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第99話 メネス様の加護

 イグノアの滝にもうすぐ到着する。


「イグノアの滝がやっと見れるんだ」


「長かったなぁ」


 グーデンを出発して何日が経ったのか。


 旅をしているときは気づかなかったが、案外楽しかったような。


「ここって山の中だよね。どうしてまわりに木が生えてないんだろう」


 アルマが歩きながらまわりを見わたしている。


「そうだね。山の中ではない可能性もあるけど」


「いや、山の中だよ。そこの青い花とか、あの紫色の花は高原でしか咲かない花だもん」


 そうなの?


「私は花の知識なんて全然ないけど、アルマは詳しいの?」


「詳しいというほどではないけど、子どもの頃に絵本で読ませてもらった気がする。間違ってたら、ごめんなさい」


 さすが貴族の娘。


「英才教育というやつかね。元農民の私にはわからない世界だ」


「お母様が絵本を読んでくれただけだから。あそこの釣り鐘みたいな花はユリの仲間だったと思う」


 アルマが指した先に生えている花は細長い薄ピンク色の花だ。


「こんな変わった形の花があるんだね」


「高原の花って形が独特だから。向こうの黄色の花とか、あそこのピンクの雲みたいな花も平地では咲かない花だよ」


 花にもいろんな種類があるんだな。


「ヴェン。アルマも、何をしておる」


 先に進んでいたユミス様が戻ってきた。


「すみません」


「お花がきれいだったので、つい見とれていました」


 この野原は静かな楽園だ。


「そういうことなら仕方ないの。神や精霊も、こういう静かで自然あふれる場所を好むのじゃ」


 草木や花の精が飛び出してきそうだ。


「そんな気がします」


「ここはメネス姉様に連れられて、以前に訪れたことがある。そのときは姉様の魔法で一瞬のうちに到着したがの。まったく同じ場所ではないかもしれぬが、この野原には見覚えがある」


