第74話 闇を統べる者
「お静かに! アルマの前です。無様なケンカは慎んでいただきたい」
「ぶ……! き、貴様ぁ、元はと言えば、どこの馬の骨とも言えぬ貴様が――」
「ゲルルフ、そんなに罪を認めたくないというのであれば、徹底的に口論してもいいんだぞ。お前がハーラルト卿に毒を盛った確証を得るのなんて、簡単なのだからな」
ゲルルフがたじろいだ。
「どっ、どういうことだ!」
「お前はグーデンの錬金術師マルク殿を騙して毒を買っていっただろう。マルク殿の庵を訪ねて、お前が毒を買っていったことを証明してくれたぞ。それでも認められないというのなら……そうだな。お前の部屋をこれから調べるか?」
「や、やめろ」
「部屋から毒が出てきてもまだ認めぬというのであれば、あまりやりたくはないがハーラルト卿の墓を掘り起こすまで」
「な、なんだと!?」
脇からまた声を上げられたのはエクムント様だ。
「そ、それだけはならん! 無残に毒殺された上に墓まで掘り起こされるなどと……無様にもほどがあるっ。兄の誇りまで踏みにじらせる訳にはいかん!」
エクムント様、この方のお心はとても真っ直ぐだ。
「貴族としての誇りですか。そう言われると返す言葉がないですね。ならば、アルマに決断していただきましょう。ハーラルト卿の唯一の娘であるアルマの判断なら、あなたも不服はないはず」
エクムント様が目を怒らせながらもアルマを見やった。
アルマはうつむいて、なんというべきか悩んでいるようであった。
「アルマよ、どうするのじゃ?」
「わたしはヴェンツェルの提案に賛成です。父は悪を決して許さない方でした。父は貴族としての誇りを失うことよりも、不正がまかり通ることに怒りを感じていると思います」
「ア、アルマ……くん」
アルマは本当に強くなった。
「わたしは地下で眠る父と母の意思を継ぎ、不正をここで断ちます。ゲルルフ、観念なさい!」
「ぐ……っ」
勝敗は決したか。
後の処理はライツさんにまかせよう。
視線を送るとライツさんがうなずいてギルドの方々に短く指示を出した。
「ゲルルフ殿。ベイルシュミット家領主ハーラルト卿殺害の罪で街まで来ていただきます」
ゲルルフはうつむいたまま返事をしない。
「ベイルシュミット家と領地に関する問題は我々の管轄外ですが、ハーラルト卿の死がもたらした各々の被害は街に大きな影を落としています。あなたの罪を明らかにせよとのグーデンからの――」
「うっせぇよ! そんなの俺が従うわけねぇだろうがっ」
ゲルルフが急に動き出して剣を――危ない!
「ちっ」
ライツさんも瞬時に後退して剣を抜いた。
「やっぱり素直には従わねぇか。そういう野郎だと思ってたよ」
「黙れカスがっ。てめぇ、どこのもんだ。俺は卑しくも貴族に仕えてるんだぞ。てめぇらのような貧乏人とは格が違うんだよ!」
仕方ないから魔法で気絶させるか。
「おら、やんのか!? 俺はこう見えてもここの領主と魔物を討伐しまくってたんだぞ。てめぇらのような素人連中とは格もレベルも違うんだよっ。ああ!? おら、近づいたらぶっ殺すぞ!」
一歩を踏み出した私を止めたのはアルマだ。
「ヴェンツェル、ライツさん。わたしにまかせて」
アルマならおそらく楽勝だ。
「ぁあ? お前アルマか。ちょっと見ねぇ間にいい女になったじゃねぇか。前は枝みてぇに細すぎたから俺の好みじゃなかったが、今は……いい感じだぜ」
「あなたは……そうやって下卑たことしか考えられないから母に拒絶されたのでしょう。なぜ、それがわからないのですかっ」
