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第69話 三匹の猫でまた屋敷へ

「なんなのあの人っ。絶対に許せない!」


 自宅の宿に戻ってもアルマの不機嫌は元に戻らなかった。


「あのように冷たくあしらわれてはの」


「母上が嘘をつくはずなんてないのに、無礼にも程があるわ! わたしたちの仲間だと思っていたのにっ」


 アルマがこんなに怒るなんて珍しい……と感心している場合じゃないんだ。


「アルマ、違う。そうじゃないんだ。落ち着いて聞いてほしい。ライツさんはアルマの母さんが嘘をついてると言ってる訳じゃない。アルマの母さんの日記の信用性を証明しなければならないんだ」


 アルマが少しだけ耳を傾けてくれた。


「日記の信用性?」


「そう。要するに、この日記が紛れもなくアルマの母さんが書いたものだって証明するんだよ。ゲルルフに日記を突き出しても当然のように反論してくるから」


「そんなこと言ったって、この日記はどう見ても母が書いたものなんだし……」


「アルマはそう思うかもしれないが、他の人はそんなのわからないんだ。だからこそ、アルマと対立するゲルルフは『偽物だ』と必ず言ってくる。奴はその日記がアルマの母さんが書いたものだと認めたら、自分の罪を認めてしまうことになるんだからな」


「そう、なのかもしれない、けど……この日記は絶対に母が書いたものなのよ。わたしにはわかる。それでも、ヴェンツェルは信じてくれないの?」


 私だって信じたいさ。


「私は信じてるけど、ゲルルフはそう簡単には信じないということさ」


「そう、なんだ……」


 やっとアルマが理解してくれた。


 ユミス様も彼女のとなりでため息をついた。


「向こうはおそらく必死に否定してくるじゃろうから、ヴェンとギルドの男の言葉に従った方がよいじゃろうな」


「はい……」


「わらわも、この日記はまさしくアルマの母親が書いたものだと思うがのう」


 主観や「なんとなくそう思う」で決着をつけられないのがしんどいところだ。


「それで、ヴェンよ。次はどう出るつもりなのじゃ?」


「具体的に考えているのは二つです。この日記が紛れもなくアルマの母さんが書いたものであると明らかにすること。二つ目はゲルルフがアルマの父さんを毒殺したという確固たる証拠を得るんです」


