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第96話 モウル族の村へ

 モウル族の村は長い洞窟を歩いた先にあった。


「ここだ!」


 天井の低い回廊のような道が急に開けて、人間の村がすっぽりと入ってしまうような空洞に出た。


「ここか」


「わあっ、広い!」


 だだっ広い空間に石を積み上げたような家が建っている。


 あちこちに四角い家があって、モウル族の人たちが暮らしているようだ。


「かわいい……」


「こんな地底に村が形成されておったとはのう」


 秘境中の秘境であるモグラの村を訪れて感動……というか、


「違和感? モグラって地中に掘った穴の中で生活してるんじゃないの?」


「無礼者! 我らをそこら辺のモグラどもと一緒にするなっ」


 モウル族の者たちが一斉にツルハシを突き立てた。


「我らは大地の神ラーマ様の加護によって知性を得た者なり。知性をもたずにそこら中に穴を掘り、ミミズを食らうことしか能のないモグラどもと同じであるはずがない! 我らはラーマ様の命に従い、遠い昔からこの土地を守護しておるのだっ」


 大言壮語のように感じるけど、ほんとなのかねぇ。


「きゃっ、ミミズ!」


 アルマが驚いて私に抱きついたが、


「なにっ、ミミズだと!?」


 モウル族の者たちが手にしていたツルハシを捨ててミミズに殺到しだした。


「放せっ、俺のものだ!」


「なにおうっ、最初に見つけたのはこの俺だ!」


「いいや、私だっ」


 ラーマ様の加護によって知性を得た者なんだから、ミミズを見つけただけで目の色を変えるんじゃない。


 ミミズの所有権をめぐる小競り合いを終えて、私たちは連行されるように村長の家に向かった。


「ここだ!」


 村長の家といっても近くの家屋と見た目はほとんど同じだ。


「お邪魔します」


 ぞろぞろと連れ立って村長の家に……人数が多くて入れないようだ。


「なんだ、お前たちは。ぞろぞろと」


 居間で何かの液体を飲みながらくつろいでいた村長に追い返された。


「かくかくしかじかで……」


 モウル族の彼らが群がって村長に説明しているが、かくかくしかじかとほんとに発言している奴を初めて見たぞ。


「なるほど。それでよそ者をここまで連れてきおったのか」


 村長が小枝のような杖をついて私たちを一列に並ばせた。


「見た目は我らと同じじゃが、本当に人間なのか?」


「村長、妖術に惑わされてはいけない! こやつらは妖しい術を使って姿かたちを変化させてるんだっ」


「ほう、妖術か」


 村を束ねるこの方は、他の人たちよりも落ち着いている。


「目的を聞こう。ここを通り抜けたいだけだというお前たちの主張に誤りはないか?」


「はい。私たちはイグノアの滝を目指して旅をしているのです」


「イグノアか。ラーマ様も訪れる伝説の土地じゃな」


 この人はイグノアの滝の場所を知っているのか!?


「イグノアの滝をご存じなのですか!?」


「知らん」


 知らんのかい!


 私たちは盛大に倒れてしまった。


「なんだ? そのリアクションは」


「あんたが紛らわしいことを言うからだろ!」


 思わず語気を強めてしまったから、周りのモウル族を刺激してしまった。


「よせ、お前たちっ。静まれい!」


 この人たちなんかめんどくさい。


「イグノアというのは名前しか知らん。伝説上の場所だと思っていたが、実在するのか?」


「そのはずです。その場所を訪れたという人間がいます」


「なにっ、人間たちがそのように申しておるだと。うむむ、地上で暮らす人間どもに我らが遅れをとるとは……」


 村長が爪の先で鼻を掻くような仕草で考えはじめた。


「まあよい。お前たちに害意は感じぬから、ここを通してやろう」


「ありがとうございます」


 意外とあっさり許可が下りた――


「と言いたいところだが、ひとつだけ条件がある」


 やっぱりすんなりとは通れないのね。


「条件とはなんでしょう?」


「村の向こうにある出口はクルミの林につながってるんだが、そこに魔物が棲みついてしまってな、困っておるのだ」


「その魔物を倒してこいということですね。どのような魔物です?」


「名前はよく知らんが蛇の魔物だ」


 蛇の魔物ならナーガなどだろうか。


「やってくれるか?」


「いいでしょう。引き受けます」


 周りのモウル族の人たちが騒ぎはじめた。


「あの魔物を退治するのか!?」


「できるのか!? 危険ではないかっ」


「我らでは歯が立たなかったというのに、なんとも残酷な……」


 私たちのことを心配してくれているのか。


「たぶん、大丈夫だと思いますよ。ねえ、ユミス様。アルマ」


「そうじゃの。グリフォンよりは弱いじゃろう」


「蛇は苦手だけど、がんばる!」


 そうと決まれば、さっそく魔物退治に出かけるか。


「その前にひとつ疑問があるんですが、クルミの林があの向こうにあるんですか? ここは地面の中ですよ」


「あの向こうにはたしかにクルミの林がある。行けばわかる」


 意味がよくわからないが、そこは重要ではないから気にしなくていいか。



  * * *



 モウル族の道案内に従ってクルミの林を目指しているが、


「悪いことは言わない。お前たち、早くよその土地へ逃げるのだ!」


 ものすごく血相を変えて……いるかどうかはモグラの顔だとよくわからないが……かなり心配されている。


「そうだそうだ!」


「あの蛇どもは貴重なクルミの林を独占する憎い連中だが、安易に刺激すると我らが食われるぞ! そういう同胞を何人も見てきたっ」


 クルミの林を支配する悪しき蛇はモウル族の人たちを食べてしまうのか。


「そのようなことを聞いてしまっては、なおさら引き下がれんのう」


「そうだよ! 蛇はちょっと怖いけど、なんとかしなきゃ」


 ここで会ったのも何かの縁。


 洞窟を通してもらう代わりに戦おうではないか。


 しばらくしてクルミの林に到着したようだ。


「これは……」


「クルミの根かの?」


 堅い天井から太い木の根が突き出している。


 木の幹のように太い根があちこちで生えていて、林のように道を阻んでいた。


「なるほど。だから林なのか」


「我らはクルミの根をかじって水分と栄養を補っているのだ。この林は我らの生活を支える貴重な栄養源なのだ」


 そんなにも貴重な場所なのか。


 地面を擦る音が奥の暗闇から聞こえた。


「奴だ!」


「逃げろっ。さもないと食われるぞ!」


 モウル族の人たちがツルハシを捨てて逃げ出す。


 暗闇から大きな影がのっそりと姿を現した。


「これが、蛇っ」


 紫色の毒々しい鱗が禍々しさを強調している。


 細長い顔の左右から黄色く濁った瞳を光らせて、私たちを威嚇しはじめた。


「こやつを倒せばよいのじゃな」


「ユミス様、変化を解いてください。人間の姿で戦います!」


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