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第85話 悪霊たちに支配された土地

 海岸沿いの道をひたすら駆けて、いくつかの農村を経由すると地面の乾いた荒地へと切り替わった。


「さっきまで緑が生い茂っていたけど……」


「明らかに荒れ果てておるな。目的地が近いのかもしれん」


 下馬して周囲を観察してみる。


 地面に生える草は乾燥し、土がところどころで剥き出しになっている。


 木も枯れて細い枝だけを伸ばしているものばかりだ。


 アルマもとなりで顔をしかめている。


「こんな寂しい場所もあるんだね」


「バルゲホルムはどこも緑が豊かだからね。ここではきっと作物が育たないだろうね」


「水がないから作物が育たないってこと?」


「それもあるけど、土地がやせ細っている。土の栄養が失われてるんだろう。ここにもし作物を植えるとしたら、数ヶ月かけて耕さないといけないだろうな」


 私が耕していた農地も決して肥沃な土地ではなかったけど、状態はここまで悪くなかった。


「ヴェンよ、それ以上に闇の気配を感じぬか?」


「闇の気配……さっきから感じられる、この嫌な気配のことですか?」


「左様。サイクロプスを討伐したときも感じたじゃろう。この周辺が魔王に滅ぼされた土地に相違ないのであろうな」


 手綱を引いて慎重に進んでいく。


「闇の気配ということは、ペルクナスがまた現れるのですか」


「いや。あやつとて毎度わらわたちの下に現れるほど暇ではない。戦争などによって土地が荒廃すると闇の力が強まって、邪瘴を生み出す素となるのじゃ」


 足のつま先が何かを蹴飛ばした。


 音を立てて転がった白い石は……石じゃない?


「あれは人間の骨?」


「うそっ!?」


 厚い雲に覆われていた空がさらに暗くなる。


 陰鬱な気配が強さを増して、上空に集まっている?


「来るぞ、支度せい!」


「はいっ」


 暗い空に薄いカーテンのようなものが浮かび上がった。


 人がカーテンに覆いかぶさったような形に変化して、赤い双眸を禍々しく光らせた。


「あれか悪霊!?」


「きっとそうだろう!」


 素早く詠唱してエアスラッシュを放つ。


 剣のような刃が悪霊の身体を上下に分断する。


「やった!」


 たおしたのか? 随分とあっさりしていたが。


「いや、まだじゃ。二つに分かれるぞ」


 ユミス様がおっしゃられた通りに白い悪霊が二つに増殖したぞ。


「どうなってるんだ!?」


「こっちに来る!」


 悪霊たちが高速で飛びかかってくる。


 突撃を避けるのはさほど難しくないが、衝撃によって弾き飛ばされてしまう。


「わたしたちも反撃だ!」


 アルマが果敢に突撃してロングスピアを突き刺す。


 攻撃は敵の胸を正確に捉えているが……刃による斬撃や突きの攻撃は効かないのかっ。


「アルマよ、光の魔法を使うのじゃ」


 ユミス様の指示に従ってアルマが初級魔法のピュリファイを唱える。


「……天に住まう神と光を司りし純粋なる神たちよ、邪と毒に侵された不浄を打ち消せ、ピュリファイ!」


 地面に魔法陣が発生して神々しい光が悪霊たちを照らし出す。


「彼らが苦しんでいる? 効いているのか?」


「ヴェンよ、雷の魔法ならば奴らを焼き漕がせよう。ライトニングを唱えるのじゃ」


 あつらえ向きに雨雲が上空でたたずんでいる。


 心の中で呪文を唱えて雨雲を刺激し、悪霊たちに雷を落とした。


「やった!」


 天の光が悪霊たちを焼き焦がす。


 雷の光は聖なる光と性質は異なるだろうが、彼らを消滅させることができたようだ。


「悪霊たちが消え去りました」


「うむ。ヴェンとアルマよ、ご苦労じゃ。先ほどの魔物は『レイス』という悪霊じゃな」


「レイス?」


「魔王や魔物たちに殺された人間たちの魂が、強い怨念によって魔物化した存在じゃ。悪霊といってすぐに思いつくのは、彼らのような霊体であろうな」


 レイスはもちろん聞いたことがあるが、実物を見たのは初めてだ。


「元は人間だったのに魔物になってしまったのですか」


「ヴェンよ、そなたが言わんとしていることはわかっているが、魔物に情けをかけるのは危険じゃ。元の姿がどうであれ、今の彼らは正気と肉体を失った魔物。そなたが温情をかけたところで彼らが正気と肉体を取り戻すことはないのじゃ」



  * * *



 かつて魔王と戦ったであろう場所を避けてさらに南下すると、エルネの街らしい廃墟にたどり着いた。


「ここがエルネの街?」


「そうなるだろうな。ギルドから渡された地図に記された場所と同じだ」


 グーデンと同じくらい栄えていた街だったのか?


 崩された城塞がそのまま放置され、レンガを積み上げられた家屋もすべて壊されている。


 人の姿はなく、獣の鳴き声すら聞こえない有様だ。


「ここも闇の力が立ち込めておるようじゃの」


「そうですね。さっきの古戦場と同等……いや、それ以上か」


 馬を降りて街の中へ足を踏み入れる。


 前へ進むほど空気が重く、息苦しさを増していく。


「こんなにすごい闇の力に支配されてるなんて……」


「またきっとレイスたちが現れるぞ」


 足下に転がっているのは白骨化した人の死体か。


 破れた衣服を着けたまま亡くなったのか。


 堅い音が一瞬だけ聞こえた。


「アルマ、石でも蹴った?」


「石? ううん。蹴ってないけど」


 でもさっき石を蹴ったような音が聞こえたが――


「また音がした!」


「そこの白骨死体が動いておるのじゃ」


 なんだって!?


 ユミス様が言われた通りに白骨死体がひとりでに動いている。


 バラバラになった四肢をつなぎ合わせて、ふらりと立ち上がって骸骨の表面を私たちに向けた。


「こいつも悪霊か!」


 白骨の悪霊が骨を軋ませながら襲いかかってくる。


「物理的な身体をもつこいつならウィンドブラストが利くだろう」


 右手を出して悪霊を吹き飛ばす。


 敵は背後の柱に直撃して粉々に砕け散った。


「あれはスケルトンじゃな。わらわも数十年ぶりに見たぞ」


 他の場所に転がっている白骨死体もカタカタと音を立てながら起き上がりはじめる。


 生前の人間と同じように二本の足で立ち、近くの瓦礫や工具らしき金属を拾って襲いかかってきた。


「こんなにたくさんいるの!?」


 向かってくるスケルトンたちをアルマが槍で一閃する。


 強力ななぎ払いでスケルトンたちを撃退していくが……数が多い。


「くっ、切りがない」


「なら大気の力で一斉に吹き飛ばすまで」


 一瞬だが広範囲の風を操れるモーメンタリストームが適任だ。


「吹っ飛べ!」


 右手を出し、背後に漂う空気を魔力で押し出す。


 広範囲の突風がスケルトンたちを足下の瓦礫ごと吹き飛ばした。


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