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第91話 イグノアの滝へ

「ええっ! 光の神様がいなくなっちゃったんですかっ?」


 その後すぐに目を覚ましたアルマと一緒に食卓を囲んだ。


「うむ。かれこれ二十年のことじゃがのう」


「二じゅ……っ」


 アルマが野菜スープを盛大に喉につまらせる。


「二十年前って、わたしやヴェンツェルが生まれる前じゃないですか! そんな前からいないのって相当危ない状態じゃないですかっ」


「おほほ。そんなに心配することではない。たった二十年じゃ」


 つくづく思うけど、神様の時間の感覚ってゆるすぎだよな。


「ユミス様。細かいことを言いますけど、さっき十五年って言ってませんでしたっけ?」


「そうだったかの? 二十年とたしかに発言したはずじゃが」


 アルマがパンを食べかけていることも忘れて茫然としていた。


「二十年も失踪してるんだから、かなり危ない状態だと思うんだけど……」


「一刻も早く探さないといけないんだけど、手がかりが少ないんだよね」


「それだと、わたしたちで探し出せないよね」


 やはり気になるのは勇者ディートリヒとウシンシュ様の接点だ。


「ユミス様。ウシンシュ様が勇者ディートリヒを気に入っていたというのは事実なんですか?」


「ほんとじゃぞ。勇者になる人間というのは、善神の加護を受けて強大な力を得るのじゃ。わらわの加護を受けているヴェンやアルマのようにの」


 思わぬ言葉に生唾を呑み込む。


「わらわも姉上もウシンシュも皆、気まぐれじゃ。なんとなく波長の合う人間を何十年、何百年という期間で見つけ出して行動を共にする。人間の伝承によってわらわたちが語り継がれるのは、そうやって神と人間が接点をもつからなのじゃ」


 神に好かれた人間が加護を得て勇者になる。


 こんな重大な過程を私が踏んでいたなんて……


「ヴェンもアルマも良い勇者になれる。わらわが保障するぞ」


「あっ、ありがとうございます!」


「気づいたら勇者候補になっていたなんて、まったく気がつかなかった……」


 とてつもなく重大な事実を伝えられて、朝食どころじゃなくなってしまった。


「ヴェンもアルマもまだ成長の途中じゃが、もっと強くなれば前の勇者とやらも超えられるじゃろう。お主らには素質があるから大丈夫じゃ!」


「ユミス様のご期待に添えられるようにがんばります!」


 私が勇者ディートリヒのように強くなれるのだろうか。


「おっと、今はウシンシュの話じゃったな。あやつが勇者とともにいたというのは、わらわも誰かから聞いたのじゃが……誰じゃったかのう。ウセクルス兄様じゃったかのう。それともサウレ兄様じゃったかのう」


「ウセ……?」


「ウセクルス様は海と漁業を司る神様。サウレ様は商売の神様。お二人とも勇者とは関係なさそうな気がしますが」


 ユミス様の記憶は当てにならなそうだ。


「要するにじゃ、ウシンシュは前の勇者を気に入り、あやつに加護を与えておったのじゃ」


「だからディートリヒは勇者になれたのですか」


「そうじゃな」


 ディートリヒの関係はウシンシュ様の行方につながっているような気がする。


「ディートリヒの軌跡をたどれば何かわかるかもしれませんね」


「そうじゃな。じゃが、その前にウシンシュがよく行っていた森を探したいの」


「先ほどメネス様と会話されていた森の件ですね。しかし、先ほども言いましたけど、大陸には無数の森があります。それらをひとつずつ探していたら、きりがありませんよ」


「そうじゃのう」


 ユミス様があごに手を当てて考え込む。


「もう少し、手がかりになる情報はありませんか」


「そうじゃな。森というより、どこかの山じゃった気がするのう」


「山?」


「そうじゃ。春に桜の花が咲く山があっての。そこがウシンシュのお気に入りじゃった」


 そんな場所が大陸のどこかにあるのか。


「そうじゃ、桜じゃ! どうしてさっき思い出せなかったのか。ウシンシュと前に会ったのは花見の時ではないか!」


「神様も花見なんてするんですね」


「もちろんじゃ。わらわも姉上も母上も花が大好きじゃ。春先に咲かせる花は格別じゃて。よく集まって花見を楽しんだものじゃ」


「お花見、素敵ですね」


 アルマも目をうっとりさせていた。


「では、桜の木が生える山を探しましょうか」


「うむ。じゃが、どうやって探せばよいかのう」


「街で聞き込みしますか」


 朝食を終えて、それぞれ手分けして聞き込みを行うことにした。


 私は東門の繁華街を中心に、露天商や冒険者たちからを捕まえて聞き込みを行った。


「桜が咲く山? そんなの知らないなぁ」


「北の山に桜の咲く場所があるって、聞いたことがあるような気がするけど」


 桜の咲く山を明確に知っている人はいないが、「街の北」というキーワードが何度か出てきた。


 お昼に昼食を兼ねてアルマとユミス様の二人と合流する。


「どうじゃ?」


「街の北に桜の咲く場所があるっぽいです」


「それ、わたしも聞いた。イグノアの滝っていう場所だよね」


 イグノアの滝か。


「私は具体的な地名まで聞けなかった。アルマ、その情報について教えてもらえる?」


「うん。この街の北の向こうにイグノア山という山があるみたいなんだけど、山のさらに奥の方に大きい滝があるんだって」


「その滝がイグノアの滝なの?」


「そうみたい。そこは人が滅多に立ち寄らない秘境だから、色とりどりの花が咲くとてもきれいな場所なんだって。この付近で考えられる場所といえば、そこしか考えられないって、妖精銀のランスをつくってくれた人が言ってた」


 あの熊のようなドグラ族の職人か。


「人間が滅多に立ち寄らぬ秘境か。ウシンシュがいかにも好きそうな場所じゃの」


「目的地は決まりましたね」


 そうと決まれば、旅支度を早く済ませて出発だ。



  * * *



 翌日に宿を引き払ってグーデンの北門を通り抜けた。


「この街ともいよいよお別れじゃな」


「新しい旅と出会いがわたしたちを待ってるんですね」


 一年近く住んだ街に愛着はある。


「今生の別れじゃないから。戻りたくなったらまた戻ればいいさ」


 地図を片手に北の山へと進んでいく。


「北西の方角だとユミス様の神殿がある方角ですね」


「ほう、そうなのか?」


「はい。私たちは逆の方角から街を目指しましたから」


 地図だけを頼りにするのは心許ない。


「まずは近隣の村を探しましょう。街の人たちより詳しく知っている人がいるかもしれません」


 農園の広がる街道を歩いて、北の関所を越える。


 関所で有力な情報が得られなかった。


「この辺りは前に賊が出没した場所じゃの」


「もうかなり前の出来事ですね。今日はいなそうですけど」


 そういえば、食虫植物の魔物と戦ったのがこの近くだ。


「ユミス様。この近くにラフラ村があります。寄ってみましょう」


「ラフラ……? それはどこじゃ?」


「前に巨大な食虫植物の魔物と戦った場所ですよ。たしか、フライトラップという名前の」


「フライ……? ああ、そのような魔物がおったのう。村の者たちが元気にしておるか、様子を見に行くかの」


 ラフラ村の人たちは元気に暮らしているだろうか。


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