第61話 邪瘴の歪みを浄化せよ
サイクロプスがいなくなった森は不気味なほど静かだ。
「奴らがいなくても、こえぇよ」
「なんか、その辺から出てきそうだよな」
兵たちはサイクロプスたちの恐怖を植えつけられてしまったのか、森の静けさに怯えている。
「大丈夫だ。奴らは陽動部隊が引きつけてる。こっちには気づかない」
「そうだけどよ……」
「旦那はなんで怖くねぇんだよ」
私だって凶悪な魔物は怖いさ。
「もし現れても私が倒す。皆は慌てないように、深呼吸しながらゆっくり進むんだ」
奴らの本拠地はどこだ?
行けども行けども薄暗い森が広がっているだけで、目印となるものは見つからない。
「しっかし、この森は寒いなぁ」
「すげえ嫌な気で充満してるぜ」
この四肢を締めつけてくる強烈な気配は、アイムと戦ったときのそれと同じだ。
邪悪なこの気配が「邪瘴」という魔物が好む力なのか。
「旦那っ、あれ……!」
「何か見つけたか!?」
兵が指す方向に赤く光る何かがある。
三体のサイクロプスに守護されているあれが黒い太陽か。
「すげぇ……」
「ほんとに黒い太陽だな」
赤黒く光る物体が宙に浮いて妖しい光を放ち続けている。
妖艶なその光から不吉な気配しか感じないはずなのに、なぜか魅入ってしまう。
「あれが、あいつらを狂暴化させたのか?」
「おそらくな」
洞窟のちいさな入り口くらいの大きさしかないが、光を放ち続けるその球体は太陽そのものだ――
「ひ……っ」
パキッ、と小枝の折れる音が暗闇に響き渡った。
「あっ、バカ!」
寝静まっていたサイクロプスたちが起き上がる。
獅子の咆哮のような叫び声を発してこちらへ近づいてきた。
「あわわわわ……」
「作戦開始だっ。武器をとれ!」
サイクロプスたちが巨大な斧を振り回してくる。
地面を抉るたびに轟音が森の静寂を劈いた。
「こいつらに食らわせるのはライトニングがいいか」
水と風の力を合わせて雨雲を発生させる。
「しねっ」
魔力を注いで天から光の鉄槌を振り下ろした。
「うお……っ」
光の雨が森の木々ごとサイクロプスたちを焼き焦がす。
敵が絶命して一帯は焦土を化したが――
「す、すげぇ」
「でも、あの太陽は残ってるぞ!」
かなり力を注いだのにあの物体が破壊できない!?
「どうなってるんだっ」
「旦那ががんばっても壊せねぇんじゃ、どうすれば……」
黒い太陽の輝きがより強くなる。
黒い光が一帯に放射されて……息が、苦しいっ。
「ぐお……っ」
「なんだこれっ」
邪瘴が集まった何かが発する力は、私たちにとっては毒だ。
「あそこでなんか動いてるぞ!」
黒い太陽の下。
絶命したはずのサイクロプスたちが……動いている?
「あいつら、まだ生きてるぞ!」
サイクロプスたちが立ち上がって腕を……全身が黒く変色している。
「うわぁ!」
雷によって焦がされてしまったからではない。
「邪瘴という猛毒が奴らの身体を変色させてしまったのか!?」
サイクロプスたちが暴れて地面に穴を開ける。
兵たちを殴り飛ばして戦場が――やめろ!
「ちっ!」
極大のアクアボールをサイクロプスにぶつけて、吹き飛ばした隙に三枚のエアスラッシュで全身を八つ裂きにした。
「だんなっ」
いつの間にか背後をとられていたかっ。
絶叫するサイクロプスが両手を頭上で組んで強烈な攻撃を仕掛けてくる。
横に飛んで直撃を免れたが衝撃まで殺すことはできなかった。
「やらせるかっ」
魔力を集めて一枚の大きな真空の刃を形成する。
高速で飛来する刃が敵の胴を真っ二つにした。
「残りは一体のみ」
雨雲を使役して一本の極大の雷を落とし、残りのサイクロプスも絶命させた。
* * *
アルマとユミス様が引きつけてくれていたサイクロプスたちを背後から攻撃し、挟み撃ちで彼らを撃退した。
勝利の余韻に浸る間もなく二人を引き連れて、あの黒い太陽が佇む場所まで戻った。
「なに、これ……」
アルマも黒い太陽の異様さに言葉を失った。
「ユミス様。これがユミス様のおっしゃっていた邪瘴の集合体ですね」
「そうじゃ。正確には『邪瘴の歪み』じゃ。この一帯に漂っておる邪瘴を一箇所に集めてつくられた、魔物たちの力の源じゃ」
この力のせいで近隣の村は滅んだのか。
「邪瘴というのは厄介での。このように一箇所に集まって空間を歪めてしまう性質があるのじゃ。邪瘴の歪みに魔物たちが吸い寄せられて、強烈な邪瘴を吸い取った魔物たちが急激に力を強めてしまう……何千年もの前から延々と続けられておる自然の摂理じゃ」
「アイムのときと同じような現象ですが、彼は力を高めるのにかなりの歳月を要しました」
「あやつが籠っていたあの洞窟にもこれがあれば、あやつはもしかしたら魔王に変貌してたかもしれぬのう。もっとも、これの力を取り込んでもすぐに魔王が生まれるわけではないが」
そんなに怖ろしい存在なのか。
アルマが一歩前に出た。
「では、ユミス様。どうやってこれを消滅させるのですか。ヴェンツェルが雷の魔法を使っても消せなかったんですよ!」
「ほほ、簡単じゃ。この邪瘴の性質は闇。闇を打ち消すのは光じゃ。光魔法のピュリファイを使えばすぐに浄化できるじゃろう」
雷は光でも闇を浄化する性質はないのか。
「アルマ。お主はあのウル族から光の魔法を教わっていたじゃろう。お主がわらわをサポートするのじゃ」
「光の魔法は……たしかに教わりましたけど、わたしが習得したのは初級ですよ」
「初級で充分じゃ。メインはわらわが担当するゆえ」
アルマとユミス様が邪瘴の歪みを取り囲んだ。
「……天に住まう神と光を司りし純粋なる神たちよ、邪と毒に侵された不浄を打ち消せ、ピュリファイ!」
アルマが両手を向けて、つぶやくように呪文を唱えた。
邪瘴の歪みの下に金色の魔法陣が発生し、神聖な光が邪瘴を包み込んだ。
「よいぞ。そのまま、力をゆるめてはいかん」
「はいっ」
アルマが放つ神々しい光が陰鬱な森の一点を清めているように感じる。
「ふむ。では、そろそろよいかの」
ユミス様が眠たそうな声で右手の人差し指を向けた。
かっ、と極光が全身を突き抜けて、辺り一面が光に包まれた。
「す、すごい!」
「アルマよ、力をゆるめるなと言うておろう」
「は、はいっ」
ユミス様の力は計り知れない。
暖かい光に包まれていた時間はあっという間に過ぎて、元のうす暗い森の中へ戻された。
「大きな邪瘴が、消えた?」
邪瘴の歪みが消失していた。
「すごいっ、ユミス様!」
「ほほ。アルマががんばってくれたお陰じゃ」
いやいや。圧倒的にユミス様のお力でしょ。
「これで、この地も平和になるじゃろう」
「はい。ありがとうございます、ユミス様」
「うむ。じゃが、喜んでおる場合ではないのう」
ミッションコンプリートしたのに、まだ懸念すべきことがあるのか?
「ヴェンよ。お主は魔物たちが崇拝する邪神を知っておるか?」




