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第67話 アルマの母が遺したもの

 陽がまた昇るのを待って、私はアルマを連れて彼女が以前に暮らしていた家を訪ねた。


 先に冒険者ギルドに寄り、アルマの父とベイルシュミット家の情報をそろえてもらえるように依頼をしておくのを忘れない。


「わたしが前に母と住んでいた場所には、もう何も残ってないと思うけど」


「でも何か手がかりがあるかもしれない」


 アルマの母さんが何かを書き残していれば、重要な手がかりになるかもしれない。


 アルマが前に住んでいたのは、グーデンの外れにある一軒の小屋だ。


 放置されている林の中に木造の小さな建物が佇んでいた。


「前に住んでたのは、ここ。誰も住んでなかったから、一時的にお借りしてたの」


「ここは誰かの家というより、狩人や冒険者が使う休憩所か何かなのかな。人が住むにしては狭すぎる」


 今にも倒れそうな小屋だ。


 扉の木材も腐っている。


 室内もかなり荒れ果てている……というよりゴミが散乱している。


 いつから放置されていたかわからない布片やロープ、割れた食器、脱ぎ捨てられた服、足のなくなった椅子やテーブル。


 一歩を踏みしめると埃が立って視界を妨げられた。


「こんなところに住んでたの?」


「うん。向こうに散らかってるのは、わたしたちが来る前から置かれてたものだから、誰のものだかわからないけど」


 あんな広くてきれいな屋敷から引っ越すにしては、あまりにひどい部屋だ。


「アルマの母親の遺品のようなものは、これといってなさそうじゃがのう」


「わたしは母と着の身着のまま屋敷を出ていってしまったので、持ち物がほとんどなかったんです。何度も屋敷に戻ろうと言ったのですが、母は死ぬまで取り合ってくれませんでした」


 そこまでしてアルマの母さんは屋敷に戻りたくなかったのか。


「それほど強い思いがあったということは、屋敷でかなりのストレスを抱えておったのじゃな」


「はい。今にして思えば、父が死ぬ直前くらいから母の様子はおかしくなっていたように感じます」


 とりあえず部屋の中を物色してみるか。


 床に転がっているのはゴミばかりだ。


 アルマが母さんとここに訪れる前からあったものだから、このゴミはまるで手がかりにならない。


「埃が、すごいの」


「はい。だから、あんまり動かしたくなかったんです」


 口と鼻を隠す布を用意してくればよかった。


 ゴミと埃しかない小屋の中できらりと何かが光った。


「なんか光ったぞ。硬貨でも落ちてたのか?」


 倒れた椅子とテーブルの隙間に手を伸ばす。


 私の指がつかんでいたのは金の指輪か?


