第75話 闇の強大な力
ペルクナス――ユミス様が以前に話されていた魔物の神のひと柱かっ。
「以前に我の仕掛けた渦が消えていたから、気になって様子を探りに来たが、なぜ神が人間と行動をともにしている」
ペルクナスの声が私の耳の奥を破壊するように振動している。
「ユミス様は私を救ってくれた方だ。それ以来、ユミス様が私を気に入って下さっているのだ」
「ユミスだと? ほう、ではそこにいるのはあの享楽者か。落ちこぼれでも一応は神のひと柱だというのに、なんとも愚かな……」
ユミス様が私の胸の中でお顔を上げた。
「地上のあっちこっちに顔を出しては、魔物や人間たちに要らぬちょっかいばかりを出しておるお主に言われとうないわ」
「ほざけ。貴様のような愚か者といっしょにするな」
突然の強圧に吹き飛ばされる。
一瞬で庭の奥まで飛ばされてしまった。
「我は人間たちの愚かな邪気に従い、確固たる意志と目的をもって行動している。貴様の古来から何も生み出さぬ享楽と混同するなど、もっての外だ」
なんという力だ。
この圧倒的な力も魔法の一種なのか?
呪文を詠唱しているタイミングなんか一瞬たりともなかったぞ。
「ユミス様は……わたしたちに道を生み出して下さっている!」
アルマがランスを杖にして立ち上がった。
「女よ。脆弱な貴様ごときが我に刃向かうつもりか?」
「わたしは、ユミス様に助けられた。ユミス様がわたしに道を示してくれたから、わたしは絶望の淵から這い上がれたんだ!」
アルマがランスを構えて――やめろ!
「キャアッ!」
「愚かな。人間ごときが神に敵うか」
アルマの果敢な突撃が児戯のように弾かれる。
「人間などの矮小な存在に自らの手を汚すなどという、低俗な趣味を我は持ち合わせておらん。だが、我が築いた渦を無断で消し去った罪は償ってもらわなければならぬ」
私も指をくわえていないで反撃だ!
水と風をくわえて雨雲を発生させる。
「食らえ!」
極大の雷を奴の真上から落とした。が――
「無駄だと言っているはずだ」
全力を注いだ攻撃がまったく利かないっ。
「ぐっ」
奴の強い力でまた吹き飛ばされてしまう。
屋敷の壁に背中を強く打ちつけられた。
「やめるのじゃ! ペルクナス、これ以上ヴェンとアルマを攻撃するのであれば、ここでわらわと刺し違えてもらうぞ」
ユミス様に頼るしかないのか……
「刺し違えるだと? お前のような落ちこぼれが、この世の夜と闇を司る我と刺し違えられると思っているのか? お前はいつから、そのように態度が尊大になったのだ」
「ふ。わらわとて昔のままではないわ。わずかながら、わらわを信仰してくれる者がおる。お主の力に遠く及ばずとも、もてる力を極限まで高めればお主と刺し違えることができよう」
ユミス様、やめてくれっ。
「薄汚い欺瞞か」
「欺瞞であるかどうかは、今ここでためせばわかる」
重苦しい沈黙が訪れる。
ペルクナスは翼も使わずに宙に浮いていたが、やがて大きな一つ目をつむった。
「貴様との勝負はまだ預けておいてやろう。我には優先することがある」
「珍しいの。いつも強気でまったく面白みのないお主が逃げるとは」
「下らん挑発ならやめておけ。その矮小な命、まだ失いたくはなかろう」
ペルクナスが横に旋回して身体を消失させる。
一触即発の危機はなんとか免れたか――
『我は今、強い邪気を放つ人間どもを闇へと誘う計画を進めている。近いうちに、我がこれまで生み出した魔王を凌ぐ者が現れるであろう』
なんだと!?
『ここにもほどよい邪気が滞留している。我が扇動すれば、お前たちにちょうどいい罰を与えてくれることだろう』
なにっ!?
