第79話 次はどこへ行く?
馬に揺られながら気ままな旅路を迎えて、グーデンの街へ戻ってきた。
「やっと街に戻ってきたのう」
「今日もにぎやかですねー」
西門の広場で旅芸人の一座がまた芸を披露しているようだ。
この一座は音楽と踊りがメインなのかな?
「少し見ていきますか」
陽気な音楽がラッパや太鼓を駆使して奏でられている。
楽団の前で踊りを披露している女性は、褐色な肌が目立つ妖艶な女性だ。
大きな胸と腰回りを薄い布と金の飾りでしか隠しておらず、ステップを披露するたびに胸と飾りが激しく動く。
ピンクブロンドの長い髪も流れるように動いて……彼女と目が合った。
彼女が片目をつむり、私に気づいたことをこっそりと合図をしてくれて――
「ずいぶん、見とれておるのう」
「ヴェンツェルはああいう女性が好みなんだね」
はっと我に返ると左右からものすごく冷たい視線を浴びせられていた。
「見とれていませんって。少し気になっただけです」
「少し? 何が気になったのじゃ?」
「わたしたちは何も気にならなかったけど。ねぇ、ユミス様」
なんだこれ。
知らないうちに私への締め付けが二倍になってるぞ。
「いいから馬を返しに行きますよ」
「ああっ、逃げた!」
「ますますもって怪しい!」
くそ、二対一なんて卑怯だっ。
妖艶な踊り子さんと泣く泣く別れを告げて、近くの厩に二頭の馬を返却する。
気を取り直して、お昼だし何か食べよう。
「アルマ。何か食べたいものはない?」
「食べたいもの? サンドイッチとか?」
きみは貴族の娘だよね。なんとも庶民的な。
「じゃあ、おいしいサンドイッチのお店を探そう」
普段あまり行かない街の南側へ向かってみよう。
グーデンは中央の庁舎の周りに高級住宅地が並び、東西南北のそれぞれに繁華街やギルドが建ち並んでいる。
外側へ行くに従ってスラム街へと移り変わっていく。
南門のそばで見つけたお店でサンドイッチを買って、近くの公園のベンチを探した。
「お日様の下で食べる食事は格別ですね~」
「そうじゃのう」
ユミス様は物理的な食事を摂られないけれども、一緒にごはんをいただいているという体で。
「ついこの間まで戦ってばっかでしたから、少しくらいのんびりしてもいいですよね」
「そうじゃな。この周辺にずっと滞在しておるから、そろそろ他所の土地にも行ってみたいが」
他所の土地か。
「それ、いいかも」
「じゃろ! せっかく旅をするのじゃから、いろんな場所に行かねば損じゃろ」
妙案だけど、そのプランはまったく考えてなかった。
「ヴェンは嫌かの?」
「いえ、そういう訳ではないですけど、どういう計画で進もうかと考えなければならないので」
「計画なんて不要じゃ!」
いや……必要でしょ。
「バルゲホルム王国は国土こそ他所より広くないですが、それでも旅人が踏破するのにそれなりに年数はかかりますからね。ある程度は方針を考えておいた方がいいですって」
「そうなのかのう」
「準備もいろいろ済ませた方がいいですから、適当に進むのは危ないですよ」
とはいっても私もバルゲホルムのすべての土地を知ってる訳ではない。
まずは冒険者ギルドに相談かな。
「私はこれからギルドに向かって情報収集してきます。ふたりは買い物を楽しんでてください」
「わかった。ありがとう」
「ヴェンよ。いつもすまぬの」
ギルドハウスは北門のそばにある。
街の西から向かうついでにさっきの踊り子さんを探してみたが、披露していた芸はもう終わっていたみたいだ。
「踊り子さんを見たことは何度かあるけど、あの人は段違いにきれいだったなぁ」
日に焼けた健康的な肌に、細く引きしまった腰回り。
けれども胸や尻はしっかりと存在を主張していて、女性の理想的な体型だった。
「いけない。こんなことを考えてたらユミス様がすっ飛んでくるぞ」
すれ違う商人や冒険者をよけていると、視線の先に北門とギルドハウスが見えてきた。
「言われてみれば、この街に滞在して何カ月が経ったのだろう。住みやすいから時間の感覚が鈍っていたんだな」
ユミス様とこの街を訪れて、グリフォンを討伐して、偽勇者を懲らしめて。
アルマと出会って、彼女の長い修行の日々の末にベイルシュミット家の問題まで解決した。
「私がユミス様と出会ってから、もうかなりの年月が経ってるんだなぁ」
ユミス様のおっしゃられる通り、せっかくだからいろんな場所に行った方がいいな。
北門のそばにある冒険者ギルドは今日も冒険者たちでにぎわっている。
掲示板の近くから喧騒が聞こえてくるが、クエの取り合いをしているようだ。
「掲示板のクエは彼らにまかせよう」
受付でライツさんを尋ね、二階の部屋へ案内してもらう。
差し出されたハーブティーを一服していると、しばらくしてライツさんが姿を見せてくれた。
「よぉ、ヴェンツェル。ベイルシュミットの屋敷から帰ってきてたんだな」
「つい今朝に。どうしてもライツさんに伝えたいことがあったので訪問しました」
「なんだ? ベイルシュミットの令嬢から求婚でもされちまったのか?」
豪快に笑うライツさんは、よくも悪くも表裏がない人だと思った。
「実は、近々ここを発とうと思っています」
「近々? ということは、他所の土地に行くつもりなのか?」
「ええ。妹のユミとアルマ……彼女もベイルシュミット家の屋敷から旅立って、新しい土地を見てみたいと言っています。グーデンを去るのは名残惜しいですが、私も冒険者の端くれ。諸国を旅して見識を広めたいと思っています」
「そういうことかぁ。冒険者っつうのは、そういう連中だもんな」
ライツさんががっくりと肩を落として、しばらく頭を抱えていた。
「おし、わかった! 今まで俺たちを助けてくれて感謝するぜ」
「すみません。わがままを言って」
「気にすんな。お前らはまだ若いんだろ。ひとつの土地で落ち着くのはまだ早いぜ。俺だって若えときは、いろんなとこに行って危ねえ橋を渡ったもんさ」
ライツさんは私の生まれ変わる前と同じくらいの年齢だが、十代から親元を離れて冒険者になったようだ。
いくつかの昔話を語るライツさんは、子どものように目を輝かせていた。
「おっと。俺なんかの話を聞きに来た訳じゃねえよな。次の場所は決まっているのか?」
「それがまだ……南の首都へ行くか、それとも田舎の村を目指すか、考えが決まっていません」
「首都はバルテンか。馬車があれば簡単に行けるが、こことそんなに変わらないからな」
「思い切って違う国に行くのもありですかね」
バルゲホルム以外の国ってどこがあるんだ?
「他所の国ならフェルドベルクしかないだろうな。アグスブルクは前の戦いで滅んじまったから」
「フェルドベルク?」
「ありゃ。知らねえのか? なんだ、お前、この国から出たことがねぇのか。だったら、ちょうどいい目標ができたじゃねえか。次の目的地はフェルドベルクだな!」
私の知らない国や土地はまだまだたくさんあるようだ。




