第70話 アルマの部屋を物色?
物置部屋は使われていないタンスや足がとれてしまったテーブルなどで散乱していた。
割れた壺や木のオブジェのようなものまで所狭しと置かれている。
「屋敷にうまく忍び込めたが、次はどうするのじゃ?」
「まずはアルマの母さんが残した日記が本物であることを証明しましょう」
「ならば、またアルマの母の部屋に行くのか?」
そうするのが筋だろうが、アルマが首を横に振った。
「わたしの部屋に母の手紙があるから、そっちの方が証拠になるかも」
「確かに。アルマの所持品の方が説得力が増すぞ!」
物置部屋を出て玄関前のロビーまで走る。
メイドの女性がすぐに通りかかったが、
「あら。可愛らしい猫ちゃんたち」
警戒心はまったく抱かれていない。
「わたしの部屋は二階だから。ついてきて!」
金の手すりがついた階段を四足で駆け上がる。
廊下を掃除しているメイドの方々に脇目も振らず、アルマは二階右側の奥の部屋の前で泊まった。
「ここがわたしの部屋」
「アルマの母さんの部屋と離れてるんだな」
「廊下から行く場合はね。でも、実はとなりが母の部屋だから、中の扉でつながってるの」
部屋の扉は閉め切られている。
「はっ!」
跳躍して頭上のドアノブを刺激するが、開かないぞ。
「この姿だと扉が開けられないっ」
「ヴェンツェルが前に母の部屋に入ったときは、どうやったの?」
「あのときはゲルルフが開けた扉を閉めてなかったんだ。だから入れたんだよ」
アルマも跳躍して扉を開けるのを協力してくれるが……びくともしないっ。
「猫の、身体って……こんなに不便なのっ」
「っていうか、すごく嫌な予感がするんだけど、この扉、鍵かかってない?」
まずいぞ。これは想定外だ。
人間の姿であれば扉を押し開けることもできるが、今の姿では無理だっ。
「っくしょう、開け!」
「わたしがずっと住んでた部屋なのにぃ!」
ユミス様が後ろで笑っているのに気がついた。
「ユミス様も後ろ足で頬を掻いてないで手伝ってください!」
「ほほ。いや、猫の姿でぴょんぴょん飛び跳ねてる二人が愛くるしくての。たまらんわ」
たまらんわじゃないでしょ!
「いいから早く手伝え!」
「おほほ。そんなに毛を逆立ててはいかぬぞ。きれいな毛並みが台無しになるゆえ」
白猫のユミス様が「よっこらせ」と身体を起こした。
「扉の鍵を開ければよいのじゃな?」
「できるんですか?」
「当たり前じゃ。わらわを誰じゃと心得る」
ここでもユミス様のチートが炸裂するのか?
ユミス様は魔法を唱えているのか?
すぐにかちゃりと扉の中から解錠する音が聞こえた。
「鍵が開いたの?」
「すごい! さっきのも神様が持つ特殊スキルなんですか!?」
「いや、これは光の魔法じゃよ。さぁ、扉を早く開けぬと見張りに気づかれるぞよ」
また猫ジャンプでドアノブにしがみつく。
ぶら下がった私の身体をアルマに引っ張ってもらって、やっと扉を開けることに成功した!
「やっと開いた……」
「自分の部屋に入るのが、こんなに大変だったなんて……」
「はぁ、至福のキャットショーじゃった……」
気を取り直してアルマの部屋から重要な手がかりを探すんだ。
「アルマの母さんが宛てた手紙はどこにあるんだ?」
室内は整理整頓が行き届いていて、豪華な客室みたいだ。
天蓋のついた大きなベッドに、金の装飾が施されたテーブルや机。
棚の上は花瓶やアンティークが飾られていて、私の殺風景な部屋とは大違いだ。
「アルマの手紙はどこにあるんだ?」
とりあえずこのタンスから調べるか。
タンスの上に飛び乗って、一番上から適当に開けてみるが――
「あっ、そこは開けちゃダメ!」
タンスの中に敷きつめられていたのは、白や赤のランジェリー。
アルマに体当たりされてタンスは閉じられてしまった。
「ここは洋服しかないからヴェンツェルは他を探して!」
「あ、ああ」
けっこう派手なパンティやブラジャーらしきものがあったぞ……
部屋といっても二人で住めてしまうほど広い。
複数のワードローブに大きなタンスがもう一つ。
サイドテーブルには白い花が飾られていて、煌びやかな部屋に華やかさと素朴さを与えていた。
「ここに、たぶん……あると、思うんだけど……」
アルマが探しているのは机の引き出しか。
猫の爪で引っかけながら中の紙をめくっていると、横でアルマが「あった!」と声を上げた。
「見つかった?」
「うん。わたしがかなり小さかった頃に書かれた手紙だけど、これなら証拠になると思う」
手紙の封筒には「アルマへ」としっかり書かれている。
裏返すと黒いインクでアルマの母親の名前が記されていた。
「ちなみにこの手紙の内容は?」
「それは秘密……」
あんまりよくない内容なんだな。
「あとは毒でアルマの父を死なせた証拠じゃな」
「どうすればそんな証拠が得られるんだろう」
ゲルルフの部屋でも探してみるか?
「とりあえずゲルルフの部屋に行って――」
部屋の外から何かの倒れる音がしたぞ。
「なに!?」
猫の身体全体に緊張が走る!
「領主を殺した奴の言うことなど聞けるか!」
「なんだとっ。貴様、いい加減にしろ!」
屋敷の中でケンカがはじまったのかっ。
「あの声は――」
「エクムント様だ!」
「アルマ、待つのじゃ!」
飛び出すアルマをユミス様が追う。
「アルマの父さんを殺害した容疑者二人に何かがあったらまずいぞ」
一階のロビーに屋敷の住人たちが集まっている。
臣下やメイドたちの輪の中心にエクムント様とゲルルフがいた。
「いい加減にしろだと? いい加減にするのはお前だろうが」
「なにっ」
「領主を毒でぶっ殺したのはお前だろうが。ええ!? 俺たちを従わせる才能もねぇくせに領主の座に居座ろうとしやがって。お前の顔を見てると吐き気がすんだよ!」
「貴様……っ。言わせておけば!」
まずいっ。
激怒したエクムント様がゲルルフにつかみかかる。
「エクムント様!」
「や、やめてください!」
仕方ない。ウィンドブラストで吹き飛ばす!
「やめろ!」
私よりも先に飛び込んだのはアルマ!?
「ぐわっ」
「なんだ!?」
アルマが突撃で二人を押し飛ばした!
「なんだなんだ!?」
「猫……?」
臣下やメイドたちも呆気に取られていた。
「二人ともやめて。二人がケンカしたって、父も母も喜ばない!」
アルマが猫の姿で雄弁する……いや感心してる場合じゃない!
「ばかっ。やめろ!」
仕方なくアルマを横から突撃して、その場から下がらせた。
「ヴェンツェル!」
「話はあとだっ。いいから逃げるぞ!」
「で、でもっ」
「アルマ、ヴェンの言うことに従うのじゃ!」
ユミス様もアルマを窘めてくれた。
アルマは珍しく不満げに目を怒らせていたが、私たちの後に従ってくれた。
エクムント様やゲルルフたちはきっと目を点にしていることだろう。
「アル、マ……?」




