。




