第78話 三人で新たな旅立ち
「ま、待て! なんだそれはっ。そんなわがままが許されると思っているのか!」
エクムント様が顔を真っ赤にする。
「お前がここを継がなかったら、ここはどうなるんだ。我らの下で細々と暮らす民たちはどうなるというんだっ。お前は貴族の義務を放棄するというのか!」
こうなればエクムント様を全力で説得するまで。
「エクムント様。どうかお気を静めて下さい」
「ヴェンツェルくん、私が黙っていられると思うのかね!? きみからもアルマを説得してくれっ」
「いいえ、それはできません。アルマは自分の足で立ち、己の信念を見出すために身体を鍛え、ランスのスキルを習得してきました。先日に強大な悪を打ち倒し、自分の力をもっと発揮したいと思っているのです。領主になっても戦うことはできると思いますが、アルマはもっと広い世界で力を発揮したいと考えているんですよ」
「なっ、なんだと……!?」
「わかりませんか? アルマはもっと広い世界を知りたいと希望しているんですよ」
「きみは……いったい、何を言っているんだ」
エクムント様は貴族の考えや習慣に固執している人なのだろう。
「アルマ、きみの気持ちを代弁してみたけど、こんな感じで合ってる?」
「うん。いつもありがとう」
アルマが身体の向きを変えてエクムント様と向き合った。
「叔父様、ごめんなさい。貴族の慣習に従えばわたしが父の跡を継ぐか、代わりの領主となる男性を見つけるのが筋だけれども、それは待ってほしい。ヴェンツェルが代弁してくれたように、わたしは自分の可能性に賭けたいんです」
「か、可能性って……」
「屋敷を出て、いろんな世界を見てきた。貧しい人たち。強い人たち。優しい人たちに怖い人たち。本当に、いろんな人がいた。ランスもそうだし、料理や錬金術もそうだし、屋敷の中で暮らしてたら絶対に巡り合えなかった世界に巡り合えた。もっといろんなことが知りたい。いろんな人たちと会って知識を広げていきたい。だから、ごめんなさい。わたしのわがままをどうか許してください」
アルマの言葉に胸がじんと熱くなった。
「アルマよ。よく言った」
ユミス様もアルマの気持ちに賛同してくれているのか。
「だいたい、継ぐといってもアルマにはまだ早すぎるじゃろ。アルマはついこの前まで、父と母に育てられておったのじゃぞ」
「そうですね。若くして領主の座を継ぐケースもあるのでしょうが、エクムント様や臣下の方々の年齢も考えたら、アルマに領主を務めさせるのはハードじゃないかと」
「臣下の者たちも素直に従えばよいがのう」
大の男が、自分よりも十歳以上も年下の女性の言うことは聞かないだろうな。
エクムント様はずっとうつむいていた。
眉間を抑えて随分と悩まれているようであったが、
「わかった。お前たちの気持ち、たしかに受け取った!」
豪快に笑顔で言い切ったぞ。
「言われてみればきみたちの言う通りだ。領主を継がせるにしてはアルマくんはまだ若すぎる。大事なところを失念していた。そういうことであれば仕方ない。私が今しばらく領主の代理を務めることにしよう!」
この人はなかなか豪胆だ。
「叔父様、ありがとうございます!」
「よい。気にするな。だが、アルマよ。約束してくれ。きみは自分の使命を終えて、必ずここへ戻ってくると。それまで私がここを預かっておくから」
「もちろんです。貴族の使命を放り投げたりしません」
「それだけでも聞けて安心した。きみはずっと物静かだったからわからなかったが、兄のハーラルトのように強い意思をもっていたのだな。兄にそっくりじゃないか!」
「そう、なのかな。自分ではよくわからないけど」
困惑するアルマの肩をエクムント様がばしばしと叩いた。
「兄のランスと勇ましさ。それとアマリアくんの美貌を受け継いだ、きみは立派なベイルシュミット家の跡取りだ。きみの無事をずっと祈っているからな!」
アルマの父さんと母さんもきっと天国で見守ってくれるさ。
* * *
エクムント様やユッテさんに見送られて、ベイルシュミット家の屋敷を後にした。
「アルマの新たな旅立ちじゃな」
「はい! 改めて自分の住んでいた屋敷を発つと、気持ちがどきどきします」
それまでは一時的に屋敷から外へ逃げていた身だもんな。
「あの屋敷も良い場所ではあったがの。限定された世界で一生を終えてしまうのはもったいない。もっともっと広い世界を堪能するのじゃ!」
「はいっ。自由に旅ができるっていいですね~」
今日のユミス様は珍しくアルマが駆る馬に乗っている。
アルマに後ろから抱きついて笑顔を浮かべていた。
「難しいことはひとまず忘れて、グーデンに帰りますか」
「そうだね。ああ、ひさしぶりだなぁ」
「たまにはのんびり買い物がしたいのう」
サイクロプスの件とベイルシュミット家の問題を解決したから、金はたんまりある。
「ヴェンよ。買い物してもいいじゃろ?」
「いいですよ。ユミス様もがんばってましたから、今回は許可します」
「やったー!」
神様なのに子どものように喜ぶんだな。
「よかったですね、ユミス様!」
「何を言うとるのじゃ。アルマも一緒に買うのじゃぞ」
「えっ、わたしも?」
アルマがきょとんと眼をしばたく
「なんじゃ。アルマは買い物嫌いなのか?」
「そういう訳じゃないですけど」
「ならば、素直に喜べばよかろう」
アルマは物欲があまりないのかな?
それとも庶民の暮らしに未だ馴染めていないのか。
「アルマも好きなものを買っていいよ。高い指輪でもペンダントでもなんでも。ギルドからたっぷりと報酬をもらってるから」
たまには贅沢しないと、なんのため生きてるのかわからなくなっちゃうし。
アルマは手綱を引きながら、なんだか難しい顔をしている。
「アルマ?」
「ヴェンツェルは何か買うの?」
「私? そうだなぁ。魔力を高めるバンクルとか三角帽子とか買おうかなぁ。杖なんかもいいかもしれないね」
「杖かぁ」
そうつぶやくアルマの顔は上の空だ。
「無理に買えとは言わないけど」
「ケチなヴェンが買ってくれると言うとるのじゃぞ。こんな機会、滅多にないというのに」
「ケチで悪かったですね」
お金のやりくりが上手いんだよ。
アルマはうつむいて、何と言おうか迷っているふうであった。
「ほしいものは決まった?」
「うん。わたしは新しいランスがほしい」




