第95話 地の底に住む種族
巨大なミミズが岩山をくり抜いたような洞窟が地中へと続いている。
ゆるい下り坂のような傾斜で、天井の高さはほぼ一定だ。
「ユミス様、この洞窟はモウル族の方が掘ったものなんですか?」
「そうじゃろうな。天然の洞窟にしては天井や壁の形がきれいすぎる」
アルマはランスを右手で抱えるように持っている。
「ここだとランスが使えないね」
「そうだな。かと言って魔法を使うのも危ない気がする」
「魔法だったら天井とかにぶつからないけど……あっ、水の魔法とか唱えたら流されちゃうかも」
「そう。風の魔法でも、壁や天井を刺激すると崩落の危険性がある。強い魔法や広範囲におよぶ魔法を使うのは危ないかもしれない」
洞窟での戦闘をあまり考えていなかった。
「じゃが、ヴェンとアルマならなんとかするじゃろう」
ユミス様のふよふよと浮く姿はいつもと変わらない。
「いいですね。自分は戦わないから、呑気でいられて」
「ほほ。ヴェンは心配しすぎじゃ。モグラのモウル族はそれほど攻撃的な種族ではない。魔物の気配もさほど感じぬから、案ずる必要はないぞ」
「心配性なんじゃなくて、慎重で失敗しない性格だと言ってもらいたいですね――」
小石が地面を転がるような音がしたぞ。
「待ちたまえ!」
人間の子どものような叫び声がこだまする。
「なっ、なに!?」
前から現れたちいさな影がちょこまかと動いて、「しゅぱぱぱ」という擬音が似合いそうな感じで私たちの前に立ちふさがった。
「何奴!?」
「我らの領地に不法侵入する不届き者め!」
「ここを我々の領地と知っての狼藉かっ!」
立て続けに宣言されるセリフは古めかしくて威厳にも満ちている。
……のだが、声がなんというか、かん高くていまいち締まりがない。
それ以上に彼らの見た目が……幼児ほどの背丈しかない上に毛がもこもこしてるんだもんな。
「外からやってきた侵入者め、なぜ押し黙っている!」
「我らの登場に腰を抜かしたのか!?」
「我らの警告に従わないのであれば仕方ない。お前たちを強制排除する!」
そんなかっこいいセリフを、短いツルハシを構えて言われてもまったく迫力がないんですが。
「かわいい!」
アルマがランスと盾を放り投げてモウル族……だと思う、たぶん……に抱きついた!
「うわぁ!」
「な、何をする!?」
「なにこの子たちっ。めちゃくちゃかわいい!」
アルマに抱きつかれたモウル族の男……男か? よくわかんないけど……がうろたえている。
周りのモウル族の人たちもアルマの挙動が読めずに困惑しているのか……いや、あなたがたをぬいぐるみなんかと同一視しているだけなんだが。
「ええい、放せっ、無礼者!」
アルマに抱きつかれていた彼? 彼女? がアルマを引き離した。
「きさまっ、ぶぶ、無礼にもほどがあるぞ! 我らを連れ去って人質にしようという魂胆であろうが、そうはいかんぞ!」
「人質? かわいいなぁって思っただけなのに」
アルマってペットとか飼ったら溺愛するタイプだ。
「あなたがたはこの洞窟を管理されているモウル族の方々ですか?」
物欲しそうにしているアルマを下げて私が交渉役を引き受ける。
「この洞窟を管理? 何を言っている。ここは我らの土地だっ」
「お前たちこそ、なぜ我らの土地を侵さんと欲するか!」
「待ってください。落ち着いて話しましょう。私たちはあなたがたの土地を侵すつもりなどありません。ここを通していただきたいだけです」
警戒する彼らの前に座る。
両手を広げて敵意がないことをアピールする。
「私たちはこの先にあるイグノアの滝を目指しています。ですが、道は高い岩山に阻まれているので、この洞窟を通るしか方法はないんです」
モウル族の彼らは黒い体毛に覆われて、鼻がつんと突き出している。
点のような目に、長い爪が生えた白くて大きな手。
ずんぐりむっくりな体型のどのような特徴をとってもモグラそのものだ。
「イグノアだと!?」
「そのような場所は知らん!」
「貴様っ、妖言で我らをたぶらかす算段だな!」
見た目はぬいぐるみのようにかわいいんだけど、困ったな。
「仕方ない。この者たちの長と交渉してみてはどうかの」
ユミス様が助け舟を出してくれた。
「モウル族の者たちよ。わらわは運命の神ユミスじゃ。お主らの長の下へ案内してくれぬか?」
「運命の神だとっ」
「なんとも胡散臭い奴っ、お前のような奴を信用できるかっ」
ユミス様でも彼らの警戒を解くことはできないか。
「やれやれ。困ったの」
「ユミス様、どうします?」
「そうじゃな。手荒な真似はしてほしくないし、かと言ってこのままではここを通してもらえぬ」
この洞窟を通り抜けるのは諦めるしかないのか。
「要するにお主らは人間の容姿が気に入らんのじゃろう。ならば、これでどうじゃ」
ぼん、と白い煙が立ち込めて視界が遮られた。
まさかと思うが、モグラの姿に変化させられたんじゃ……
「そのまさかじゃ!」
やっぱり!
白い煙が引くと、真っ白でナイフのような爪が生えた両手があらわになった。
振り返るとアルマがモウル族と同じ見た目になっていた。
「きゃっ、なにこれ!?」
「人間の背丈は彼らにとって威圧的なのじゃ。じゃから同じ背丈になれば話がしやすいじゃろう」
「うわぁ、毛がもこもこだ!」
アルマはモグラの姿になって狂喜して……ちょっと静かにしててくれ。
「苦節四十年、モグラになる日が来るなんて、思ってもみなかった」
「ほほ。なかなか似合ってるぞよ」
抱きつくモグラ姿のユミス様を引き離して、本物のモウル族の彼らに振り返る。
「まっ、待て!」
「お前たちはどのような妖術を使ったのだ!」
まだツルハシを構えて警戒を解いてくれないか。
「モウル族の者たちよ、ここまでしても警戒を解かぬというのか? あまりに酷いと母上に言いつけるぞ」
「ユミス様の母上は大地の女神ラーマ様でしたね」
ぼそりとつぶやくとモウル族の者たちがわちゃわちゃと騒ぎはじめた。
「ララ、ラーマ様だと!?」
「なぜ我らの神の名を知っているのだ!?」
彼らが飛び跳ねそうなくらい驚いて……だんだん面倒になってきた。
モウル族の彼らは集まって、もぞもぞと身体を動かしながら話し合いをはじめた。
モグラの姿に狂喜するアルマをあしらっていると、モウル族の彼らが振り返って、
「わ、わかった。そこまで言うのなら、我らの村に案内してやる」
やっと首を縦に振ってくれた。
「ありがとう!」
「だがっ、少しでも妙な動きをしたら、この槍でお前たちを刺し貫くからな。覚えておけ!」
「はいっ、わかりました!」
ひとり上機嫌なアルマの返事に、モウル族の彼らがまたうろたえはじめた。




