第89話 芸をしながら旅をする目的
「あたしが子どもの頃に……戦争なのかな。住んでた家がめちゃくちゃになっちゃって、親も死んじゃったんだ」
食事が落ち着いて、席でまったりと茶をいただく。
「近所のみんなともはぐれちゃって、あたしは兄貴と二人だけで遠くの神殿まで逃れてきたんだ」
「そんな……」
「ううむ。戦災孤児であったのじゃな」
こんなに明るいマルさんが、そんな暗い過去を背負っていたなんて。
「昔のことだからさ。家がなくなっちゃったこととかをうじうじ考えても仕方ないけど、兄貴だけは探したいんだ」
「そなたのたったひとりの身内じゃからのう」
「お兄さんはどうしていなくなっちゃったの!?」
アルマもユミス様もマルさんの話に釘付けになっている。
「それがさ、今でもよくわかんないんだよね。あたしと一緒に神殿で保護されたはずなのに、気がついたらいなくなってたんだよね」
「気がついたらって、そんな重要なことをさらりと言わないで!」
「そんなこと言ったって、ほんとのことだからさ。よくわかんない兄貴だよねぇ」
マルさんは肩を竦ませているけど、アルマが心配する気持ちがよくわかる。
「食料を獲りに行った途中で魔物に襲われたりしたのではないのか?」
「うーん。そういうのじゃないっぽいんだよね。夜にあたしが寝る前まで隣で寝てたから。次の日に目が覚めたら、忽然といなくなっててさ。悪い神様につままれちゃったのかな!?」
「ううむ。そういう邪神も、いないとも限らんがのう……」
マルさんは冗談のようにしゃべっているが、かなり不可解な出来事だ。
「じゃあ、子どもの頃に別れたきりなんだ」
「そうだね。今さらどこで野垂れ死んでいても気にはしないけどさ。確認だけはしておきたいんだ。一応は身内だからさ」
「そんなのダメだよ! お兄さんは絶対にどこかで生きてるよっ。簡単に諦めちゃダメ!」
ずいと身を乗り出すアルマに、マルさんが少しだけたじろいだ。
「う、うん。そうだね」
「そんな重大な目的があるんじゃ、あたしたちは邪魔できない。ううん、できれば協力したいくらい」
「そうじゃな。わらわたちの次の目標はさほど決まっておらぬからな」
他所を旅するのはやめて、マルさんの協力をするか。
マルさんはひとりきょとんとしてたけど、やがて困ったように苦笑いをした。
「きみたちは良い人だね。知らない人を騙す方が普通なのに、きみたちのような冒険者もいるんだね」
「わらわはこんな見た目でも一応は善神……ではなかったな。至高の女神ユミスに仕える神官じゃ。他者を謀るような悪事などはたらかぬ」
「へぇ。きみってこう見えて神官なの!? すごいっ」
マルさんがまた興奮してユミス様を抱き上げた。
「だ、だから……やめっ」
「きみ、ちっちゃくてほんとに可愛い! このまま持って帰りたいくらいっ」
小さいユミス様がだいぶ気に入ったようだ。
「きみたちに心配してもらって嬉しいけど、兄貴のことは自分で調べるから。大丈夫っ」
この人は強い人なんだな。
「一応、お兄さんの名前を教えてもらえるかな? もしかしたら、旅の途中で会うかもしれないから」
「ありがとう。兄貴の名前は『マルセル』だよ。『マルセル・ヘルトリング』が本名。あ、ヘルトリングというのはあたしの家名だよ」
「マルセル・ヘルトリングさんか。覚えておくよ。マルさんは『マルグリット・ヘルトリング』というんだね」
「そ。うちの親がわかりやすいように、おんなじような名前にしてくれたんだよね。あたしはこういうの嫌なんだけど」
「そんなことない! マルさんってすっごく可愛い名前だよっ」
アルマのまっすぐな言葉にマルさんがまた苦笑した。
「ほんとにきみたちと一緒に旅がしたくなってきた。ああ、バカ兄貴を早く見つけないとね」
* * *
陽が落ちるまでマルさんと談笑を交わして、楽しかったお茶会がお開きになった。
「マルさん、良い人でしたね!」
「そうじゃな。抱きつかれたのには辟易したが、今まで出会ったことのない女子であったの」
アルマもユミス様もあの人を気に入ったようだ。
「マルさんも表裏のあまりなさそうな人だったね。明るくて、とても前向きで。悲しい過去を背負ってるようには見えなかった」
「そうだね。戦争というのはわたしにはよくわからないけど、お父さんとお母さんを亡くしてるんだもんね」
「両親を亡くしてるのは、お主らも一緒か。境遇が共通しているのも、気が合う証拠なのかもしれぬのう」
ユミス様の言う通りだ。
「言われてみれば」
「まったく気づかなかったな」
「お主らも人の心配をしている身ではないというのに。人が良すぎるの」
天涯孤独だったことをすっかり忘れてた。
「私にはアルマとユミス様がいますからね。寂しくはないですよ」
「わたしも。お父様とお母様はもういないけど、わたしも二人がいるから大丈夫」
「ほほ。寂しい者同士、身を寄せ合っていればなんてことはないようじゃな」
そんな話をすると余計にマルさんが心配になってくる。
「マルさんは旅芸人のギルドに身を寄せてるけど、基本的に独りで生活してるんだもんね。辛くないのかな」
「辛いとは思うんだけどね。でも強い人だから、どんなことでも跳ね返せるんだろう」
「そうだけど、強さにも限度があると思うんだ。ランスの鍛錬をしていて気づいたんだけど。人間のわたしたちには強さの限界があって、その限界の線って超えちゃいけないんだと思う」
アルマの口から鋭い意見が飛び出した。
「なるほど」
「限界の線は確かに超えちゃいかんのう」
「そうですよ。だから、マルさんはきっと賢い人だから限界の線を超えないように気をつけてると思うんだけど、それだっていつ急に超えるかわからない。だから、助けたいなって思った」
普段物静かなアルマが、こんな鋭いことを言うなんて。
「アルマの言う通り、あの女子が心配じゃの」
「うん。でも、しゃしゃり出るわけにもいかないから……しょうがないですよね」
「ほほ。アルマも複雑なことを考えてるのじゃのう」
アルマはすごいな。
「わたしが勝手に考えてることだから。あんまり気にしないで」
「いや、貴重な意見をありがとう。マルさんに少しでも協力できるように、他所の街に行ったらマルセルさんを探してみよう」
「うん」
「明日、旅の支度を済ませよう。私たちも旅の目的を見つけないとな」
次はもっと大きい都市を目指すか。
それとも辺境を目指すか。




