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第68話 犯人をどうやって追いつめる?

 街に戻り冒険者ギルドを訪れてみたが、ベイルシュミット家の情報はまだ整理できていないようであった。


 三日ほど待って、改めて冒険者ギルドの扉を開いた。


「ベイルシュミット家はグーデンから南西部にある土地を治める名家だが、今から半年以上も前に領主が急死して支配力が衰えている」


 ギルドハウスの三階に通されて、サブマスのライツさんが私たちを出迎えてくれた。


「ハーラルトという領主は武力の高い男で、正義感も強かったから民衆からは好かれていたようだ。しかし、身内や臣下たちとは何度か対立している形跡があった」


 アルマは私のとなりで押し黙っている。


「二年ほど前に財政が傾いた際に、税率を上げるように臣下たちが具申したようだが、民が苦しむからといって領主が案を採用しなかった。街道に関所を立てて通行税を取る案もあったが没にしている。一方で魔物や野盗に苦しむ農民たちの訴えはほとんど対応していた」


「貴族にしては珍しく民を大切にされていたんですね。立派な方ではないですか」


「そうかもしれんがなぁ。臣下からしたら嫌な領主だぞ。自分たちの提案は聞き入れてくれないし、贅沢もさせてくれない。弱者を思う清廉潔白な人物なのはいいが、ちょっとばかり融通を利かせてもよいと思うんだがな」


 ライツさんの言い分も一理あるが、父親の話を聞かされているアルマの気持ちが気になって安易に首肯できない。


「民にとっては良い領主でしたが、臣下によっては厳しい領主であったということですか」


「そうなるな。もう少しバランスを考えて統治していればよかったのだろうが……まぁ、難しいのだろうな」


 どちらか片方に執着すれば、もう片方への配慮が行き届かなくなるということか。


「臣下の情報は得られましたか」


「ああ、あるぞ。ヴェンツェルの言う通り、弟のエクムントとゲルルフという男が有力だな。あとの連中は大したことない。エクムントはさっき言った税の関連で兄のハーラルトとたびたび衝突していたようだ。どうやら、臣下の不満が彼に集まっていたようだからな」


「エクムント様が領主と臣下の間を取り持っていたんですか?」


「そうなるな。弟のエクムントというのは兄と比べて凡庸だったようだから、自分の土地をもてずに兄と暮らしていたらしい。気の弱い人物だから、結果的に臣下の不満が彼に集まったのだろうな」


 弟のエクムント様は柔和で話しやすい印象だった。


「弟のエクムント様が兄への不満を爆発させて兄を殺害したというのは考えられますか」


「充分、考えられると思うぞ。己の才覚を理解していればそのように愚かな考えには至らないだろうが、人間、誰しも理性的に振舞えるものではないからな」


「かっとなって突発的な行動を起こしたり、はたまた利権に目がくらんで兄を殺害する……ということも充分にあり得るということですか」


「あり得るだろう。きみだって、目の前に大金が落ちてたら拾いたくなるだろう? そういうもんさ」


 ライツさんが肩をすくめた。


「もう一人のゲルルフのことは調べられましたか?」


「ああ、調べたぞ。だが、こいつの情報はそれほど多くないな。領主ほどではないが剣の腕はたしかだったようで、領主とよく魔物の討伐に向かっていたようだ」


「領主の右腕のような存在だったということですか」


「そうだな。気が強く、臣下の中ではエクムントよりも発言権が強かったようだ。だから、こいつもエクムントとよく揉めてたようだぞ」


 前に屋敷に潜入したときもエクムント様と言い争っていたな。


「では、ゲルルフが領主を殺害する可能性はあるのでしょうか」


「俺たちが調べた限りでは可能性が低いな。この男も土地を治めるような人間ではなさそうだから、領主がいた方が何かと都合がいいだろう。余程のことがない限り、この男が領主を殺害することはないだろうと考えている」


 余程のことがない限り、か。


 アルマに合図を送り、彼女から母の日記を差し出してもらった。


「これは?」


「母の……いえ、領主の妻であったアマリアが遺した日記です。偶然、発見しました」


 余計な騒ぎを起こさないようにするため、アルマには身分を明かさないようにお願いしている。


「アマリアはハーラルトの正妻か! そういえば領主が死んだのと同時に妻と一人娘が失踪してたなっ」


「はい。屋敷の周辺を隈なく探したら、こちらを発見しました」


「なるほど。きみたちも独自に捜索してたのか。相変わらず、いい仕事をする」


 ライツさんが日記を開く。


 しばらく読みふけっていたが、次第に顔色が変わっていった。


「なんだと!? こんな、ことが……」


「わたしはゲルルフが事の発端を引き起こした者であると確信しています」


 アルマの表情は揺るぎない。


「ゲルルフというあの臣下が領主を毒殺し、彼の妻と娘まで死に追いやったというのか。己の色欲を爆発させた末に……」


「ゲルルフは父の……いえ、ハーラルトへの恩を仇で返し、さらに妻と娘を毒牙にかけようとしたのです。己の欲望を優先して。幾多の被害を一切顧みずに」


「むむむ。それがもし事実だとすれば由々しき事態だぞ。主殺しは親の殺害以上に重い、極めて性質の悪い罪だ。ハーラルトの死がこの前のサイクロプスの件をはじめとする魔物の被害の引き金となっているのだから、この男の罪の深さは計り知れない」


「エクムント様はハーラルトのように気が強い人物ではありません。一時的な恨みこそ募らせても、あんなに仲のよかった兄を殺害するはずがありません。ハーラルトを殺害したのはゲルルフです」


 アルマの強い言葉が部屋を静まり返らせた。


「きみは、まるで彼らを間近で見てきたように言うのだな」


「そんなことは、ありません」


「なんてな。思っても見ない情報にいささか頭が混乱しているが、これだけでゲルルフを追いつめるのは難しいぞ」


 なにっ。


「この日記では証拠にならないんですか!?」


「落ち着くのだ、ランスの少女よ。この日記はゲルルフを追いつめる有力な手がかりになるが、ゲルルフを良いと思う人物からすれば、この日記は彼を一方的に追いつめる攻撃材料にしか成り得ない。もっと公平に判断できるものでなければ、俺たちが逆に彼らから攻撃されてしまうのだ」


 ライツさんが言うことも最もだ。


「この日記は真実味を帯びているが……そうだな。たとえばこの日記は本当に領主の妻が書いたものなのか? 誰かが個人を追いつめるためにそれらしく――」


「母が嘘をつくなど有り得ません!」


 まずいっ。


 アルマのことをユミス様に託して私が話を続けよう。


「きみの仲間は平気か? 『母』と言っていたが……」


「自分の提示した物証を否定されたので錯乱しているのでしょう。気にしないでください」


 ライツさんが慎重になるのは当然だ。


「要するにこの日記の筆跡が、領主の妻であるアマリア婦人のものであればいいんですね」


「そうだな。それを証明するのはきみでも難しいだろうが」


「そのくらいなら、なんとかなります。あと、ゲルルフが主を殺害するときに使用した毒薬も見つけた方がいいですね。できれば彼が所持していたことまで証明するのが最善かと」


「そこまで物証がそろえばゲルルフも反論できないだろう。俺たちも街道の封鎖などで多大な被害を受けてるんだ。鉄拳を食らわせた程度では収まらん。どうか、きみたちの方でも調査を続けてくれ」


 言われなくても。アルマを不幸にした張本人を懲らしめてやるのだ。


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