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第94話 イグノアの滝の手がかりを得て

 村の方針などはこれから考えてもらうとして、村人たちとともに海の見える丘へ戻ってきた。


「結局、またここに戻ってきたのかぁ」


「向こうの方がよかったのにねー」


 ラフラ村の人たちは森の中にあった村によほど思い入れがあるのか、全員が残念そうな顔をしている。


 一部の村人たちでまた口論や責任のなすりつけ合いも起きていた。


「この海が見える場所も素敵じゃと思うがのう」


「そうですよね。風も気持ちいいですし」


 ラフラ村の人じゃないとわからない機微があるのか。


「旅のお方。我らのためにはたらいていただいたのに、大したもてなしもできずに申し訳ございません。村には何日滞在していただいても結構です。住居も自由にお使いください」


「ありがとうございます」


 住居といっても、つい先ほどまで打ち捨てられていた住まいだけれども。


「村長、報酬を無理にいただこうとは思いませんが、ひとつだけお聞きしたいことがあります。イグノアの滝というのをご存じですか?」


「イグノア? はて、どこかで聞いたことがあるような、ないような」


 新たな情報が得られるか!?


「私は詳しく存じ上げませんが、村の者の中で知っている者がいるかもしれません。聞いてみましょう」


「お願いします!」


 それから簡単な夕食をいただいて、イグノアの滝について知っているという村の最年長のプラッテさんを紹介された。


「イグノアの滝か。なつかしい響きじゃな」


 年齢が八十歳を超えたというプラッテさんは大きな座椅子に腰かけ、杖をついて上半身を支えている。


「あそこは花がきれいな場所での。精霊がよく遊びに来ると噂になっておった場所じゃ。わしも幼い頃、両親に連れられて一度だけ訪れたことがある」


「それではイグノアの滝の場所についてご存じなんですか?」


「いいや。遠い昔の思い出でしかないから、詳しい場所は知らん。じゃが、少しくらいはあなたがたの力になれるかもしれん」


 プラッテさんがひ孫を呼んで地図を書いてくれる。


 ご本人は目が見えないようだから、十歳くらいのひ孫にあれこれ指示を出していた。


「イグノアの滝は遠い山の向こうにある秘境じゃ。何日も時間がかかる上、凶悪な猛獣や魔物も出没するじゃろう。それでもあなたがたは行きたいのか?」


「はい。行方不明になった光の神……いや、光の精霊を探しています」


「光の精霊に会いたいのか」


 プラッテさんが抑揚のない声で笑った。


「精霊なんて簡単に会える存在ではないが、あなたがたなら会えるかもしれぬな」


 猫に変化して私の頭に乗っかっているのは運命の女神様ですから。


「北の山を越えると……なんじゃったかの。たしか、長い洞窟につながるはずじゃ。その先にイグノアの滝がある」


「北の山と長い洞窟ですね」


「洞窟にはたしかモグラの一族が暮らしてるはずじゃ。しかし、なんという名前じゃったかのう」


 モグラの一族なんているのか。


「モグラの亜人ならばモウル族ではないか?」


 ユミス様の言葉にプラッテさんが反応する。


「おお、そうじゃ、モウル族じゃ。あなたは若いのによく知ってるのう」


「はあ」


 目の見えないプラッテさんはアルマが答えたのだと勘違いしたようだ。


「モウル族という地中に穴を掘って暮らす一族がいるんじゃが、彼らの仲間がその洞窟を縄張りにしてるんじゃよ」


「縄張り……要するに土地の領有を理由に通行を妨げてくるということですか?」


 プラッテさんが呑気な声で笑った。


「そんな堅苦しいことはしてこないよ。彼らはおとなしい種族じゃからの。洞窟に入ることを伝えれば、ちゃんと道を譲ってくれるよ」


 それなら安心か。


「しかし、彼らは臆病じゃから、他所から人間がやってくれば警戒するじゃろう。くれぐれも刺激を与えんようにな」


「わかりました。ご忠告ありがとうございます」


 モグラのモウル族か。


 どんな人たちなのか、少し興味が出てきた。



  * * *



 ラフラ村の人たちに二日間呼び止められて、三日目にやっと旅路に戻った。


「ラフラ村の方々、いい人たちでしたね」


「そうじゃの。わらわをずっと信仰しておるようじゃし、感心じゃの」


 ユミス様の肌のうるおいがどことなく良くなっている。


「この調子でもっと信者を獲得していくぞ!」


「旅の目的が違うでしょうが」


 村から伸びる辺鄙な道を上っていく。


 プラッテさんから伝えられた通りに森へ入り、泉の畔を北へ抜けていく。


「この辺りは以前に来たことがあるの。フライトラップを駆除したときじゃったか」


「そうでしたっけ。よく覚えてますね」


「村人たちを大勢引き連れてきたじゃろ。ほれ、フライトラップの親玉を駆除したときじゃ」


 ああ、ユミス様が花だと間違えて近づいて、ぱっくりと食われた思い出ですね。


「ユミス様とヴェンツェルで魔物を倒したんですね」


「そうじゃぞー。ヴェンは当時かなり怖がりでの、怖いと泣き叫ぶから、わらわが仕方なく――」


「でたらめな話をアルマに吹き込むな」


 フライトラップのいなくなった森は平和そのものだった。


 背の高い雑草が視界を遮るが、危険な植物は存在しない。


 現れる動物もリスなどの小動物ばかり。


「魔物はいないね」


「そうだね。世を騒がす魔王もいないから、多くの魔物が力を失ってるんだろう。一応、油断しないように気をつけよう」


「魔物が出ても、ヴェンとアルマならば楽勝じゃ。何も案ずることはない」


 道のない森を突き進んでいく。


 ゆるやかな坂のような地面が続き、気づけば山を登っていた。


 山道を二日間ほど歩き続けて、堅い岩肌が道を阻む高い山が見えていた。


「この先にモグラさんがいる洞窟があるのかな」


「そうかもしれない。注意しながら進もう」


 高い岩山を登るのは現実的ではない。


「この先を登るのはきつそうじゃのう。じゃから洞窟を抜けるのか」


「そのようですね。ユミス様が鳥に変化させてくれれば、あの山も越えられそうですが」


「そうじゃが、ひとまずモグラの一族に会ってみようではないか」


 洞窟の入り口が近くにないか探してみる。


 しばらく探して、私よりもわずかに高い洞窟の入り口を発見した。


「ここで合ってるのかな?」


「暗い場所はあまり好きではないがのう」


 ユミス様が明かりの魔法を唱えてくれる。


 光るクラゲのようなものが現れて、洞窟の暗闇を照らしてくれる。


「これでよいじゃろう。モウル族の者たちは出てくるかのう」


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