第59話 サイクロプス討伐へ
「ああいう小難しい話はすべてヴェンにまかせるのが一番じゃな」
ギルドハウスを出てユミス様があくびをした。
「サイクロプスのところまではわかったが、その後はよく理解できなかったのう」
現地に向かう前にアルマとよく会話をしなければ。
「どうかしたのか? お主ら二人とも神妙な顔つきになりおって。サイクロプスがそんなに怖いのか?」
「ああ、いや、そういう訳ではないのですが」
「だったら、もっと気楽に構えていればよかろう」
アルマもふさぎ込むように考えているな。
「アルマ、そこで少し話を聞かせてほしい」
「はい」
宿まで戻るのは面倒だ。
近くの公園を探して空いているベンチに腰かけた。
「サイクロプスが暴れているという西の土地を治めていた領主というのはアルマのお父さんだよな?」
「はい」
「今まではお父さんが凶悪な魔物を退けていたけど、お父さんが亡くなって魔物の被害が広がった。こういう経緯で間違いないな?」
「うん。ヴェンツェルのその考えで合ってると思う」
やはりか。彼女の問題がこんなところで尾を引くとは。
「なぬっ、ではサイクロプスが暴れているという西の土地は、元々アルマの土地じゃったということか!?」
「はい……正確には父の土地でしたが」
ユミス様もやっと状況を理解してくれたようだ。
「それは由々しき事態じゃ。早く村の者たちを助けにいかなければ」
「はい!」
その前に状況を整理するんだ。
「アルマ。不躾になってしまうんだけど、お父さんが亡くなったのっていつ頃?」
「お父様が亡くなったのは、ヴェンツェルと会う前だから……もう半年は経つと思う」
「半年か。アルマはお母さんと屋敷を出たと言ってたけど、西の土地は今、誰が治めてるのかな」
アルマからの返答が途切れた。
「わからない?」
「うん。その……わたしは土地のこととか、そういう話は一切聞かされてなかったから……」
男爵の令嬢だったら、そうだろうな。
「ヴェンよ、お主はさっきから何を考えておるのじゃ?」
「ユミス様。今回のクエはおそらく魔物の単純な討伐にはならないと思います」
「アルマの家の事情が絡んでるということか。ううむ……」
領主がたとえ急に亡くなっても代わりの統治者はいるはずだ。
「アルマのお父さんに配下や家臣は何人くらいいた? その中で一番力をもってる人がお父さんの代理を務めてるはずだけど」
「ごめんなさい。わたしにはわからないわ。父の家臣の方は何人かいたと思うけど、名前までは……」
「いや、いいんだ。細かい部分はこれから調べていけばいいから」
今は別の誰かが統治しているとして、次に気になるのはお父さんが亡くなった理由か。
しかし、アルマに直接聞くのははばかれるなぁ。
「お母さんから、何か聞いてないかな。お父さんのこと」
「お母様、は……」
「お母さんもその、亡くなっちゃったんだと思うけど、アルマに何か話してたんじゃないかなって」
親が亡くなった話なんてしたくないよな。
「母は、殺されたんだって、言ってた。父が」
「お父さんが殺された? 誰に?」
「そこまではわからない。でも、だからもう、お屋敷には住めないんだって……」
これ以上は聞けないな。
「ヴェンよ、このくらいでもうよかろう。アルマが苦しんでおる」
「そうですね。わかりました」
「しかし気になるのう。殺されたというのは、どういうことじゃ。このようなときに限って嫌な予感がしてくるとは……」
* * *
次の日、ギルドに道案内を頼んで現地へと向かった。
兵たちが駐留している場所はナバナ平原の中継地点よりもはるか手前だ。
「この地は元々農村であった場所じゃな。建物がすべて壊されておる」
「はい。向こうはきっと畑だったんでしょう。酷いことを……」
弱い農民を痛ぶる者たちは、どのような者であっても許すことはできない。
「それで、これからどうするのじゃ?」
「この現場を指揮している部隊長がいるらしいです。その人に会いましょう」
村の広場だったであろう場所に白いテントが建っている。
「軍用のあの大きなテントか」
見張りにギルド証を見せてテントの中へ入った。
「お前が次に派遣されてきた賞金稼ぎか。はん、弱そうだな」
部隊長殿は横柄な態度が目立つ小者か。
「水と風の魔法を専心しています、冒険者のヴェンツェルと言います」
「はぁ? 水と風だぁ? そんな弱っちい魔法でここの魔物が倒せると思ってんのかっ。だいたい、冒険者というのは――」
話をする気が失せたので、最前線だという南東の森の場所を聞いて別れを告げた。
「外からもうるさい声が聞こえてきたのう」
「ヴェンツェル、わたしたちはどこに行けばいいの!?」
「ここから南東に行った先が戦いの最前線らしい。今からそこに――」
「サっ、サイクロプスが出たぞぉ!」
なんというタイミングの良さ。
「行こう!」
サイクロプスは人間の二倍以上の背丈を誇り、巨大な斧や鉈のような武器を操るらしい。
オーガなどと同じ巨人タイプの魔物だが――
「怯むな、い、いけぇ!」
向こうの森から怒鳴り声が聞こえてくる。
「う、うわぁ!」
「逃げるなぁ。戦……っ」
熊のような低い唸り声はサイクロプスが発しているものか。
「ヴェンよ、あそこに先制攻撃じゃ!」
「まかせてくださいっ」
先手はモーメンタリストームだ。
「くらえ」
右手を出し、背後の広範囲の気流が強い力で押し出される。
「な、なに!?」
突風が高速で駆け抜けてサイクロプスを倒れた兵ごと吹き飛ばす。
「すごい……っ」
「ほほ。この程度なら序の口じゃ」
サイクロプスの実力はおそらくカイザーグリフォン以下。
アルマを加えた三人パーティなら軽々と撃退できるはず。
「アルマ。きみが私たちの前に立つんだ」
「えっ、わたしが……?」
「きみはタンク……私たちの盾だ。その大きな盾で敵の猛攻を防ぐんだ!」
初の実戦がサイクロプスというのはかなりハードだが、クエや敵を吟味している時間と余裕はないっ。
「わ、わかった。やってみる!」
「わらわがバフをかけてやるゆえ、案ずることはない」
ユミス様がアクアガードをかければ鉄壁の完成だっ。
森の木陰に潜んでいるのは何体だ。
三……さっき倒した奴も含めれば四体か。
「さぁ、こい!」
盾を構えるアルマにサイクロプスたちが殺到する。
「おい、あの女っ」
「一人であいつらの攻撃を受けるっつうのか!?」
「無茶だっ、逃げろ!」
兵たちはどうやら横柄じゃないようだ。
「うがぁ!」
サイクロプスが柱のような鉈を振り下ろす――アルマ!
「くっ」
左手でガードして……サイクロプスの攻撃を受け止めた!
「はっ!」
アルマが後ろに跳んでランスを構える。
あの突撃の構えは……ラピッドランス!
「バルタ先生から教わったスキルで、お前たちを倒す!」
アルマの全身から光が放たれたような気がする。
全力の突撃がサイクロプスを突き飛ばした。




