第98話 暗闇の道を越えて
モウル族の村で歓待を受けたが、私たちはすぐに旅路に着いた。
「モグラさん、可愛かった……」
「見た目は愛くるしいけど、ミミズや幼虫を食卓に並べられるのは困るよなぁ」
食事が私たちの口に合えば、村にもう少し滞在してたのだが。
「ミミズはさすがに食べられないよ」
「だよね。ただでさえ気持ち悪いのに、生で食べるんだもんな」
「うん。お皿の上でピクピク動いてたよね……」
あの虫やミミズが盛られた皿はしばらく夢に出そうだ。
「貴重な食糧をいただいたのじゃから、食べればよかったのではないか?」
ユミス様のお肌は洞窟に入る前より潤っている。
「神様はいいですね。こういうとき、物理的に食事しなくていいんですから」
「ほほ。わらわが受け止められる信仰に、人間や亜人といった好き嫌いはないからの。お主らもわらわを見習うのじゃ」
ユミス様を見習って虫やミミズを食べるのはいかがなものか。
「それなら魔物からの信仰も糧になるんですか?」
「なるぞ。信仰に差別はない。魔物とて神からすれば生物の一種に過ぎん」
魔物からの信仰は対象外だと思ってた。
「不思議そうな顔をしておるのう」
「だって魔物ですよ。人間たちの敵なのに信仰されたらユミス様の力になるんですか?」
「そう聞かれたら『なる』としか答えようがなかろう」
その事実はいささか衝撃的だ。
「さっきも言ったが、信仰に差別はないのじゃ。どのような異形の存在であっても、多くの者に残虐な行いをした者であったとしても、われらを神と慕い敬う気持ちは尊いものじゃ。この神聖な思いが差別されてはいかん。神は基本的にどのような生物に対しても平等でなければならぬのじゃ」
ユミス様の主張は正しいと思うけど、どこか言いくるめられているようにも感じる。
「酷いことをした人を突き放したら、その人は一生救われなくなっちゃいますもんね」
私たちの会話が途切れたときにアルマが言った。
「その通りじゃ。改心した者こそ救いの手を差し伸べなければならん」
「そうですよね。せっかく気持ちを入れ替えたのに、やっぱりやめようって思っちゃいますもんね」
「そうじゃ。新たな挑戦や再出発の機会も平等に与えねばならん。誰にでも幸福になれる機会が得られることが肝要なのじゃ」
それなら良い行いをしてきた人が報われない気がするけどな。
「それなら逆もあり得るんですか?」
「逆とはどういう意味じゃ?」
「魔物がユミス様を信仰する訳ですから、その逆に人間が闇の神を信仰することがあるのかなって」
人間がペルクナスを信仰する?
「なるほど。そういう意味か。アルマは本当に鋭い子じゃのう」
ユミス様が若干困っている様子から察するに、人間がペルクナスを信仰することがあるのか。
「アルマが想像した通りじゃ。人間の中にはペルクナスやディエヴルスを信仰している者がおる」
「やっぱり、そうなんですね」
「そうじゃ。というよりペルクナスなんかは、わらわよりはるかに人気者じゃよ。あやつが使う闇の力は強大じゃからのう」
「闇の神に熱狂する方がいるんですね。なんだか悲しいです」
「悲しいのは事実じゃが、受け止めるしかあるまい。闇の力は強大じゃが、性質上、人間には扱えぬ。闇の力を手にした人間は心を蝕み、やがて発狂してしまうからの」
闇の力はそんなに恐ろしいものなのか。
「アルマの屋敷で闇の力に侵された人間と戦ったじゃろ。あの姿がわかりやすい例じゃ」
「ゲルルフですね。かなり強かったけど、人間の意識を留めていませんでした」
「闇の力は強大すぎて、人間の心をすぐに破壊してしまうからの。人間があのように変貌してもペルクナスは救いの手を差し伸べたりはせん。じゃから、強いからといって安易に闇の力を手にしてはならんぞ」
「はい。わかりました」
闇の力は恐ろしい。
私も胸に留めておこう。
* * *
洞窟は長い。
暗闇の道が延々と飽きることなく続いている。
「なかなか抜けられんの」
「はい。本当に出口があるんでしょうか」
「あるはずじゃがのう」
ユミス様のお陰で明かりを灯していられるが、この明かりがなかったらと考えるとぞっとする。
「ユミス様。魔法を使い続けても大丈夫なんですか?」
「わらわの魔力が尽きることを懸念しておるのか? それなら案ずることはないぞ」
神様の魔力はそんな簡単に尽きないのか。
「ライトの魔法は魔力の消費などなきに等しいからの。その気になれば百年くらいは灯し続けられるはずじゃ」
「え……っ、ひゃ、百年……?」
「そんなに……っ」
ユミス様の魔力が規格外だったのを忘れてた。
「さすがですね」
「わらわも一応は神のひと柱じゃ。人間たちや地上の生物たちが世界的な危機に瀕したときのために、わらわや兄や姉たちは父上から多大な力をいただいているのじゃ」
神が絶大な力をもっている理由なんかもあったのか。
「そんな深い理由だったんですね」
「いただいた力を悪用する者も当然いるがの。わらわも兄も姉も力を使いすぎないように大幅な制限をかけられておる。しがらみの中で生きているという点ではヴェンやアルマとさほど変わらんかもしれんの」
途中で休憩を挟みながら洞窟をひた歩いた。
時間の感覚がないから、どのくらいの時間が過ぎたのかわからない。
途中でモウル族の人に助けられて、野宿をしながら歩いて、やっと外の明かりを見つけた。
「ヴェンツェル、あれ……!」
「出口っぽいぞ。やっと出られる!」
急ぎたいが、足が棒のようになっている。
転ばないように気をつけながら、出口に向かって歩き続けた。
外からあふれる光が強い。
目が焼けそうで、思わず腕で目もとを隠した。
目を痛めないように、ゆっくりと目を開ける。
洞窟の外の世界は光で満ちあふれていた。
「ここは……野原?」
人間の手が及んでいない野原だ。
地面は野草で覆われている。
「お花がいっぱい咲いてる」
野草は白や黄色の花をつけている。
今まで土と暗闇しか目にしていなかったから、花の鮮やかさがわずかに刺激的だ。
「ここは、以前に来たことがあるような気がする」
なんだと!?
ユミス様が白い翼をぱたぱたと羽ばたかせて、ゆっくりと野原を進んでいく。
「わらわたちの目指している場所が、もうすぐそこにあるのかもしれぬ」




