儂の邪魔をするな
大ピンチだ。
あたし、桃栗マロンは一般ピーポー化したため役立たずになりさがりましたとさ。
どうすんだこれ!? しかも薬藻っち死んだし。
ヌェルは精神異常で動こうともしないし、死霊共が大量発生してるし、かと思えば今度は反存在出現だとぅ!?
まぁ、あたしは上位存在だから反存在が出てくる事はないんだけど、反地球にいた存在が出現してるみたいだから、異世界から来たメンツの反存在も出て来る様子はない。
あたしは周辺に固まっていたみぽりんやお松っちゃん。ミルユっちに視線を向ける。
自由に動けるのは彼女たちだけだろう。
今、あたしの護衛を減らすのは怖いところだけど、反存在達が強力な駒を対消滅させるより先に彼等に倒して貰わないと。
「みぽりん、お松っちゃん、ミルユっち、反存在殲滅よろ」
「よろしいので?」
「お任せください!」
「ガンバル」
三人がそれぞれフォローに向うのを見届け、あたしは直ぐ横で自失呆然になってるヌェルの耳元へと口を寄せる。
あ、やっべ。ヌェルっちの反存在が来やがった。
「ヌェルっち、起きろ、あんたこのままだと対消滅されるわよ。ああもう、どうしろってのよ!?」
えーっと、こいつが行動不能になったのは、アレでしょ、薬藻っちが死んだからっしょ。
「何戸惑っとんのや! 今コイツ動かさな、アレどうにもならんやろ!?」
「わかってるけど、どうしたらいいのかわからんのですにゃっ」
「ンなもん簡単やないか、顔かしぃ」
おろつくあたしからヌェルを奪い取るように顔を寄せたのは星廼っち。護衛の紅葉っちがヌェルの反存在を警戒する中、思い切りヌェルの耳元で叫ぶ。
「しっかりせぇ! やくもんがそう簡単に死ぬかいなっ、自分の彼氏いうんなら戻ってくるン信じんかいっ。ヌェルティスッ、あんたの思いはその程度かッ」
左から右へと突き抜けろとばかりに叫んだ星廼っちは乱暴にヌェルっちを投げ捨てる。
地面にごつっと頭をぶつけたヌェルっちは……うん、こりゃだめだ。
ああ、もう反存在があんな場所に。
紅葉っちが忍刀でなんとか闘おうとするが、ヌェルっちの実力は超チート。無理だ。アレにはどうやって勝てば……
反ヌェルっちに視線を向けていた時だった。すぐ隣から艶めかしい悲鳴が漏れた。
なんだ? と思えば先程まで苛ついたように叫んでいた星廼っちの首筋に、ヌェルっちが噛みついている。
チュルルと血が吸われるたびに星廼っちの顔が赤く染まる。
なんだろう、この背徳的な光景は?
ヤッべ、これはこれで、アリかもしんない。
「腐っ。これはこれで……」
「駄女神、役に立たんならこやつと共に下がっておれ阿呆」
力が抜け切った星廼っちがぺたんと尻餅を付く。
牙から洩れた血を拭い、ヌェルっちは星廼っちから離れると、彼女の身体をあたしに預ける。
「大丈夫? 触れたら対消滅よ?」
「ダーリンが戻るまで、儂は死なん。全く、人間風情に気付かされるとはな、全く」
嫌々そうな口調だが口元は嬉しげに歪んでいた。
「すまんかった。ここからは、儂に任せよ」
ふぅっと息を吐き、紅葉っち相手に無双を続ける反ヌェルを睨む。
「儂の邪魔をするなよ下郎。反存在なら反存在らしく、やられ役の雑魚キャラになっておれ!」
空へと飛び上がるヌェルっち。
「さぁ、月は満ちた。我が真価をお見せしよう。祖は宵闇の覇者にして真祖の王。我誘うは我。月よ答えよ。闇よ覆え。今宵は我等の収穫場。場に満ちるは贄羊。伏せよ! 崇めよ! 汝らの命は我が糧である! 吸血鬼達の収穫祭」
刹那、世界が悲鳴をあげた。
ゾクリと背中を這う恐怖。
女神であるあたしですら死を感じたぞ今の!
気が付けば、周囲が赤く染まっていた。
満月が赤く血のように染まり、夜空が赤で染まっていく。
そこに、ただ一人夜空を掛ける吸血鬼。
真っ赤な瞳は爛々と輝き、おのれの反存在へと一気に接近していく。
触れれば消滅する。そのはずなのに、ヌェルっちは気にする事なく近づき、蹴りを叩き込む。
「供物蛇の輪舞会! 伝説の大地の悪夢の記憶! 生贄求ム悪意之柱!」
足から赤い供物蛇が飛び出す。
驚く反ヌェルはなんとか迎撃しようとしたが、吸血済みの真祖と未吸血の真祖ではその動きが格段に違った。
焦る反ヌェルが赤き蛇に飲み込まれる。
あり得ないっと声が漏れるが、間髪入れずに赤く染まった悪夢の記憶達が彼女に殺到する。
儂が儂に殺される!? そんなバカなと叫ぶ反ヌェルが赤き悪夢に飲み込まれる。それでも抵抗しようと手がヌェルへと伸ばされるが、これも闇の住人達に飲まれて消えて行った。
そして、駄目押しの悪意の柱、血色の柱が立ち昇る。人の形を崩した何かが内部で消失していくのが見えた。
悪意之柱に背を向けたヌェルがばさりとマントを翻す。
立ち昇った紅の柱が消えた時、彼女の反存在は欠片も残さず消えていた。
赤い世界も柱の消滅と同時に消えて行く。
「や、やるじゃない」
「ふん。本気を出せばこの通りだ」
少し悲しげに目を伏せ、彼女はナーガラスタに視線を向けた。
「今、あいつを撃墜してやりたいが、それよりもやらねばならん敵がおる」
「敵?」
「反存在、まだ来るだろう。チートな奴らが四人もな」
言われて気付いた。まだ、小出と手塚、下田と聖の四人が残ってる。他のクラスメイトの反存在も決して楽に倒せる奴らじゃない。
大丈夫かあたしたち?




