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第77話 アルマの決断

 ユミス様は翌日に目を覚まされた。


 疲れはまだ取れておられないようだけれども、もう少し休まれれば充分に回復するようであった。


「そうか。ゲルルフが……ヴェンとアルマには迷惑をかけたの」


「気にしないでください。奴をしっかりと倒して、他に被害は出ていませんから」


「そうですよ! 屋敷の皆も無事ですから、何も気にしなくて平気ですよ」


 アルマがかつて使っていたベッドの上で起き上がり、ユミス様がかすかに微笑んでくれた。


「ペルクナスに使役されたゲルルフは強敵であったじゃろう。それなのに二人だけで処罰できてしまうとは、お主らも成長したようじゃの」


「ユミス様の案外スパルタな教育を受けてますからね」


「危ないときもありましたけど、ヴェンツェルが機転を利かせてくれたから乗り越えられたんです。ヴェンツェルにも改めて感謝しなきゃ」


 半分以上はアルマのお陰なんだけどな。


「ほほ。そなたらの成長が感じられて嬉しいが、わらわだけ除け者にされて少しばかり悔しいのう」


「除け者になんかしてませんって」


「そうですよ。また三人でグーデンのクエをこなしましょう!」


 今日のユミス様の笑顔にはどこか陰りが感じられる。


「ヴェンもアルマも奴の怖さがわかったであろう。先日に姿を現したペルクナスが闇の神……魔物が崇める邪神のひと柱じゃ」


「はい」


「奴は夜と暗闇、そして人間の心の闇……負の感情のことじゃな。それらを信仰の対象としておる。ゆえに強大な力をもち、地上に混沌をもたらしておるのじゃ」


 あらゆる闇を糧とする怖ろしい神なのか。


「ユミス様は以前、こうおっしゃってましたね。魔物が強烈な邪瘴を吸収するだけでは魔王が生まれない。邪神の助力が必要なのだと。まさにペルクナスが歴代の魔王を生み出しているのですか?」


「すべてではないと思うが、奴はかなりの数の魔王を生み出しておるはずじゃ。奴はディエヴルスと違って、すぐに魔王を生み出したがるからのう」


 ディエヴルスは邪神の親玉だったな。


「ゲルルフは邪瘴の吸収が足りなかったようじゃから、魔王となる前にヴェンとアルマによって阻止された。じゃが、そなたらの活躍がなければ奴が次の魔王となっておったかもしれぬ」


「そ、そんな……」


「魔王に覚醒する前とはいえ、奴の力は強大じゃったであろう。ペルクナスはわらわと等しく気まぐれゆえ、いつ急に動き出すかわらわでも検討がつかぬ。すぐに次の魔王が生み出されることはないじゃろうが、危殆が刻一刻と迫っておるのじゃ」


 森の女神メネス様も似たようなことを以前におっしゃっていたと思う。


 そして、もうひとつ。どうしても気になる言葉がある。


 ――我は今、強い邪気を放つ人間どもを闇へと誘う計画を進めている。


 ――近いうちに、我がこれまで生み出した魔王を凌ぐ者が現れる。


「ユミス様。ひとつお聞きしたいのですが、人間も魔王になってしまうものなのですか?」


 アルマが素朴な疑問を投げかけてくれる。


「よい質問じゃな。人間も邪瘴を吸えば魔王になる。これが正解じゃ」


「ありがとうございます。しかし、邪瘴というのは魔物が強くなるために吸収するものですよね。人間が吸ったら猛毒だから死んでしまうのではないのですか?」


 アルマの質問はとても鋭い。


「通常ならばアルマの言う通りじゃ。しかし、ペルクナスや邪神たちが介入すると、どういう訳か人間や獣も邪瘴を吸収できてしまうのじゃ」


「そんな、ことが……」


「細かい原理はわらわも知らぬ。じゃが、地上の長い歴史において人間が魔王となった例はいくつも存在する。ゲルルフのような実例もあったからの。ひとまず事実だけでも受け止めておかねばならぬな」


「そうですね。魔物と魔王の仕組みも複雑なんですね」


 あの凶悪な神とまた対峙するときは来るのだろうか。



  * * *



 アルマの屋敷で不自由のない生活をさせていただいた。


 ユミス様もすっかり回復されて、今では屋敷の人気者になっている。


 一階のラウンジで今日も紅茶を片手に優雅なひとときを過ごしていると、エクムント様が現れた。


「取込中のところ失礼するよ。お嬢さんもすっかり元気になったようだね」


「かたじけない。そなたらに助けられて至福の時を過ごさせてもらっておるぞ。良い場所じゃな、ここは」


「ははは。まだ幼いのに立派な子だな! ユミさんとヴェンツェルさんはアルマとこの屋敷を救ってくれた恩人だ。頭を何度下げても感謝し切れないくらいさ」


 ゲルルフが去って屋敷はすっかり平穏を取り戻している。


 臣下の方々の胸中はよくわからないが、エクムント様とメイドさんたちの信頼は充分に得られたようだ。


「では、お嬢さんも元気になったところで、そろそろ本題に入らせていただこう」


 エクムント様がこほんと咳払いして、私たちから少し離れたソファに腰を下ろした。


「アルマくんが無事にここへ帰還してくれて、私の胸は感動と期待でふくらんでいる。兄のハーラルトとアマリアくんもきっと、私と同じように思ってくれているに違いない。アルマくんには伝えていないが、私は代理で領主の座についているだけだ。私に土地を治める才覚などないのだから、兄の座を奪おうなどと考えていない。よって、アルマくんに次の領主になっていただきたいのだ」


 そうか! 前の領主が亡くなっているのだから、娘のアルマが土地を継ぐのは当たり前だ。


「わ、わたしが……?」


「急な話だから戸惑うのも無理はないだろう。しかし、いつかは話をしなければならない。この国の長い歴史をもってしても女性が土地を継ぐ例は稀だが、アルマくんならば兄の代わりが務まると思っている。先日のゲルルフとの戦いで私は確信した!」


 でも、そうするとアルマと離れ離れになってしまうのか?


「悪と戦うことと土地を治めることはまったく別物だが、土地のことは私が全力でサポートしよう! 臣下たちはすぐに認めぬだろうが、私が何度も言い聞かす。それで問題なかろうっ」


「そんな……でも、わたしは……」


「最初は不安かもしれないが大丈夫だ! 兄の書斎も奴が死ぬ前の状態で保存させている。土地を治めて臣下たちを従わせる知識なら、奴が遺した書籍を漁ればいくらでも勉強できるだろうっ。大丈夫だ。何も心配いらない!」


 がっはっはっはと豪快に笑うエクムント様と対照的に、アルマの表情は優れない。


 この視線があっちこっちに移動している表情は、前にも見たことある。


「アルマ。もしかして、領主になりたくない?」


 はっとアルマの表情が一変した。


「な、なんだと!?」


「アルマは父さんと母さんの不名誉を挽回したかったけど、ここに戻る気はなかった。そういうこと?」


 アルマは口を半開きにしたまま身体を固まらせていたが、やがてこくりとうなずいた。


「わたしはヴェンツェルと一緒に旅がしたい。だから、父の座を受け継ぎたくない」


 アルマ……


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