第63話 アルマが暮らしていた屋敷へ
一日ほど休養して厩から一頭の良馬を借りた。
屋敷の場所をアルマから教えてもらって手綱を引いた。
「アルマは連れていかなくてよいのか? あやつも本心では行きたがってるんだと思うが」
私の背中にユミス様が張り付いている。
「今回は視察だけです。それにアルマが屋敷に戻ったら騒ぎになりますから、却って危ないです」
「そうじゃが……あやつがかわいそうではないか」
昨日、アルマと話して一人だけ留守番をしてもらうようにした。
私の提案を聞いても彼女は嫌そうな顔をしていなかったが。
「そうなんですかね。何か特別な事情があって屋敷を出ている訳ですから、並大抵の気持ちで屋敷には戻れないんじゃないかと思っていましたが」
「そうかもしれんがのう。難しい問題じゃな」
神様でも難しいと思うことがあるのか。
「まぁ、それはそれとして、ヴェンとこうして二人でいるのはひさしぶりじゃのう」
「アルマを邪魔者扱いしないでくださいよ」
「ほほ。そんなことは言っておらぬが――」
後ろから抱きついているユミス様の身体がもぞもぞと、変な動きを――
「変なところ触ろうとしないでください!」
「おほ? 変なところというのは、具体的にはどこじゃ?」
「全部ですっ。いたずらするんだったら落としますからね」
街道をしばらく馬で駆けるとサイクロプス狩りの駐留地点に差しかかった。
サイクロプスたちを倒したばかりで、この地の守備兵たちはまだ解散されていないらしい。
「やあ、ヴェンツェル。よく来たな」
街道を封鎖している兵たちと話していると、サイクロプスのように大きい部隊長殿が出てきてくれた。
「ひさしぶりだな、部隊長殿」
「この地はお前たちのはたらきのお陰で、もうすっかり平和だぞ。魔物の一匹すら出てこない。それなのに、馬になんか乗ってまだ用があるのか?」
「ええ。旧ベイルシュミット男爵の屋敷を尋ねようと思っているのだ」
部隊長殿が眉をぴくりと動かす。
「ベイルシュミットというのは、この地を守ってた貴族だな」
「ああ。男爵様はすでに亡くなっていると聞いているが、代わりにこの地を治めている方から話を伺いたいと思っているんだ」
「そいつらに今回のサイクロプスの件を思い知らせてやろうということか。ま、当然だな」
この人もサイクロプスにだいぶ手を焼いていただろうからな。
「あなたは旧ベイルシュミット男爵の屋敷の場所を知らないか? 詳しい場所がわからないんだ」
「俺は知らんが、部下の誰かが知ってるかもしれん。聞いてくるから、ちょっと待ってろ」
部隊長殿は口が悪いが、意外と親切なところがある。
「あの者もヴェンには頭が上がらぬようじゃな」
「私は一応、この地を静めた功労者ですからね」
部隊長殿が部下から屋敷の詳しい場所を聞いてきてくれた。
礼を述べて街道をどんどん西へ進んでいった。
「この辺りに山道へと続く分かれ道があるんじゃな?」
「はい。木の立て札と大きな切り株があるという話ですが」
アルマが住んでいた屋敷は山の中腹にあるらしい。
細い川にかかる橋を渡り、森にはさまれた道を進んでいると看板らしきものが遠くに見えてきた。
「あの看板ですかね。目印は」
「止まって様子を見てみるかの」
馬を近くの木のそばに停める。
大きな木の板でつくられた看板は苔が生えて文字がほとんど読めない。
「右と左に分かれた道を説明しているようですが、これでは文字が読めないですね」
「さっきの大きい人間はどっちに曲がればよいと言っておったのじゃ?」
「部隊長殿のことですか? 彼の部下の話だと、あの地点からさらに北西へ向かった先に山があると言ってましたが」
私たちは西へ向かっている。
北西にアルマの屋敷があるのだとすれば、この道を右へ曲がればよいのか。
「この道を右へ曲がりましょう。そうすればアルマの屋敷がある山へと向かうはずです」
「わかった。お主の勘にまかせるぞ」
* * *
右の道を進むとゆるやかな勾配の坂へと続いていた。
急な曲がり道をいくつか超えていくと森の拓けた場所へ出た。
「ここか?」
「アルマの住んでた屋敷へ着いたのか?」
山の中腹の広い場所を庭にしているようだ。
残した木々を垣根にして、自然と調和した石の屋敷が眼前に現れた。
「モットル男爵が暮らしている屋敷と同じくらいの規模だ。ここで間違いないでしょう」
近くに馬を停めて屋敷を眺める。
かなり昔に建てられたのか、この屋敷もレンガの壁が一部だけ苔に覆われている。
しかしあえてつけた苔なのか、汚らしい雰囲気ではなかった。
「あそこに馬の形をした遊具があるの。アルマはあそこで遊んでおったのかの」
ユミス様が指しているのは古い木馬だ。
「だいぶ汚れて、もう使えなそうですね」
「強い雨風の下に長い間さらされておったのじゃろうな」
この屋敷をどうやって調べるか。
外から眺めているだけでは何もわからない。
「とりあえず中へ入ってみるのか?」
「ええ。忍び込んでいろいろ調べたいですが、まずは普通に正面から訪問しましょう」
鉄柵の門の前に置かれた呼び鈴を鳴らす。
しばらくして屋敷の重たい扉が開いてメイドの女性が現れた。
「こんにちは。どちら様でしょうか?」
「こんにちは。私は旅人のヴェンツェルと申します。ナバナの方から馬で走ってきたのですが、途中で道に迷ってしまいました。すみませんが、ここはどの辺りになるのでしょうか?」
「ここはカルフ山の麓になりますが」
「カルフ山というのは、どの辺りになりますか? 村や街はこの近くにあるのでしょうか?」
この割と年配のメイドの女性は地理にあまり明るくないようだ。
私が適当にごねると返答に窮して、すっかり対応に困惑してしまったようだ。
「遅いぞ。どうかしたのか?」
屋敷の扉を開けて別の男性が出てきた。
青の裾の長いチュニックを着て、肩から下げた剣帯に黄金の剣を取り付けている。
髪は短く整えられて、貴族の威厳を示すようにヒゲを鼻の下に生やしていた。
「突然に訪問してしまって、すみません。あなた様が領主様でございましょうか?」
「私は領主ではないが、あなたは誰だ?」
「失礼しました。私は諸国を旅してますヴェンツェルと申します。横にいるは妹のユミです。遠方から参ったためにこの周辺の地理に疎く、道を尋ねた次第です。あと勝手なお願いとなってしまうのですが、よろしければ食事を少し分けていただけますでしょうか? 前の街を発ってから三日間、何も口にしておりません」
この男はアルマの父さんの臣下か。
「あー、わかった。昼の残りがまだ台所にあったと思うから、それでよかったら食べていきなさい」
「ありがとうございます! これで露命をつなぐことができます」
この御仁は悪い人には見えないな。
「食事を済ませたらすぐに帰るのだぞ。おい、この二人を客室に通してやれ」