 メネス様って瞬間移動ができるのか。


「一瞬で場所を変える魔法なんてあるんですね」


「そのような魔法が扱えるのは神でも一部だけじゃ。メネス姉様は管理すべき森が多いから、そのような魔法を授かっておるのじゃよ」


 メネス様は森の女神だから、大陸の無数に広がる森をいちいち歩いて移動できないよな。


「姉様の魔法はとても便利じゃが、それでも移動できる範囲は森のみと限定されておる。どこにでも移動できてしまうと便利すぎるからの」


 人も魔物もいない野原を歩いていく。


「アルマの言う通り、ここには木が生えてないね」


「不思議だよね。山の中なのに。まるで誰かが木だけを取り除いてしまったみたい」


 そんなことをする人はいないと思うが、アルマがそういう感想をもらしてしまう気持ちはわかる。


「もしかしたら神のいたずらなのかもしれぬな」


 ユミス様があざ笑うように言った。


「神のいたずら?」


「冗談じゃ。姉様も母様も独善的に木々を破壊したりはせぬ。が、ウシンシュがいたずらをしたようにも思えるの」


 ウシンシュは行方不明になっている光の神様か。


「ウシンシュ様はそんなことをするんですか?」


「ほんとにはやらぬじゃろうが、あやつは無邪気なところがあるからの。ひょっとしたらと思っただけじゃ」


 ウシンシュ様はわんぱくな神様のようだ。


 平穏な野原に生息しているのは鹿やリスだけだ。


 時間の流れを感じさせないこの場所は、歴代の魔王にも攻撃されずに時を刻み続けてきたのだろう。


「滝の音が聞こえる」


 この先にイグノアの滝があるのか。


「素敵な場所じゃな。ここでずっと暮らしていたいくらいじゃ」


「私たち人間は食糧がないから暮らしにくいでしょうが」


 ゆるやかな坂を登り、高い岩壁の終端に到着した。


「ここがイグノアの滝……」


 切り立った崖の上から清らかな水が流れている。


 水浴びができる程度の泉が形成されて、滝のまわりを色とりどりの花が彩っていた。


「ここが噂の滝のようじゃが、ウシンシュはいないようじゃな」


 滝のまわりをクラゲのような精霊が漂っている。


「あのクラゲのような光っている存在は光の精ですよね?」


「そうじゃな。この地を古くから守っておる精霊じゃろう。光の精がいるのじゃから、ウシンシュがいてもよさそうなのじゃがのう」


 長い洞窟を越えてたどり着いたが、目的を達成することはできなかったか。


『誰かと思ったらユミスが来てたのね』


 耳の奥から女性の澄んだ声が聞こえた。


「メネス姉様?」


『すぐにそっちへ行くわ。少し待ってて』


 静かに流れ落ちる滝の水を眺めていると、メネス様がどこからともなく現れた。


「ヴェンツェルさんとアルマさんもご一緒だったのね」


「はい。旅の目的としてウシンシュ様を探しにここまで来たんですが、ここにはどうやらおられなかったようです」


「ふふ、相変わらずお優しいお方。わたくしたちのために力を貸してくださって、ありがとうございます」


 メネス様のお肌が美術品のように透き通っている。


 アルマも私のとなりで見とれていた。


「姉様。なんの手がかりもなくウシンシュを探すのは難しいようじゃ」


「そうねぇ。早くあの子を探してあげたいけど、誰も居場所を知らないっていうし」


 神様の力をもってしでも、身内の居場所を突き止めることはできないのか。


「ああ、どうすればいいのかしら」


「困ったのう」


 やはり勇者ディートリヒとウシンシュ様の接点をたどっていくしかないのか。


「ウシンシュ様の居場所を探し当てるためにはディートリヒの軌跡をたどっていくしかないと思います」


 意を決して発言すると、ユミス様とメネス様が同時に振り向いた。


「ディートリヒの軌跡?」


「それはいったい、どのような方法なのでしょうか?」


「ディートリヒは魔王ザラストラを倒した勇者です。彼はウシンシュ様の加護を得て魔王と戦ったと聞きます。ですから、ディートリヒの軌跡をたどればウシンシュ様の手がかりが得られると思うんです」


 二人の女神様から注目されると緊張する。


「なるほどのう」


「ヴェンツェル様のおっしゃられる通りですわ」


「ディートリヒはフェルドベルクで生まれ、魔王と戦ったようです。フェルドベルクはここから南西に位置している大国です。近くはないでしょうが、私たちで充分に踏破できる場所にあるはずです」


 フェルドベルクには前から行ってみたいと思っていた。


「では、その国に行ってみるしかないのか」


「はい。他に手がかりはないかと」


「そうじゃな。ヴェンの考えに異論はない」


 メネス様とアルマも私の考えに賛同してくれるようだった。


「その勇者を見つけてしまえばいいような気がするのう」


「そうですけど、勇者の居場所は誰も知りませんよ」


「そうなのか。魔王を倒したはずなのに不思議じゃのう」


 ユミス様の言う通りではある。


「勇者は魔王と一緒に亡くなってしまったのか」


「そうだとしたらウシンシュのことも心配になってくるのう」


 神様も一緒に亡くなってしまう、なんていうことはないと思いたいが。


「ヴェンツェル様。あなたに苦労をかけてしまいますが、ウシンシュのこと、よろしくお願いします」


 メネス様が丁寧に頭を下げてくれた。


「おまかせください。ウシンシュ様を探し出してみせます」


「ふふ、頼もしいかぎりですわ。わたくしは森を管理するため、あなたがたと同行することはできませんが、わたくしからも加護を授けましょう」


 メネス様が澄み渡った空にお手を上げる。


 手の上に現れたのは杖?


 霊木を切り取って、人間が使える長さに調節したような杖だ。


「これをお使いください。わたくしの加護であなたの魔力を引き上げることができます」


「ありがとうございます!」


 メネス様から授かった神聖な杖だ。


「ヴェンツェル様は魔法を修学されているとユミスから聞きましたが、魔力を引き上げる魔法具は何も使われていないご様子でしたから、ちょうどよいと思います」


「はい。魔法の杖をそろそろ用意したいと思っていました。大事に使わせていただきます」


 メネス様が淑やかにほほ笑んでおられた。


 メネス様から授かった杖をふり上げてみる。


 体内の魔力が刺激されて、身体の全体が熱くなるような、強い鼓動のようなものを感じた。


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