陸軍中将作戦開始前編
おのれヌェルティスめ……
俺はふらつきならが作戦会議室に戻る。
まさか吸血されるとは思わなかった。
いきなり近づいて来たかと思えば首筋を噛みつかれたのだ。
終わった後にステータスをみれば、体力が一桁にまで落ち込んでいた。
しかも回復方法がないので、赤城の休んでいる場所に行くかトルーアという女性の元に向うかしなければならない。
そうやって戻っているところに、待ちわびていた斥候の報告がやってきたのである。
正直立っているのも辛いが、彼女らと共に会議室へと向かう。
「おい日本。どうしたのだ? 随分と顔が青いぞ?」
察してくれたらしい下田の言葉に、俺はヌェルティスに噛みつかれ、しこたま血を抜かれた事を話す。
今の自分の体力が一割以下という危険な状態だというと、呆れながら八神が俺を回復してくれた。
そういえばこいつも回復できるんだったな。
気力を取り戻した俺は、作戦会議室に辿りつくと、未だに椅子に腰かけていた国王と共に報告を聞くことにした。
今ここに居るのは国王クリキントン、宮廷魔術師イモニカイ、日本毅こと俺。
そして斥候をしていた八神、綾嶺、下田である。
伊藤は赤城を呼んでくると言ってそそくさと去って行ってしまった。
あいつ、どうあっても自分の能力を隠し通す気らしい。
俺達が席に付いて少しすると、赤城が機嫌悪そうにやってきた。
憤懣やるかたない顔で俺の隣に来ると、座席にどかっと座りこむ。
魔物図鑑を取りだし台座に乱暴に置く。
「全く、なぜ俺まで参加せねばならん。少ない時間だぞ。寝かせろ!」
「いや、別にお前を呼んだ訳じゃないぞ。その本を貸してほしいと伝言を頼んだだけだが?」
「なんだと!? だったら先に言え、全く!」
俺の言葉に赤城は席を立つと、肩を怒らせ部屋から出て行った。寝直すらしい。
俺は机に置かれた魔物図鑑を手に取る。
すると、綾嶺と下田が寄ってきて、俺の後ろから覗き込んで来た。
「では、これから敵の特徴を調べる。イモニカイさんには書記を頼むがいいか?」
「ええ。お任せください」
「では斥候の報告を頼む」
そして俺は彼らが見てきたもの、暴いた事全てを聞いた。
そこでわかったことは、敵の軍団長である魔王には指揮というスキルが付いているということだ。
俺よりは低いレベルだが、軍団を動かせるというなら、そういった判断力があるということだ。
これは、無知な者が指揮するのとはかなりな違いがある。
曲がりなりにも指揮を取れるのならば、窮地に陥って右往左往することなく、反撃を考える術を持っている。
このレベルが高ければ高い程、名軍師と呼ばれるようになる。
そんな名軍師の中には、死した後でも相手を逃走させる術を持っている奴もいる。孔明の罠はあまりに有名だ。
対軍団戦ならば軍師は一個大隊以上の戦力となりうるのだ。
それが主君として存在しているならばなおさら危険になる。
この事を戦略に組み入れるだけでもかなり有効だ。
まぁ、今回魔王の指揮力はそれ程ないようだ。
守備隊長であった俺の指揮値は33。
とすると、一般兵士の中でもかなり下の指揮値と見た方がいいのか?
そう計算すると、孫子やら諸葛亮などはどれ程の数値を叩きだすのだろうか? 一度視てみたい気はする。
構成は、まずは機動部隊。
種族だけでもかなりな数が居るが、ぱっと見た感じ多いのは犬系魔物。
ステータスを確認したのは、サンダードッグ、フラッシングドッグ、ブラッディハウンド、アローシザーズ、ブラックファング、ガドボァ、ボルケーノジャガー、ドゥン、バイコーン、ドリルボア、クロムボア、ジャフネなどなど。
サンダードッグからガドボァまでは犬か狼型の魔物だ。それぞれ属性が違うらしい。
魔物図鑑をもとにすれば、アローシザーズが哨戒任務を行い、他の魔物たちがアローシザーズの声に反応して殺到するのが主な機動部隊の攻撃方法だ。
つまり、アローシザーズという魔物が吠える前に全て片づければ、集中攻撃を受ける事はないだろう。
ボルケーノジャガーは炎に包まれたジャガー、ドゥンはどこぞの神話に出てきた虎だったか? バイコーンは二つの角を持つ馬だ。ドリルのついた猪がドリルボア。
クロムボアは堅い身体を持っているらしい。
ジャフネという魔物は一風変わった容姿をしていた。犬のような容姿だが、実体を持たない生物らしい。いわば風の身体を持つ犬とでもいえばいいだろうか?
魔法に弱いが物理攻撃が通用しない魔物だ。
しかも速度が速いので詠唱の長さによってはこいつらに魔法使い部隊が蹂躙されかねない。
こいつらの相手は増渕と大井手にでも任せるか。
魔法も使えるし、動きも素早い。あとは魔法使いに遅延魔法を唱えさせておくか、素早い詠唱でまずこいつらを潰す事を心がけよう。
騎馬部隊は先程の魔物たちに乗った魔族たち。
こいつらは考える頭がある分魔物だけの機動部隊よりも厄介だ。
幸いなのはこちらにはジャフネが存在しないことか。まぁ実体のない生物に騎乗できるわけもないか。
この程度なら問題はないだろう。
「飛行部隊はいたか?」
「いえ。見当たらなかったわ。そういえば、鳥のような魔物は一匹も見かけなかったわね。なぜかしら?」
俺の質問に今まで暇そうに机に突っ伏していた八神が顔を上げた。
「気軽に考えればそういった敵が運良く魔王軍に存在していなかった。あるいは、魔王軍の虎の子として温存している可能性だ。だが……」
「後者はないだろう」
俺の考えに反応し、国王が口を開く。
「なぜ?」
「今までの国が蹂躙された場所に飛行型の魔物は見られておらん。おそらく、今回の魔王には御しきれなかったのだろう」
「ふむ。では飛行生物の脅威は考える必要はないか」
少し、希望がでてきた気がする。楽観の可能性もあるから用心はすべきだがな。