「むう、どちらもなんだか難しそうじゃのう。結局、わらわやアルマは何をすればいいんじゃ? できれば、さっとわかるように教えてほしいが」


 だんだんと探偵じみてきたが、細かいことを嘆いてる場合ではない。


「前のように屋敷に忍び込めばいいんですよ。奴らはきっと探偵が忍び込んでくると思ってないから、屋敷にわんさか証拠が眠っていますよ」


「またわらわの力で猫になるつもりじゃな」


「今回はわたしも行く!」


 アルマの強い言葉を無視できるはずがない。


「わかった。今回は三人で行こう。だが、アルマ。約束してくれ。血気に逸って見境のない行動をすることだけは控えてくれ」


「大丈夫。そんなこと、わたしはしないから」


 アルマは意外と短気だから少し心配なんだよな。


「アルマであれば、あの屋敷をもっとうまく探せよう」


「はい! わたしの自宅だったんですから。まかせてくださいっ」



  * * *



 すぐに身支度を済ませて厩から二頭の馬を借りた。


 アルマは前に父親から馬術を仕込まれたようで、私よりも馬の扱いに長けていた。


「女でも馬には乗れるようにしておけって、父に言われたんだけど、こんなところで役に立つとは思わなかったな」


「これぞ亡き父の導きじゃな」


 アルマの住んでいた屋敷は街からそれほど遠くはない。


 サイクロプスと戦った中間地点を越えて、名前の忘れた山を少し登っていけば到着だ。


「ここだ。わたしがずっと暮らしてた場所」


 森の舗装された道をアルマが感慨深そうに進んでいく。


「ここの左に下っていくと小さい川があって、そこでよく母と遊んでた」


「こんな道のない場所から下っていけるんだな」


「わたしが小さかった頃に偶然見つけたの。楽しい場所がないかなって。その日は母にすごく怒られたけど」


 子どもが知らない場所に足を踏み入れたら親は驚くだろうな。


「屋敷の外れに使い古された木馬があったのう」


「あれは……わたしが子どもの頃に遊んでた遊具です」


「やはりの。アルマは意外とやんちゃな子どもだったようじゃのう」


 アルマは初めて会ったとき大人しい印象だったから、ついインドア派なんだと思ってた。


「父の影響なんですかね。子どもの頃は屋敷でじっとしているのが好きではなかった気がします」


「子どもの頃はやんちゃじゃったが、成長するにつれて淑女らしさを身につけさせられたというところかの」


 山の麓に建つ豪奢な屋敷。


 またここに戻ってきた。


「懐かしむのはこれで終わりだ。今日はかつての自宅に忍び込んでもらう」


「ここはわたしがずっと暮らしてた場所。でも、今のわたしの居場所じゃない」


 下馬して猫の姿に変えていただく。


 アルマはキジトラのスタンダードな猫に変化していた。


「本当に、猫になっちゃった……」


「最初は驚くけどすぐに慣れるさ。身体能力がすごく上がるから注意が必要だぜ」


「それ以前に、普通にしゃべれるんだね」


 きょとんとしている猫のアルマもなかなか可愛い。


「ほほ。お主ら二人ともよく似合っておるぞ」


「ユミス様もいつもの白猫ですね。変化する猫の種類とか毛並みは何かの法則によって決められてるんですか?」


「ふふ、知りたいかの?」


 知りたいような、やっぱりどうでもいいような。


「秘密じゃ」


 焦らしておいて秘密なんかい!


「遊んでないで屋敷に行くぞ!」


 四肢を躍らせて屋敷の門を飛び越える。


「うわっ、すごい! この門越えられちゃうの!?」


「アルマも飛んでみなよ。結構楽しいぜ」


 キジトラ猫のアルマが門を見上げて、細い四肢で地面を蹴った。


 小さく身軽な身体であっさりと門の上に飛び乗った。


「すごい。わたしも、門に乗っちゃった」


「猫ジャンプが様になってたぜ!」


 屋敷の玄関は閉じているか。


 庭にメイドや臣下たちの姿がある。


「みんな、元気にしてるんだね」


「みんな、知ってる人?」


「うん。わたしが子どもの頃から仕えてくれている人たち。最年長のユッテがとてもおしゃべりでね。父も母も困ってたな」


 おしゃべりなおばさんメイドがいたけど、あの人のことだな。


「今日は表の扉が閉まっておるし、裏口も人がいそうじゃぞ。どうやって忍び込むのじゃ?」


「今日も裏口から侵入しましょうか。料理人に見つかってしまうかもしれませんけど」


「しかし、猫が三匹も徒党を組んで入り込んできたら、さすがに怪しむのではないか?」


 ユミス様がおっしゃる通りか。


「ぐぐ、どうする……」


「この中に簡単に入れる方法なら知ってるけど」


 アルマは他の通用口を知ってるのか!?


「それは誠か!」


「はい。わたしについてきてください!」


 アルマに従って庭の裏手に移動する。


 見上げた先にある部屋はカーテンがかけられていて、誰も使っていない部屋のようだが。


「ここは今も開いたままだったはず」


 アルマがぴょんと跳躍して細い窓枠に降り立った。


 肉球のついた手で窓を引くと……窓が開いた!


「すごい!」


「ここは昔からある物置部屋なんだけど、窓の鍵が壊れたまま放置されてるの。わたしが外に出るときによく使ってたんだけど、みんな鍵が壊れてることを忘れてるんだよね」


 アルマがいたずら猫のように笑った。


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