第97話 モウル族の村を救え
蛇の魔物は首を立てれば私たちの背丈を超してしまうほど大きい。
狐や狸くらいなら丸呑みにしてしまうのではないか?
「こんな大きい蛇が洞窟に入り込んでいるのか。モウル族の村はよく無事だったな」
「一足遅かったら、あの村はこの蛇によって滅ぼされていたかもしれんのう」
蛇が口を大きく広げて威嚇してくる。
「初手はエアスラッシュを食らわせるか」
「待て。エアスラッシュなどを唱えたらクルミの根を切断してしまう。それはダメじゃ」
なにっ。
「それなら水の魔法で攻撃します」
「水も過剰な量を根に吸わせると木が枯れる原因となる。それも好ましくないじゃろう」
水の魔法も使えないなんて。
「それならどうやって戦えばいいんですか」
蛇が頭を素早く突き出してきた。
「くっ」
とっさに後退した私の腹のぎりぎり手前の空気を蛇が頬張った。
こんな攻撃、何度も受けたら避け切れないぞ。
「わたしの後ろに隠れて!」
アルマが盾を構えて前に出てくれるけど、彼女も戦いにくそうだ。
「この狭い場所じゃランスを振るえないだろう」
「うん。勢い余って根っこを全部斬り払っちゃいそう」
蛇の魔物は構わずに攻撃を仕掛けてくる。
敵が動くたびにクルミの木の根が刺激されて、一部の根が折られていた。
「この場所で戦わなければいいのか」
それなら戦場をどうやって変える?
後退するのが簡単だが、そうするとモウル族の村に魔物を近づけてしまう。
「引くのがダメなのであれば、押すしかないか」
「ヴェンツェル、なんか言った!?」
「アルマ、盾を押し出してあいつにプレッシャーをかけられない?」
「盾を押し出してプレッシャー? よくわかんないけどやってみる!」
アルマが盾を構えたまま一歩を踏み出す。
蛇が口を開けて威嚇してくるが、怯むなっ。
「わらわもアルマにバフをかけてやることにしよう」
ユミス様がアルマにかけたのはアクアガードか。
「あやつを奥まで押し出してしまうのじゃ!」
「わかりましたっ」
アルマが盾を突き出して腰を少し下げる。
「はぁぁ……!」
地面を蹴り、草原を駆ける馬のように突撃した。
蛇がうろたえて太い首を引く。
「もっと押せ!」
「行くぞ……!」
アルマに急接近された蛇は反撃してくるが、妖精銀の盾とアクアガードで防護されたアルマが奴を押し返す。
「この林から出ていけ!」
アルマが地面を踏みしめて、盾の表面で蛇の顔面を殴った。
蛇が騒音を上げながら吹き飛ばされていく。
側面の壁に何度も打ちつけたのか、洞窟が地鳴りのような音を発しながら揺れた。
「見事じゃ、アルマ。よくやった」
アルマの持つ盾は時に強力な武器になるのか。
「シールドアサルトという盾を構えて突撃するスキルがあるんです。そのスキルを応用しました」
「左様か。この行動が制限されている状況下でよく機転を利かせてくれた。感謝するぞ」
アルマのはたらきに歓喜している場合じゃない。
蛇の魔物がいなくなった隙にクルミの林を走り抜ける。
「この林はずっと続かないだろう。戦いやすい場所で一気に雌雄を決する!」
「わかった!」
「ヴェンもだんだん頼れる男になってきたのう!」
クルミの木の根の林を越えた先に蛇の魔物の姿があった。
地面に横たわって伸びていたようだが、私たちの気配を察知して飛び起きた。
「ここならクルミの木の根に邪魔されない。戦いにおあつらえ向きな広さでもあるから、ここで一気に……」
殺気立つ蛇の魔物の背後にうごめく大きな影がある。
「ヴェンツェル、ここって、もしかして……」
蛇の魔物の後ろから現れたのも、蛇の魔物。
「ここはもしかしたら、こやつらの巣なのかもしれんのう」
蛇の魔物は一匹ではなかったのか!
蛇の魔物の攻撃をアルマが防いでくれる。
「数は多いけど、ユミス様のバフがあればなんてことないっ」
敵の攻撃はアルマに引きつけてもらおう。
ならば私が攻撃を担当だっ。
「ここならエアスラッシュを使っても問題ないだろう」
敵の攻撃が止んだ隙にエアスラッシュを放つ。
刃を水平に倒して放ち、蛇の魔物の鱗を裂いた。
「鱗が堅い。一撃では倒せないか」
「なら魔力を上げるバフでもかけてやるかの」
淡い光が私を包み込む。
光は私の体内に入り込むように消失した。
「これは?」
「光魔法のスペルエンハンスじゃ。ヴェンの魔力が数段アップするぞ」
ユミス様の神級のバフなら期待できそうだ。
もう一度エアスラッシュの魔法を唱えたが、右手の前に現れた真空の刃は死神の鎌のように巨大で……
「うそ!?」
悪魔の武器のような刃を放出する。
蛇の魔物の首筋に飛び、堅い鱗を一瞬で切断した。
「すご……っ」
蛇の大きな頭が地面に落ちる。
背後にいた二匹の蛇の様子が変わった。
「お前たちに怨みはないが、モウル族のためだ」
エアスラッシュを続けて放つ。
怯える蛇たちの鱗を裂いて、洞窟の戦いはあっけなく終わりを迎えた。
* * *
「あの凶悪な蛇の魔物を倒してしまっただと……っ」
モウル族の村に戻ってクエスト完了の報告をすると、村長が湯呑みを地面に落とした。
「本当か!? あんな巨大な魔物を……」
「ヴェンとアルマのはたらきを疑うのなら、自分の目でしかと見届ければよかろう」
ユミス様が言葉を添えてくれたが、村長は信じてくれてないようだった。
だが、
「そそそそ、そんちょお!」
「蛇の魔物がっ、ほんとに、全滅してます!」
確認をしに行った村人たちの報告を聞いて、村長も認めざるを得ないという顔立ちだった。
「あなたがたの言葉が真実であったようだ。わしの無礼をお許しください」
「ほほ。気にするでない」
魔物を倒したし、一件落着かな。
「あなたがたのお陰で大切なクルミの林が失われずに済みました。ありがとうございました」
「ご助力、感謝する!」
「あなたがたはラーマ様が遣わしてくれた勇者だ!」
モウル族の人たちは諸手を上げながら感謝の言葉を述べてくれた。




