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第62話 邪神の気配

「邪神ですか? すみませんが、私は詳しくありません」


 この国の伝承で数多の神が登場する。


 主神で太陽を司るヴァリマテ様に、大地と農耕の神ラーマ様。


 海と漁業を司るウセクルス様に、金と商業の神様であるサウレ様。


 ユミス様も当然、偉大な神様のひと柱だ。


「神は人間が信仰する者たちばかりではないのじゃ。魔物たちもヴェンやアルマと同様、神を信仰しておる」


「魔物たちも……?」


「それが邪神なんですか?」


 静かになった森をユミス様がゆっくりと進んでいく。


「そうじゃ。彼らは元々わらわたちの同胞であったが、邪を好み、強大な負の力でエネルギーを一気に高められる厄介な存在なのじゃ。彼らは父上の力をもってしても止めることが難しい」


「ヴァリマテ様のお力をもってしてもですか!?」


 それは由々しき事態だ。


「闇の力というのは実に厄介での、光と違って一瞬で力を増幅させてしまうのじゃ。人間たちが善の気よりも邪気に支配されやすいようにの。そして、この力が魔王を生み出す源になってしまうのじゃ」


 だから、何度倒しても魔王がどこかで生まれてしまうのか。


「邪瘴というのは闇や毒、人間たちが持つ負の感情などがかさなりあって生み出される。この毒は人間や動物にとって悪いものでしかないが、厄介なことに魔物たちはこの毒を吸い込むことで力を高めてしまうのじゃ」


「邪瘴と魔王が生み出される仕組みのことですね。以前にもアイムの洞窟でお聞きしました」


「そうじゃったかの。邪瘴はそれ単体で猛毒となるが、一匹の魔物が邪瘴をがんばって吸収しただけでは魔王にはならん。それを助長するのが邪神なのじゃ」


 邪神……


「奴らもたくさん存在しているが、とりわけ厄介なのが破壊を司るディエヴルスと闇を司るペルクナスかの」


「ディエヴルスとペルクナスですか。初めて聞きました」


「人間たちが古代から伝える逸話では単に『邪神』としか書かれておらぬのであろうな。ディエヴルスは奴らの親玉じゃから会うことはないじゃろうが、ペルクナスの方はよう動くから、そのうち出会ってしまうことがあるかもしれぬな」


 部隊長に戦果を報告して帰路につく。


 クエを短期間で達成したのに手放しで喜べなかった。


「邪瘴というのは単なる毒じゃ。それ自身に意思はないから、あのように一箇所に集まることは異例なのじゃ。戦場などの邪念や闇の力が集まりやすい場所はあるがの。じゃが、神が介入しているというのであれば話は別じゃ」


「それではあの黒い太陽を破壊の神か闇の神がつくり出したというのですか!?」


「そう考えるのが妥当じゃとわらわは考えるがの。怪しいのはペルクナスの方であろうな。あやつはいつの時代も人間たちの世に現れて、いたずらばかりするしょうもない奴じゃからの」



  * * *



 ギルドに帰ってサイクロプスを絶滅させたことを報告した。


 サブマスのライツさんから次の高難度クエを紹介したいと言われたが、戦いで負傷したことを理由に少し休養するように伝えた。


「ヴェンツェル、次のクエは受けないの? 負傷なんてしてないと思うけど」


 以前に立ち寄った公園でベンチを探す。


 子どもを連れた家族が何組かいたが、公園内の遊具から離れた場所にあるベンチはいくつか空いていた。


「負傷はしてないけど、他にやりたいことがあってね」


「他にやりたいこと?」


「気にならない? アルマのお父さんの跡を誰が継いだのか」


 アルマが目を見開いた。


「今回のサイクロプスが狂暴化した件は、その後継者にほぼすべての責任があると言っていい。だって、そうだろう? アルマのお父さんが土地を守ってたときは、あの近隣の村や農場が滅ぼされることはなかったし、街道だって封鎖されていなかったんだから」


「そうかもしれないけど、お父様の後継者を探してどうするの? わたしには、どうしたらいいのか……」


「もしやヴェン。またもやお主は報復を計画しておるのか?」


 ユミス様は報復や復讐を嫌っているんだった。


「まだ、そこまでは考えていません。私自身はその後継者に特別な恨みがある訳でもありませんからね」


「ならばアルマをそそのかす必要はなかろう。言うておくが神の世界では復讐は立派な悪事なのじゃぞ」


 神の世界では復讐が悪いことだったのか。


「そそのかすつもりなんてありませんよ。でも、二人とも気にならないんですか? アルマのお母さんが言うには、お父さんは誰かによって殺されたらしいんですよ」


 私だったらこの不可解な状態で放逐したくない。


「お主の言うことも一理あると思うがのう。アルマはお主のように強い意思をもってる訳ではないのじゃ」


「そうですね。ではアルマに決断してもらいましょう」


 アルマが過去と向き合いたくないというのであれば、この話は終わりだ。


 アルマはうつむいて、なかなか決断できないようであった。


 遠くで母に抱かれている子どもを物憂げに眺めていたが、


「わたしも、知りたい。どうして、こうなってしまったのかを」


 つぶやくように意思を示してくれた。


「復讐とか、そういうのはわからない。だって、父はもしかしたらご病気で亡くなったのかもしれないし、母の言っていたことをわたしが聞き間違えたのかもしれないから。でも、どうしてわたしはあのお屋敷から出なければならなかったのか。それだけはずっと気になってた」


「男爵の娘としてずっと暮らしていれば、今のように苦労することはなかっただろうからね」


「ううん。それはいいの。わたしはあなたとユミス様に支えられて、お師匠様にもたくさんのことを教えていただいて、大変だったけどこれまで一度も感じたことのない充足した毎日だった。だけど……だけど、ずっと屋敷で暮らしてたらお母様は亡くならなかった」


 私も母を病気で亡くしたから、身内を失うつらさはよくわかる。


「わたしがどんなにがんばっても、お母様はもう戻ってこない。お父様も。だけど、どうして二人ともこの世を去ってしまったのか、それを知らないままでいたら、わたしはきっと後悔する。だから、知りたい」


 アルマは立派だな。


「見事じゃ。その思い、わらわが受け取った」


 ユミス様も感心しておられた。


「お主の父と母もきっと天上で寂しがっていることじゃろう。ヴェンとともに真実を明らかにするのじゃ」


「はい」


「ヴェンよ。そなたの深謀もしかと受け止めた。しかし、これからどのように行動するのじゃ? 具体的な予定や計画を考えておるのか?」


「実はあまり考えられていません。サイクロプスと戦ってきたばかりですから。ですけど、まずはアルマがかつて暮らしてた屋敷を尋ねてみればいいんじゃないですかね?」


「わたしが暮らしてた屋敷に行くの?」


 アルマが動揺しているのがわかった。


「真実を突き止めるためには、まずは情報を集めないと。だけど机上であれこれ会話していても真実は見えてこないから、アルマの屋敷に乗り込んじゃおうかなって思ってる」


「ヴェンは随分と大胆じゃな。じゃが、少々危険ではないか? お主が妙なことをすれば、屋敷の者たちによって捕らえられるやもしれぬ」


 ユミス様の言葉は至言だ。


「そうですね。あまり深入りしないように気をつけましょう」


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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