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第71話 毒と薬の専門家

「ごめんなさい」


 一階の物置部屋から屋敷を抜け出した。


 外に停めていた馬に乗って屋敷から離れた。


「身体を張ってあの二人を止めたのはいいけど、しゃべったらまずいって」


「うん。そうだよね」


「しゃべりたくなる気持ちはわかるけどね。ここで正体がばれたら今までの苦労が水の泡だ。それだけは阻止しなければならない」


 アルマの正体があの二人に気取られれば、アルマの父さんを殺した犯人に逃げられる危険性すらある。


「二人を止めなきゃって、それしか考えられなかった。自分が猫なのも忘れて」


「私がためらわずに風の魔法を放ってればよかったんだ。判断力が鈍くなってた」


「ううん。ヴェンツェルのせいじゃない。わたしがもう少しちゃんとしてればよかったんだから」


 普段の優しいアルマに戻ってくれたか。


「反省会はその辺りで終わりにしてよいのではないか? 良い証拠が得られたのじゃ。もっと喜んでもいいじゃろう」


 ユミス様はいつものマイペースなままか。


「そうですね」


「アルマの母が書いた手紙と日記を照合すればよいのじゃろう? これでギルドの男も反論できまい」


「だけど、毒の証拠がまだ得られてないよね。どうすればいいんだろう」


 馬を停められそうな場所を探す。


 森の少し拓けている場所に馬を寄せて次の作戦を考えよう。


「また猫に変化して屋敷に忍び込むのか?」


「そうするしかないよ! ゲルルフがきっと毒をまだ持ってるから、それを探せば……」


 ゲルルフの部屋を捜索するのは一つの案だが、三度目の潜入は危ない気がする。


「猫に変化して二回も屋敷に忍び込んでいる。二回とも姿を見られてるから、三回目は危ないと思う」


「そうかもしれないけど、ならどうするの?」


「猫じゃなくても、犬とか鳥に化けることもできるがの」


 猫以外の姿で忍び込むのはよさそうだけど、もっと別のアプローチで証拠を集められないか?


「単純な疑問だけど、ゲルルフはどうやって毒を手に入れたのだろうか」


「どうやって? 最初から持ってたんじゃなくて?」


「毒なんて最初から持ってないでしょ。毒を専門的に扱っているのなら別だけど、ゲルルフはきっと毒の知識なんてないと思う」


「毒の専門家じゃないと日常的に手に入らないということ? ならゲルルフはどこで毒を手に入れたの?」


 それを突き止めれば良い答えにたどり着くのではないか?


「ヴェンよ、毒の考えられる入手ルートはなんじゃ?」


「私も素人なのでわかりませんが、単純に考えれば薬を専門的に扱う人間から買うのがもっとも一般的な入手ルートだと思います」


「毒の専門家を突き止めればよいのじゃな。では、その専門家をどうやって探せばよいのじゃ?」


 毒の専門家をどうやって探す?


「毒と薬は紙一重のアイテムなのだと、冒険者ギルドで教わった気がします。薬草の調合や精製の方法を変えれば毒にもなるし、薬にもなるのだと、そのときは教わりました」


「毒と薬って真逆のアイテムだと思うけど、そんなちょっとした違いだけで作り替えることができるの?」


「私も詳しくは知らないけど、そうなんだと思う。毒も結局、草やキノコの成分でしょ。だから入れる草やキノコを替えれば毒がつくれるんだと思う」


「なんだか難しいね」


 難しいが、もう少しで答えにたどり着けそうな気がする。


「薬、か。薬といえばいつぞやのポーションの精製を思い出すの」


「あっ、ありましたね! わたしたちが出会った、あの錬金術の講義です」


「そうじゃったな。あのときのアルマはやせ細っていて、とても見ておれんかった」


「はい……お二人には感謝してます」


 錬金術の講義を受けたのは何カ月前か。


「ポーションは錬金術で精製されるのか」


「そうだね。薬草をすりつぶして、お塩や砂糖と一緒に煮るんだよね」


 ポーションの作り方は忘れてしまった。


「ポーションの作り方を知っている人だったら、毒を売る専門家の知り合いも知ってるかもしれないな」


「そうだね。ということは……あっ!」


「一人だけ心当たりがあるようじゃの」


 久しぶりにまたあのごちゃごちゃしたアトリエを訪ねてみるか。



  * * *



 馬を厩に返してグーデンの西のはずれに向かう。


 見慣れた森を超えると高台にアトリエが佇んでいた。


「今日も煙突から毒々しい煙が立ち上ってるのう」


「毒をつくってる……なんてことはないよね」


 正直、あまり気が進まないが。


 アトリエの玄関にある呼び鈴を鳴らすと家主がすぐに姿を現した。


「いらっしゃい……って、あらっ!」


 錬金熟女のパウリーネさんのお顔は今日も不自然なほど白かった。


「久しぶりね、坊や。今日は錬金術の講義の予約は受けてないけど?」


「突然すみません。別件で伺いたいことがありまして訪問させてもらいました。今、少しだけお時間ありますか?」


「ええ、あるわよ」


 よかった。毒について話を聞くことができそうだ。


「錬金術じゃなくて、まったく別の講義なら坊やにだけ特別に開いてあげてもいいのよ」


 この人の場合、ユミス様以上に卑猥に聞こえてくるんだよな……


 アトリエは掃除がまだ済んでいないようだったから、机に錬金術の講義で使ったであろう器具が置かれていたままだった。


「部屋が掃除できてないから、散らかっててごめんなさいね。それで、別件の用というのは何かしら?」


 パウリーネさんは丁寧にお茶を差し出してくれた。


「はい。ギルクエの途中で毒について調べる必要がありまして、簡単でいいので教えていただきたいのです」


「毒について……?」


「先生は、この辺りで毒を売ってる専門家を知りませんか?」


 先生が眉をひそめる。


「知ってはいるけど、何に使うつもり? いくら坊やでも簡単には教えられないわよ」


「誰かを殺すとか、そんな考えはありません。ここ一年くらいで、グーデンを中心に毒を購入した人間を突き止めたいんです」


 アルマとベイルシュミット家の素性を伏せながら先生に経緯を話した。


「あなたの追ってる犯人が、毒を使って家主を殺害したのね」


「はい。犯行は一年近く前に行われましたが、犯人は今でもグーデンのそばで住んでいます。彼を早く止めないと次の被害者が出てしまいます」


「それは由々しき事態ね……」


 危機感だけをうまく伝えることができた。


 先生はとても真剣に次の言葉を選んでいるようだった。


「あなたたちにもきっと深い事情があるんでしょうから、わたしから根掘り葉掘り尋ねる気はないわ。だけど、ひとつだけ約束して。あなたたちが毒を使って別の被害者を出さないこと。どんな理由があっても、それだけは絶対にやってはダメよ」


 会うたびに卑猥な言葉を投げかけてくる先生とは大違いだ。


「もちろんです。私たちは毒を使って人を殺める気はありません」


「あくまで犯人を止めたいだけですから」


 アルマも言葉を添えてくれて、ようやく先生の白い顔に笑みが戻った。


「わかったわ。錬金術師マルク様を訪ねなさい。その人が唯一、この近辺で猛毒を調合できる人よ」


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