「これはアルマの母親がつけていた指輪じゃないか?」


 小さなルビーがつけられた指輪をアルマに渡す。


「この指輪は……母が身につけてたものかもしれない」


「きっとそうだよ。持って帰ろう」


 他にもペンダントのような貴金属も転がっている。


「アルマの母さんの遺品がけっこうあるぞ。これを売ればアルマは独りで生きていけたんじゃないか?」


「あっ、そっか」


「でも、今はもう売る必要がないから、アルマが持っておいた方がいいよ」


 貴族が身につけている宝石やアクセサリはかなり高価だと、誰かから聞いたことがある。


 ものによっては土地が買えてしまうほどの値段らしいが、これらの遺品もそうなのだろうか。


「アルマの母はなぜこのようなものを所持しておったのに、処分して生き永らえようとしなかったのか。不思議じゃな」


 ユミス様の疑問は最もだ。


「母は、きっと生きる気力を失ったんだと思います」


「生きる気力を……?」


「母は父と暮らしていて、とても幸せそうでした。ケンカすることも何度かありましたが、母は心の底から父が好きだったのだと思います」


「その父親が突然いなくなってしまったから、生きる意味や目的を失ってしまったのか。愚かな。可愛い娘がいるだけで充分に生きる意味はあるというのに」


 私も母を失ってるから、アルマの悲しみはよくわかる。


 部屋の隅の脱ぎ捨てられた肌着をどかすと魔導書のようなものが出てきた。


「この魔導書はなんだ?」


 紙の書物は高価だが、アルマの母親なら持っていても不思議ではないか。


 金の装飾が施された表紙をめくると、日付と文章が羅列されているページが現れた。


「ヴェンよ、どうしたのじゃ?」


「これは魔導書じゃない。日記か?」


 他人の日記を勝手に読むのははばかれる。


 中身はアルマに確認してもらおう。


「これは、母の文字……」


 アルマの瞳が少しふるえている。


 母親の日記を抱えて、一ページずつゆっくりと読み込んでいる。


 貴族の暮らしはどんな感じなのか。


 どんな内容が日記に紡がれているのか、すごく気になる。


「アルマの母がどのようなことを書き残したのか、とても気になるのう」


 アルマが読み終わるまで待つしかないか。


 彼女は物悲しそうに紙面をめくっていたが、弱々しい表情が次第に変わりはじめた。


「そんな。まさか……」


「アルマよ。どうかしたのか?」


 アルマが少しよろけて、日記をぱたりと閉じた。


「何か重大なことが書かれてたのか!?」


「ヴェンよ、落ち着くのじゃ!」


 すべての手がかりをアルマの母が書き残してくれていたのか。


「父を殺した人が、わかってしまったかも……しれない」


 アルマが差し出した日記を受け取った。



  × × ×



  石榴せきりゅうの月二十二日


  何度も断っているのにゲルルフは諦めてくれない。


  わたしは主人しか愛していないというのに、あの人は何もわかってくれない。


  ああ、どうすれば彼の気持ちを断ち切れるのだろう。



  紫水しすいの月八日


  ゲルルフに言い寄られていることを主人に話した。


  けれども主人はまったく取り合ってくれない。


  ゲルルフは主人が一番信頼している人だから、わたしが何を言っても「あいつがそんなことをするはずがない」の一点張り。


  あの人の頑固なところにもいつも頭を悩まされる……


  あの人しかゲルルフを止められないのに、どうすればいいの?



  紫水の月十二日


  エクムント様にも一応話をしてみたけれど、やはり取り合ってくれなかった。


  わたしたち家族の問題になんて首を突っ込みたくないものね。


  ゲルルフはアルマに言い寄っていないから、まだ大丈夫。


  あの子にだけは手を出させないように、わたしがしっかりと見張ていくしかない。



  水宝すいほうの月二十七日


  ついに、アルマに言い寄るとゲルルフが言いはじめた。


  わたしが応じなければアルマを自分のものにすると……!


  なんて悪魔なの!?


  あの人から信頼されているのをいいことに、無礼極まりない。


  あの悪魔を殺してでも、アルマはわたしが守る。



  翠緑すいりょくの月三日


  あの人が、いなくなってしまった。


  臣下もメイドたちもエクムント様があの人を毒殺したのだと言っているけれど、それは絶対に違う。


  あの人を殺したのはあの悪魔よ。


  わたしとアルマを自分のものにするために、悪魔はあろうことか主人を亡き者にしたのだ!


  ここにはもういられない。


  わたしもアルマも、あの悪魔の餌食になってしまう。


  ああ……あなたのようにわたしも強ければ、アルマもお屋敷も守り通すことができるのに、女で生まれてしまった自分が憎い。


月の名称は過去作で使用していたものを流用します。各月の対応は次の通りです。


一月……石榴せきりゅうの月

二月……紫水しすいの月

三月……水宝すいほうの月

四月……金剛こんごうの月

五月……翠緑すいりょくの月

六月……月長げっちょうの月

七月……紅焔こうえんの月

八月……橄欖かんらんの月

九月……蒼穹そうきゅうの月

十月……太白たいはくの月

十一月……黄白おうびゃくの月

十二月……藍青らんせいの月

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― 新着の感想 ―
[良い点] むむむ。アルマのお母さんはゲルルフに狙われていたんですね。 お父さんに信じてもらえなかったのが残念です(涙) ゲルルフは本性を見せずによほどうまくやっていたんでしょうね。 ひどいやつです。…
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