「おぉぉ……!」
庭の向こうから聞こえる声はゲルルフ!
「ヴェンツェル、これはもしかして……」
「そのもしかしてだ。行くぞ!」
倒れていたはずのゲルルフが立ち上がって悲鳴を上げている。
ピンク色の空を見上げる顔は血の気が引き、白目が黒く濁っている。
「いったい何がはじまるの!?」
「わからない。だが、ひとつ言えているのは、さっきのペルクナスが奴に悪さをしたということだ」
黒い思念のようなものが周囲からゲルルフへ集められている。
サイクロプスと戦ったときと似て――
「させるか!」
あのどす黒い気は邪瘴だ。
奴が魔物になってしまう前にウィンドブラストで阻止する。
「やった!」
「いや、まだだ。この程度でやられるはずがない」
ユミス様ならば今の状況を的確に分析なさるはず。
「ユミス様?」
そばにいるはずのユミス様がいない。
「ヴェンツェル、あそこ!」
アルマが指した先に倒れているのがユミス様!
「ユミス様が、なぜ!?」
「きっと、さっきの戦いで力を消耗してしまったのかも……」
くっ、こうしてはいられない!
「ヴェンツェル!」
今度はアルマが後ろで悲鳴を上げた!?
「がぁっ!」
アルマは小盾を構えて、狂戦士と化したゲルルフの攻撃を受け止めてくれていた。
「ヴェンツェル、まずはこっちをなんとかしなきゃ!」
ユミス様を早く助けなければならないというのに、なんて面倒な敵なんだ。
「ならば一撃で焼き尽くしてやるっ」
また雨雲を発生させてライトニングを放ってやるのだ。
「アルマ、離れろ!」
アルマが後退した直後を狙って裁きの雷を落とす!
「やった!」
天上から注がれた光が大きくうねるが――
「がぁ……っ」
雷が当たる瞬間、ゲルルフを防護する黒い幕のようなものが現れて奴をかき消した……!?
「うそでしょ!」
「どうなってるんだっ」
ゲルルフは黒焦げになっていないどころか、袖の先すら焼かれていない。
ゲルルフが猛り、長剣を振って黒い刃を飛ばしてくる。
「これは真空波? 黒い力が宿ってるぞ」
「くっ」
アルマが盾を構えて奴の攻撃を受け止めている。
「ヴェンツェルもわたしの後ろにっ」
「わかった!」
アルマを盾にするのは忍びないが、彼女の背後にくっついて敵の攻撃から逃れる。
「どうしよう。奴は闇の力に守られてるのか、魔法が利かないようだ」
「ウィンドブラストで飛ばしても決定打にならなかったもんね」
攻撃魔法を無効化されたら私は丸裸同然だ。
「だったらランスで攻撃する!」
ゲルルフの攻撃が止まった隙をアルマが突く。
「はぁっ!」
ランスでゲルルフの足もとを突いて奴を転倒させた。
「うまいぞっ」
アルマが跳躍してランスを下に構える。
「これで終わりだっ」
あのスキルはサイクロプスを撃破したパニッシャーだ。
アルマの振り下ろすランスがゲルルフの胸を正確に貫く――
「がぁっ!」
黒い力がまたバリアのように現れたぞ!
「キャッ!」
「アルマ!」
くそっ、アルマの強力な攻撃をいとも簡単に弾いてしまうとは……。
「させるか!」
二発のエアスラッシュを飛ばす。
真空の刃は高速に、かつ正確に奴の胸と胴を狙ったが剣で弾かれてしまった。
「まだまだ行くぞ!」
風の力も利かないのであれば水の力で対抗だ。
アクアボールとウォーターガンを続けて放つが、奴を守る黒い力が盾となって私の魔法を弱めてしまう。
「ヴェンツェル!」
「くそ、どうすればいいんだっ」




