第92話 ラフラ村が滅んだ?
徒歩での旅はのんびりしている。
足が疲れたら休んで、ユミス様とアルマの話し相手になる。
二人の延々と続くおしゃべりを聞いているうちに、陽が傾いてしまうこともよくある。
「別段急ぐ旅ではない。移りゆく景色を楽しみながら目的地を目指せばよいのじゃ」
「はい。ですけど、ユミス様は光の神様が心配なのではないのですか?」
アルマが心配そうに口を切っても、ユミス様は「おほほ」と一笑するだけだ。
「ウシンシュはわらわと同じく上位の神ではないが、百年くらい放っておいても死ぬような者ではない。直にわらわたちの前に姿を現すであろう」
神とはいえ身内が十年以上も失踪してるというのに、ユミス様もメネス様も呑気だよな。
「神様に上位とか下位というのがあるんですか?」
「もちろんじゃ。人間をはじめとした、地上で暮らすありとあらゆる生物たちから信仰を集める度合いによって神の階級が決まるのじゃ。父上や母上のように誰からも信仰される神が最上位。メネス姉様やウセクルス兄様がその次に上位じゃな」
「メネス様は森の神ですから、獣や植物にとってなくてはならない存在ですよね。ウセクルス様も広い海を司っているんですから、信仰がとても深そうです」
「そうじゃな。わらわやウシンシュのようなマイナーな神は一部の者にしか信仰されぬから、階級としてはうんと下の方じゃ」
神様の世界も意外と複雑なんだな。
「そんな……それではユミス様がかわいそうですっ」
「ほほ。アルマよ、そんなに心配してくれんでもよい。わらわが低い位置にいるからといって、父上や姉上がわらわにいたずらをする訳ではない。形式上の序列が異なるだけで、神の間に真の序列はないのじゃ」
形式上の序列だけ……か。すばらしい世界だ。
「そうなんですね。ほっとしました」
「信仰が得られぬとお腹が空いてしまうから、たくさんの信仰が得られた方がよいのは当たり前じゃが、わらわが飢えても母上や姉上が食事を恵んでくれるからの。案ずることはないぞ」
「ユミス様のお母様もお姉様もお優しいんですね」
そういえば、メネス様と初めてお会いしたときも、同じようなことを言っていた気がする。
* * *
野宿をしながら山道を登り、やがて見覚えのある丘が見えてきた。
「ユミス様。この辺りではないですか?」
「以前に訪れた村かの。わらわはもうあまり覚えておらんのう」
高台から見下ろせる海の景色も以前と変わらない。
「この道を右へ曲がればラフラ村に到着――」
右へ振り返って、打ち捨てられた家屋が飛び込んできた。
「あれ……?」
村の入り口に立て掛けられていた看板がなくなっている。
家屋の中には倒壊し、木製の壁が壊されてしまっているものさえある。
「あの、これは……」
「何があったんじゃ?」
ラフラ村がなくなってしまった?
「そんな……魔物に滅ぼされてしまったのでは……」
「じゃが、何者かと争ったような痕跡はないのう」
ユミス様が廃墟と化した村に入っていく。
手入れされていた地面は雑草が茂っている。
いくつかの家屋を覗いても村人の姿は確認できないが……
「ユミス様が言われる通り、邪瘴のようなものは感じないです」
アルマも私のとなりで口を切った。
「言われてみれば、たしかに」
「ここに住んでた人たちが魔物に殺されちゃったんだとしたら、ここもエルネの街のように悪霊に支配されるはずだよ」
「だけど、ここに悪霊の気配は感じない」
希望の光が差し込んできているが、それでも腑に落ちない点が多い。
「ここで暮らしてた人たちは他所の土地へ引っ越したのか?」
「そっか! それなら、この状況が説明できるかもっ」
それなら村の人たちはどこへ……?
「あそこにいるのは誰だ?」
「賊か!?」
村の広場があった場所から声がする。
現れた三人組は盗賊……じゃない?
いずれの男性も私やアルマより年上だ。
しかし左側に立つひょろりとした見た目の男性には見覚えがあった。
「あなたはもしかしてラフラ村のハイノさん?」
「おや? どうして俺の名前を……って、あんたは前にフライトラップを駆除してくれたヴェンさん?」
やっぱりハイノさんだ!
「お久しぶりですっ。お元気だったんですね!」
「おおっ、あったり前よ! あんたとユミさんに村を救ってもらってから、ずっとぴんぴんしてらい」
ハイノさんが袖をまくって力こぶを見せてくれる。
「あんたらこそ、どうしたんだい。こんな辺鄙なところに」
「旅の途中にラフラ村を立ち寄ったんですよ。逆に聞きたいんですが、皆さんどこかへ引っ越されたんですか?」
「ああ。あんたらがフライトラップを駆除してくれたから、元の村があった場所へ戻ったんだよ」
そういうことか!
「この場所はもう用無しだから、家も全部撤去しようって言ったんだけどさ。金がかかるからって村長が許してくれないんだよ」
「そういう事情でしたか。皆さんが無事でよかったです」
ハイノさんたちに案内されて、森の中の村へと移動する。
「以前に住まわれてた村は森を切り抜いた場所ですよね。静かな感じでしたが」
「ああ、そうだな。けど、ちょっと様変わりしたっていうか、イメチェン? みたいな?」
イメチェン?
「アルマよ。『イメチェン』とはなんじゃ?」
「髪型を大きく変えたりして見た目の印象を変えることですよ」
ユミス様とアルマの会話にも耳を傾けつつ移動して、
「なんだ、これ」
色とりどりの景色に言葉を失った。
村を覆うように生えている木のようなものは、キノコ?
人の背をはるかに越す巨大なキノコだ。
傘は赤や水色、黄色や白……なんかカラフルだ。
「あんたらが去った後に新しい事業をはじめようってことになってさ。魔法の薬の調合や、錬金? とかいろんなことで使われてるキノコを栽培しようって話になってさ」
「それで、こんな状態になっちゃったんですね……」
「あはは。なんかすげー繁殖力あるみたいでさ、村のみんなも困ってるんだよ。いくら取り除いても新しいのが生えてくるし、もう諦めムードだぜ、あっはっはっは!」
あっはっはっはじゃないですって。
「あの白いキノコはホワイトタワーキノコじゃな」
ユミス様が家屋より高いキノコを見上げていた。
「ユミス様……じゃなくてユミは知ってるんですか?」
「もちろんじゃ。それなりに長く生きてるからのう。あっちの水色のキノコはスカイブルーキノコ。そっちの真っ赤なキノコはスカーレットポイズンキノコ、いずれも毒キノコじゃよ」
「毒キノコ……うそでしょ」
そんなの栽培したらダメじゃん。
「ええっ、これ毒キノコなの!?」
ハイノさんたちも絶句している。
「もちろんじゃ。まさかと思うが、アレを食べておらんよな?」
「いや、それが……」
毒キノコだと思わずに食べたんですね。
「キノコを食べたらみんな腹を下しはじめたから、おかしいと思ってたんだよ。毒が入ってたんだなぁ」
いやいや。そもそも食用で栽培したんじゃないでしょうが。




