第88話 マルグリットさんを誘ってお茶会
踊り子のマルグリットさん……マルさんか。
彼女を連れた四人でグーデンの宿に帰還する。
宿屋の一階の酒場に入って、お昼の席をひとつ借りる。
剣呑なユミス様とアルマに見張られながら、ぎちぎちのお茶会が開かれると思ってたが――
「こんなに可愛いお連れさんが二人もいたんだね。もう、憎たらしい!」
マルさんの明るい声が怖い空気をすぐさま吹き飛ばしてしまった。
彼女はアルマの肩を抱いて、めちゃくちゃ上機嫌になっている。
「はぁ……」
「今日はあたしが全額出すから、じゃんじゃん食べちゃって!」
お昼なのに酒を片手にはしゃぎまわる人だったとは。
「なんだか、ずいぶんと騒がしい娘じゃのう」
ユミス様もアルマのとなりで唖然としていたが、
「あなたもめちゃくちゃ可愛い!」
「あ……っ、ちょ……やめっ」
幼女の姿のユミス様がマルさんに抱きつかれて、その大きな胸に顔を埋められた。
「おっ、おぶっ」
「きみ、いくつ? あたしの妹にならない!?」
「な……! わらわは、子どもじゃ……」
「わらわって何!? めちゃくちゃ可愛いのにしゃべり方は古風なの? なにその教育方針っ」
ユミス様が全身を拘束されて苦しんでおられる。
マルさんの豊満な胸を堪能できて羨ましい……じゃなくて、本気で苦しがってるぞ。
「ええい、やめい!」
ユミス様がマルさんを全力で引き離した。
「そなたが悪者ではないことはわかったから、少し離れるのじゃ!」
「んもう、照れちゃって。可愛いんだから」
マルさんの押しの強さは、たとえるなら嵐だ。
「この子、きみの妹なの? どんな教育したの!?」
「いや、妹ではないんだけど……なんて説明しようかなぁ」
「失敬な。わらわはヴェンの愛人じゃ」
ユミス様! さらに混沌へと導くひと言を付け加えないでくださいっ。
「あ……っ、愛人?」
「そうじゃ。わらわとヴェンは、海が見わたせる遠い砂浜で永遠の愛を誓い合って――」
「うそですから! 私の妹だけど、妙な性教育に目覚めちゃって困ってるんだよー!」
もがくユミス様の口を塞いでおこう。
マルさんはアルマと一緒に口をぽかんと開けている。
「愛人って……」
「お二人がそんな関係だったなんて!」
いや、アルマ……きみは真に受けないでくれ。
マルさんに不要な疑念をもたせてしまったかと思ったが、
「よくわかんないけど、きみたちおもしろいね!」
この人はユミス様に劣らぬポジティブな性格のようだ。
マルさんの暴風のような会話が一段落して、店主から差し出された焼き魚の料理をいただく。
「ところで、マルグリットさんは旅芸人の方々といっしょにいなくて平気なんですか?」
アルマが心配そうに尋ねるけど、マルさんの笑顔は変わらない。
「マルでいいよ。マルグリットだと言いにくいでしょ」
「あっ、うん」
「しゃべり方も普通でいいからね……じゃなくて、うちのギルドのことだよね。ぜんぜん気にしなくて平気。あそこ、規則とかほとんどないから」
旅芸人の一座もギルドという括りなのか。
「そうなんだ。だから一人で買い物してたの?」
「そう。そろそろ、ここを発たないといけないみたいだから。と言っても、あたしも何日か前に拾ってもらったギルドなんだけどね」
「拾ってもらった? ギルドに入れてもらったってこと?」
「そう。あたしは元々ひとりで旅してるからね。今はちょっとお金が欲しいから、あのギルドに入れてもらったけど、そのうちまたギルドから離れて一人で旅をするつもり」
女性ひとりで旅をしているなんて、ずいぶんと逞しい生活を送ってるんだな。
「女一人で旅をするとは、お主はかなり変わっとるのう。男一人でも旅は危険じゃというのに、魔物に襲われたらひとたまりもないのではないか?」
