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第72話 毒をつくり出す者

「錬金術師マルク様?」


「その人が猛毒を調合して犯罪人に売りさばいてるんですか?」


 パウリーネ先生からこんなに明確な答えが出されると思わなかった。


「マルク様はわたしの師匠よ。マルク様は毒に特化された方ではなくて、錬金術にとてもお詳しい方なのよ。わたしは毒をつくる知識も技術もないけど、マルク様なら、もっと明確な答えを示してくれるはずよ」


「要するに、毒をつくり出す錬金術師ということですか」


「坊や、勘違いしないでほしいのだけれども、師匠は悪の道に走った錬金術師なんかではないわ。あなたも言ったけど、毒と薬は表裏一体なのよ。調合する材料を替えれば毒になるし、薬にもなるの。毒というと悪いイメージばかり付きまとうでしょうが、例えば狩りで獲物を仕留めるときにも毒は使われるのよ」


 そうなのか。それは知らなかった。


「人間では手が負えないような猛獣を仕留めるときは、毒を使って彼らの動きを鈍らせるの。生物のもつ毒が薬の原材料になることもあるわ。毒はいろんなところで使われていて、人間の生活になくてはならないものなのよ」


「そういえば古代人も生物の毒を利用する者がおったの」


 ユミス様も先生の言葉にうなずかれていた。


「あなたたちの追っている犯人がこの周辺で毒を手に入れたのだとしたら、師匠の庵を訪ねているはずよ。地図を書いてあげるから、師匠の庵を訪ねてみなさい」


「わかりました。私たちを信用していただいて、ありがとうございました」


 卑猥な言葉が目立ってたけど、結局いい先生だった。


「できることなら、次はあなた一人でわたしを訪ねてほしいわ」


「それは遠慮しておきます」


 先生に別れを告げてアトリエを後にした。


「あんなに丁寧に教えてもらえるとは思わなかったね」


「ヴェンを襲おうとしたのは許せんが、一回なら水に流してやることにしよう」


 先生の師匠であるマルクさんの庵は、グーデンの北門のそばにあるという。


「もう少しで答えにたどり着ければいいがの」


「大丈夫ですよ。ヴェンツェルがきっと答えを出してくれますから!」



  * * *



 庵はすぐに見つかった。


 北門の近くに貧しい方々が身を寄せ合う集落があって、その外れに錬金術の庵をかまえているようであった。


「ごめんください」


 扉の前に呼び鈴がないのでノックするが、特に応答はない。


「今日は留守なのかな」


「しばらくここで粘っても家主が出てこないのなら、今日は出直すしかないの」


 この庵と自宅の宿を何度も行き来したくないが、我慢するしかないか。


 ユミス様やアルマと話をしながら何度かノックをしてみるが、やはりマルク様は姿を現してくれない。


 これはきっと留守なんだな。


 そう思っていると――


「なんだ、お前たちは」


 土で汚れた作業着姿の男性が私たちの後ろに立っていた。


「突然訪問してすみません。錬金術師のパウリーネ先生のご紹介で訪ねました」


「パウリーネの……?」


 マルクさんは怪訝そうに眉尻をぴくりと動かしたが、


「話くらいは聞いてやる。入れ」


 そっけないが私たちを受け入れてくれた。


「おじゃまします」


 庵はパウリーネ先生のアトリエと違って狭く、至るところに本や錬金術の器具が転がっていた。


 パウリーネ先生のアトリエは女性が通える教場という雰囲気だったが、この庵はもろに男の職人の作業場だ。


「パウリーネの紹介などとほざいているが、結局のところまた毒でも仕入れに来たのだろう。まったく、この街の連中はどうしてこんなに荒んでいるのか、理解に苦しむ」


 マルクさんは白髪の目立つ壮年の男性だ。


 年齢から察するに六十歳前後か。


「私たちは毒を購入しに来る人たちを調べたいのですが、その前に毒を買われる方が多いんですか?」


「ああ、多いな。前は滅多に来なかったが、最近はよく来るようになった。もっとも、人を殺すために使うとほざいた奴には売らないがな」


 パウリーネ先生が言う通り、悪の道に走った錬金術師ではないということか。


「悪人には売らないのに、どうして毒をおつくりになってるんです?」


「小僧、何が言いたい?」


「単に引っかかっただけです。金や利益を求めるのでしたら、客を選ぶ必要なんてないでしょう?」


 この人が本当に悪人ではないのか、少し気になった。


「ふ、お前のような若造に話してやる義理はないが、わしとて錬金術師の端くれ。きんをつくろうなどと今さら大それたことはもう考えんが、錬金術の可能性を見出し、錬金術で世のため人のために尽力したいと思うのは当然であろう」


 錬金術師の誇りをもっているということか。


「すみません。つまらないことを聞きました」


「お前も大方、儂が毒をつくるといって極悪人だと思っていたのだろう。そう思うのは勝手だ。さっさとここから立ち去れ」


「あなたを疑っていたことは謝ります。だけど今すぐには帰れません。この一年くらいで毒を買っていった人を知りたいのです」


「毒を買っていった奴だと?」


 マルクさんの眉尻がまた少しだけ動いた。


「私はとある事件を追っています。その事件でおそらくあなたの調合した毒が使われました。毒を悪用した人物を特定したいんです」


 マルクさんにもざっくりと事件のあらましを話した。


「なるほど。それで儂から毒を買っていった奴を知りたいのか」


「はい。毒殺した人物はベイルシュミット家に所縁のある人物に間違いありません。毒の出所をつかめば彼を一気に追いつめられると確信しています」


「そういうことならば力を貸してやらん訳にはいかぬな。ベイルシュミット家の奴なら来たぞ。怪しい格好をしてな」


 なんと!


「本当ですか!?」


「女よ、落ち着け。全身を黒いローブで隠して、ベイルシュミット家だと言っていたからな。今でもよく覚えてる。手に負えない魔物が現れたと抜かしていたから、仕方なく毒を与えてやったが……やはり悪用しおったのか」


 これで毒の出所をつかんだぞ。


「その人は『ゲルルフ』だと名乗っていましたか?」


「ゲルルフ? たしかそんな名前だったと思うぞ。儂は毒を調合する代わりに名と肩書きを必ず伝えさせるからな。人相書にんそうがきがあれば、なお良いが」


 アルマに頼んで木の板にゲルルフの顔を描いてもらった。


「こんな感じでしょうか?」


「ふむ……細い切長の目と面長おもながの顔。黒髪で背が高かったな。背の高さまではこの人相書からは判別できぬが。これでよいか?」


「はい。ありがとうございます!」


 これで証拠はそろった。


「マルク様、ご協力いただいて感謝します」


「ふん。己のためだ。お前たちのためではない」


 この人は根からの職人なんだな。


「お前たちはパウリーネから言われてるだろうが、毒を悪用してはならんぞ。毒を利用するのはあくまで困難を脱するときだけじゃ。己の利権のために使うなど、もっての外だ」


「はい。わかりました」


 アルマを不幸にした張本人を追いつめるんだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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