薬藻の旅立ち
くそ。酷い目に遭った。
まさかネリウに遭遇してしまうとは。
いや、しかし、未遂で済んで良かったというべきかも知れん。
もしバレたら、今以上の地獄が待っていたのだろうから。
ようやく動けるようになった身体を動かし、周囲を見回す。
女性陣は既に各部屋に散ってしまったようだ。
ヌェルティスまでいないところを見るに、あいつ逃げやがったな。
自称俺の彼女なら、ここは膝枕とかしてくれるものじゃないのか?
チクショウ。どうせその程度だと思ったよ。
俺には、そう、俺には友情があれば十分だ。
痛む身体に鞭打って起き上がる。立ち上がるのも一苦労だ。
俺の周囲には、アルテインと共に巻き添えを喰らったチョコバナナが倒れている。
俺は動きにくくなった身体を引き摺るようにアルテインの元へ。
傍らに力なく膝を付き、アルテインの頭を抱え上げた。
紹介するぜ、この二人が、俺の強敵だ。
はは、いい顔してるだろ。こいつら……気絶してるんだぜ。
チクショウ。こいつらは関係なかっただろうがよ。ネリウめ。
俺だけ狙えばよかったんだ。なんで気絶していたアルテインやチョコバナナまで狙われたんだ。
許せん。待っていろ二人とも。俺が必ずネリウに復讐してやるからな。
「何を……してるんだお前は」
アルテインを抱えて慟哭の演技をしていた俺に、呆れた声がかけられた。
ついつい女子風呂決死隊のノリだったので、我に返るとなんとも恥ずかしいものがある。
思わずアルテインを投げ捨て声の方を振り向く。
「日本? どうしたんだよ女性陣はもう風呂から上がったぞ」
「アホか。そんなことはどうでもいい。それより武藤。仕事だ」
と、日本は一枚の用紙を突きつけてくる。
何かと受け取って見てみると、見なければ良かったと後悔した。
それは、この城の周辺に出没する強力な魔物のリストだった。
「前に誰かが言っていただろう。モンスターテイムの能力、ぜひとも活用して貰うぞ」
「俺に死ねと……?」
「改造人間なんだろう? ある程度はなんとかなると信じている。他のヤツは手伝えんが、お前のテイム数次第では俺たちの生存も危ぶまれる。重要な作戦だ。なんとか頼む」
……くそ。皆の為とか言われたら断るわけにはいかないじゃないか。
「このリストにあるヤツだけでいいのか?」
「他に使えると思ったのなら遠慮はいらん。敵が大軍だろうしな。戦力は多いに越したことはない」
「わかった。行くよ。行ってやるよ。ったく」
俺は傷付いた身体で立ち上がる。
できれば回復してから行きたいのだが、今からだと時間はなさそうだ。
「一応、ルートは考えてあるが時間的に間に合うかわからんだろう。昼くらいには戻れるようにしておいてくれ。おそらく夕方くらいに来るだろうしな。少しは休む時間ができるはずだ」
「よくわかるな。俺が発ってすぐとかの可能性は?」
「まだ八神たちが戻ってきていない。魔王軍が近くにいたならもっと速くに戻ってくるはずだ。昼か、夕方、もう少し伸びるようなら夜半以降になるだろうな。時間があればあるほど準備が整う。まぁ、迎撃されて戻れないという可能性もわずかにあるが、あのメンツでそれはあるまい」
なるほどな。と納得する。
仮にも天使と世紀末覇者。どんなミスをしてでも無事に帰って来そうなメンツである。
ところで、下田は怒ると服がはじけ飛んだりするんだろうか?
ちょっと見てみたいと思う俺だった。
「あ。薬藻さーん」
ん? なんだ?
俺と日本が会話していると、俺の背後から声が掛けられる。
城の入り口方向からだ。
女性の声だが誰だったかな? と振り向くと、なぜかイチゴが駆け寄ってきていた。
龍華たちと増渕の城に向っていたはずだが、なぜここに?
疑問を口にするより先に、イチゴは俺の目の前までやってくると、自分から解説してくれた。
「勇者様がムーブを覚えたので、一度帰って来たんです。龍華さんたちはまたレベル上げに向っちゃいました。今日の朝六時頃にもう一度戻ってくるそうです」
「なるほど。手塚もムーブが使えるようになったのか」
一度戻って来たので、増渕の城とここの移動が可能になったはずだ。
「それで、アルたちは何してたんですか?」
廊下で傷だらけで眠るアルテインを見つけて首を傾げるイチゴ。
丁度いいので回復して貰うことにした。
小首を傾げながらも俺の体力を回復させ、ついでにアルテインとチョコバナナを回復するイチゴ。
「それで、何してたんですか?」
「ああ。漢になるための……修行さ」
「……はぁ」
良く分かっていないイチゴが生返事を返す。
「それより、そろそろ行ってくれ武藤。時間が惜しい」
「あ、ああ。そうだな。じゃあイチゴ、しばらくゆっくりしとくといい。カスティラやトルーアは部屋に居るらしいからそこの執事さん起こして案内してもらってくれ」
と、チョコバナナを紹介したのだが、イチゴは別の所に喰いついた。
「あの、薬藻さんはどこかに行くんですか?」
「ああ。これからモンスターテイムで強そうな魔物を仲間にしてくるんだ。期待しててくれ」
まぁ、俺の実力で勝てそうにない奴からは逃げるがな。
「……あ、あの。それでしたら、御一緒しても、いいですか?」
「イチゴが?」
イチゴはなぜかそんなことを言っていた。
まさか付いてくる気だとは思わなかったが、意外とモンスターをペット化するのが気になるタイプなのだろうか? もしかしてモフモフな魔物をテイムさせて自分のペットにする気か?
まぁ、別にいいか。イチゴは回復魔法使えるし、居て困ることにはなるまい。
いざとなればムーブでここに戻れるし、下手にアルテインとか連れて行くより十分使えるだろう。
「いいのか?」
「あ、はい。薬藻さんこそ。その……私、足手まといになりませんか?」
「勇者のレベル上げで一緒に上げたんだろ。ならむしろ俺の方が足手まといになりかねないだろ」
よろしく頼む。と言ってやると、余程嬉しかったのだろう。顔を赤らめて「はいっ。よろしくです」と笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、行ってくるよ日本」
俺はイチゴと共に歩きだす。
日本はその後ろ姿を見ながら呟いた。
「なぜ、奴はモテるのだろう? 謎だ」
聞こえてるぞ日本。
まぁ、俺も確かにそれは疑問だ。モテ期にでも入ったんだろうか?
それだったらもうちょっとピンクな行為があってもいいと思うだが……
所詮は悪の怪人か。モテ期に入っても運がないんだろうなきっと。