「ふふ、心配しなくても平気だよ。あたしの腕っぷしをさっき見たでしょ。一人で旅ができるように、身体とスキルを磨いてきたから、怖い魔物が現れてもきみを守るくらいの力はあるよ」
マルさんの陽に焼けた腕は決して太くないが、どこか引き締まった印象を受ける。
「何か武術をたしなんでおるのか?」
「うん。主に格闘技だね。剣とかダガーを持つのは好きじゃないから。拳で殴るだけの武術の方が性に合ってるんだよね」
「ほう。その辺り、わらわはようわからぬが、アルマが使うランスとはずいぶんと異なるようじゃの」
「ランスって……あっ、そこのおっきい武器のこと!?」
アルマのランスがすぐそこの壁に立て掛けられている。
大きな盾といっしょに。
かすかにピンク色に光る妖精銀のランスは美しい。
「きゃっ、なにこれ!? ピンク色の武器? 可愛いっ」
マルさんがさっそく妖精銀の輝きに気づいた。
「十日くらい前に注文してて、やっと完成したんだ。妖精銀のランスだよ」
「妖精……? よくわかんないけど素敵! あたしも欲しいっ」
「そのランスはあげられないよ」
アルマが思わず苦笑した。
「こんな可愛いランス、そんじょそこらの武器屋でお目にかかれないよね。特注品ってこと?」
「うん。グーデンだとランスを売ってるお店がなかったから、特別につくってもらったんだ」
「そんなことできるんだ! いいなぁ」
子どものように目を輝かせているマルさんに、ユミス様も苦笑していた。
「武器が欲しいと言っても、そなたの戦い方では武器など使わんじゃろう」
「うん。そうなんだけど、格闘技でも一応武器は使うんだよ。これなんだけど」
マルさんが袋のようなバッグから何かを取り出してテーブルに置く。
重たい金属音とともに現れたのは、五つの穴が開いた不思議な形状の金属だ。
「この妙な穴ぼこの板はなんじゃ?」
「それはナックルダスターだよ。拳でなんでも直接殴ると痛いから、本格的に戦うときはこれをにぎりながら戦うのさ」
マルさんがナックルダスターという穴ぼこを拳にはめる。
びゅんと風を切るように拳を突き出してくれた。
「ほう。拳を武器にする者たちも厳密には武器を使っておったのじゃな」
「そうだけど、あれ。もしかしてこれ見るの初めて?」
「初めてじゃな。ナックル……なんとかというのじゃな」
ユミス様も二つあるナックルダスターのもう片方を拳にはめようとしたが、サイズが合わないようだ。
「きみ、ほんとに可愛いね。子どもなのに、子どもじゃないみたい」
「ほほ。厳密には子どもではなくてヴェンの愛人じゃからな」
「だから、愛人じゃないって言ってるでしょ」
もう一度口を塞がないと理解してもらえないのかな。
「なんか、きみたちと一緒に旅した方が楽しそうだな! なんちゃってね」
「わらわたちもその辺はかなり適当じゃからな。ヴェンとアルマがいいと言えば、そなたの同行は許されると思うぞ」
「ほんとに!?」
この人がいてくれたら、楽しいパーティがさらに楽しくなりそうだ。
「わたしはまったく異議なしです。マルさんは良い人だから」
私ももちろん異議はない。
しかし、四人になったら戦闘のフォーメーションなどをそろそろ本気で考えないといけないか――
「なんてね。ごめん。あたしから言い出しといて悪いけど、それはちょっとできないんだ」
マルさんから急にお断りを入れられてしまった。
「わたしたちと一緒に旅したくないの?」
「一緒に旅したいというのはほんとだよ! なんだけど、あたしもやらないといけないことがあるから」
「マルさんのやらないといけないこと?」
「うん。兄貴を探してるんだ」
マルさんにお兄さんがいるのか。
「そなたは兄とはぐれてしまったのか?」
「うん。だいぶ前にね。あたしがうんとちっちゃい頃だったんだけど、兄貴が急にいなくなっちゃってさ」
マルさんが小さい頃に、実の兄が蒸発したというのか?




