第76話 闇に侵食された者を倒せ!
「しねぇ!」
死神のようなゲルルフが剛腕を振ってくる。
「俺を……狂わす……奴らは、みんな……っ」
「ぐっ」
アルマが盾で防いでくれるが、じりじりと後退させられている。
「貴様もっ、道連れに……」
じっとしていないで反撃だっ。
空気中の水蒸気を氷結させて氷のつぶてで攻撃するが……これも弾かれてしまう。
「わたしだって負けない!」
アルマも疲れの色を見せずに反撃してくれる。
「そんなもの……っ」
アルマが突き出したランスをゲルルフが剛腕で……ランスが折れてしまった!
「そんな……」
ウィンドブラストで敵の注意を引く。
奴が怯んだ隙にアルマを伴って後退した。
「ランスまで折れてしまうなんて。万事休すかっ」
「ユミス様のお力も借りられないし……」
ゲルルフが言葉にならない何かを発しながら、少しずつ近づいてくる。
「ううん。弱気になっちゃダメ。こういうとき父上はどうやって乗り越えてきたのか。それを考えなきゃ」
アルマの父はどうやってこの難局を踏破したんだ。
「父の口ぐせは『打つ手がなくなったとしても考えろ』だった」
「打つ手がなくても考えろか。さすがレジェンド。いいことを言う」
「父だってきっと、こういう局面を何度も乗り越えているはずなんだっ」
ゲルルフが涎をまき散らしながら襲いかかってくる。
「負けるかぁ!」
アルマが盾を突き出してゲルルフを突き飛ばした!
「感心している場合じゃない。奴を倒す方法を考えるんだ」
だが、私の魔法は利かない。
アルマのランスは折れてしまった。
やっぱり万事休すじゃないか。
アルマは盾だけで戦ってくれているけれど、奴を吹き飛ばしても決定的なダメージにならない。
「現状で考えられる最大の攻撃はなんだ?」
バフで私の魔力を高めるか?
アルマは光魔法のピュリファイを唱えられるが、アルマが使えるのはまだ初級だ。
「くそ、どうすればいいんだ」
ユミス様なら、こういうときにどうされる……!?
――急くでない。古代人の中で、武術と魔法を合わせた奇妙な技を使う者がおったのじゃ。
武術と魔法を合わせる!?
――剣と火を合わせるような、二つの違うものを合わせて新しい技を編み出しておった。
いちかばちかだ。やってみるしかない。
「アルマ、今からきみに雷を落とす。これを盾で受け止めてくれ!」
「え!? 今、なんて……?」
失敗したらアルマが倒れてしまう。
強くなり過ぎない程度に力を調節しなくてはならないか。
「アルマ、いくぞ!」
アルマが後退して盾を天にかかげる。
雷が轟音を発して盾の中心へと落下して――
「キャッ!」
「アルマ! 無事か!?」
盾が割れてしまいそうな勢いで光が弾けた。
「なに、どうなったの……?」
アルマの構えた盾に雷が付与された!
「じねぇぇ!」
ゲルルフが長剣をかかげて襲いかかってくる。
「アルマ、盾であいつを吹き飛ばせ!」
アルマが盾を構えてシールドアサルトを繰り出す。
「が……っ」
いいぞ! ゲルルフがダメージを与えられている。
「すごい!」
「武術と魔法を合わせたスキルなら奴を倒せる!」
水の魔法を使ってゲルルフを足止めする。
わずかに生まれた隙を突いてアルマがシールドアサルトを繰り出す。
「よし、勝てるぞ!」
「ふざげるなぁ……!」
ゲルルフはまだ倒れないか。
「ゲルルフ、あなたはもうここで退きなさい!」
アルマが大喝するが、発狂している奴には届かない。
「ヴェンツェル。もう一度、雷の魔法を! さっきよりも強めで」
「わかった!」
アルマが真ん中から先がなくなったランスを拾い上げる。
盾と一緒に折れたランスをかかげて、ランスで奴を仕留める気か。
さっきは力を弱めたが、もっとぎりぎりを攻めないとゲルルフは倒せない。
「アルマ、死ぬなよ……っ」
ユミス様も、どうかご加護を。
「いけ!」
ピンク色の空が雷鳴をとどろかす。
極大な光が避雷針となったアルマに襲いかかる。
「く……っ」
奇跡よ、起きてくれ!
アルマは……無事だ!
「ゲルルフよ、さらば!」
アルマが光を帯びて突進する。
「ぐ……がぁ!」
彼女のランスと盾を融合した突撃が奴にクリティカルヒットした。
ペルクナスがかけた黒いバリアが打ち砕かれる。
ゲルルフは全身を焦がしながら、庭のさらに先まで吹き飛ばされた。
「やったか?」
「うん。もう終わった。たしかな手ごたえがあったから」
アルマがランスと盾を捨ててその場にくずれた。
「大丈夫か!?」
彼女の全身も雷によって痛めつけられてしまったのか。
「ちょっと、動けない……かも」
「すまなかった。すぐ回復する」
ヒールウォーターを唱えてアルマを治療する。
「ユミス様の魔法みたいに即効力はないが、痛みはやわらぐはずだ」
「ありがとう。ヴェンツェルってやっぱりすごいんだね。ものすごく強力な魔法だった」
「それはお互い様さ。雷を怖れずに受け止められるアルマの方がすさまじいよ」
栄養失調のアルマを助けたときは、逆にアルマから助けられると思っていなかった。
「ランスと盾、壊れちゃった」
「ああ……すごい戦いだったからな」
途中から折れていたランスは粉々に、盾も中心から三つに割れてしまっていた。
「バルタ先生に謝りに行かなきゃ。先生、怒るかな」
「いいや。よくやったと逆に褒めてくれるさ」
ゲルルフの処置をライツさんとエクムント様にまかせて、私はアルマを伴ってユミス様の下へ向かった。
「お嬢様が、ずっと、気を失ったままで……」
メイドのユッテさんがユミス様をずっと守ってくれていたようだ。
ユミス様は昏睡されているのか?
「ユミス様、大丈夫かな」
子どものようなふっくらとした頬に外傷は見当たらない。
顔色は優れないようだが、目立った怪我はないようだ。
「急激に魔力を解放したから倒れてるだけだろう。きっと目を覚ましてくれるさ」
「そうなの!?」
「魔法は体内の魔力とエネルギーを消費して放つものだから、酷使すると意識を失うことがあるんだ。魔法使いあるあるさ」
「そうなんだ」
裏を返せば、無敵のユミス様が昏睡してしまうほどの敵だったということだけれども。
「お嬢様を屋敷へ運びましょう!」
「わたしも手伝う!」
「アルマ様は何を言ってらっしゃるんですか。アルマ様だってけが人でしょう。あなた様は救護される立場でございます!」
見上げた空は雲の少ない青空へと戻っていた。
「大局的な戦いはまだ終わってないのかもしれないけれども、今は次に備えて休養しよう」