「あ!? んなもん知らねぇよ。あの女もよ、素直に俺の言うことを従ってれば、変なところで死なずに済んだのによ。お前の親どもはそろいもそろって正義面しためんどくせぇ奴らで、仕えてるのが心底嫌だったぜ」
もういい、倒せ。
「父に代わってわたしがあなたを成敗いたします!」
「おお、やれるもんならやってみろ!」
ゲルルフが軽率に近づいてくる。
「は!」
アルマが奴の前に盾を向けたのは……バルタ先生から教わったシールドプレスだ。
「な……?」
「遅い!」
アルマが果敢にランスを突き出して……終わった。
「ぐおぉ……っ」
ゲルルフが直撃を受けて庭の奥へと吹き飛ばされた。
「う、うそ……っ」
「つえぇ……」
エクムント様もユッテさんも他の臣下たちも口を半開きにしているだけだった。
振り返ったアルマが所在なげに立ちつくしていた。
「さっきの戦い方……卑怯だったかな」
「いや。見事な槍さばきじゃったぞ」
ユミス様が近寄って声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
「勝負というのは一瞬の隙を突くものじゃ。生死を賭けた戦いにおいて油断する者が愚かなのじゃ。のう、ヴェンよ」
「その通りだよ、アルマ。きみは正々堂々、まっすぐに向かって敵を倒した。バルタ先生だってきっと、アルマの無駄と迷いのない戦いぶりに感動していたはずさ」
そのくらい見事な戦いぶりだった。
「うるさいあやつのことじゃ。さっきの戦いを見ておったら今ごろ大粒の涙を流しておるぞ」
「あり得ますねー。あの人、おっさんなのにすぐ泣くからなぁ」
当時はあんなにうるさかった、あの「ふはははは」が無性に聞きたくなってきた――
『我の築いた渦を消し去ったのはお前たちか』
誰の声だ!?
男の低い声が耳鳴りのように、突然耳の奥から伝わってきた。
「な、なに!?」
「誰だ!」
アルマや臣下の方々も同じく動揺している。
明るかった空がなぜか暗くなりはじめる。
いや、空の色があり得ない薄ピンク色に激変しているぞ!?
「まずいっ。皆、下がるのじゃ!」
ユミス様が宙に飛び立ってバリアのようなものを張る。
直後に雷鳴が轟いて黒い雷のようなものが……ぐ! なんだ、この圧倒的なエネルギーはっ。
漆黒の雷が雨のように降り注ぐ。
「ぐぅ……っ。相変わらず、なんという力じゃ」
ユミス様がすべての魔力を解放して護って下さっているけれども、あのユミス様が苦しんでおられる!?
「ヴェンツェル、これはなんなの!?」
「わからないけど、ものすごく嫌な予感がする」
ユミス様が苦しまれているということは、あの方と同等の力を持つ存在による攻撃なのだ。
女神であるユミス様と同等――
「まさか神の攻撃!?」
「えっ、うそ!?」
そんなばかな。
神は人間や地上の存在を攻撃しないんじゃなかったのか!?
ユミス様がふらふらと木の葉のように落ちてくる。
全力で飛び出してユミス様を受け止めた。
「ユミス様。まさか、この攻撃は……」
「うむ。サイクロプス討伐のときに感じた、あの嫌な気配の再来じゃ。わらわたちはどうやら、厄介な者を呼び寄せてしまったようじゃ」
ユミス様が私にすがりつくように倒れた。
何もない空間が不自然に歪む。
黒い力が辺りから集められて、黒い渦のようなものが形成されていく。
この渦のようなものは、あの黒い太陽なのか?
「ヴェンツェル……」
「盾を構えるんだ。出てくるぞ」
黒い渦からばさりと四枚の翼が生える。
コウモリのような形となった黒い存在の中央が真横に切断されて、勢いよく開かれた赤い球体は的のように大きな目玉。
「我が名はペルクナス。闇を統べる者ぞ」




