第55話 アルマの新たな希望
この話から数ヶ月単位で時間軸が変わっていきますのでご注意ください。
アルマがバルタザール熱血教師の門を叩いて三ヶ月が経った。
「アルマよ、引くなっ。俺の隙を突いて反撃してこい!」
「はい!」
アルマはバルタ先生のしごき……じゃなくて厳しい鍛錬にもめげずにレベリングを続けていた。
「アルマは大した奴じゃ。あのしごきに耐えて未だに修練を続けておる」
「大したもんですね」
二ヶ月の筋力トレーニングで身体は少しずつ鍛えられてきたらしい。
三ヶ月目に槍スキルの初級レベルを十まで一気に習得し、今では実戦の経験を積むために先生と戦っている。
練習用のランスと小盾を使って、毎日毎日よく戦えるな。
「よいか。ランスを扱うことばかりに気を取られてはいけない。盾だ。盾をいかに戦術に組み込んでいくかが鍵となるのだ」
「盾を……? どうやって?」
「前にも教えてやったが、復習のためにもう一度教えるぞ。左手で盾を敵に向けて大きく突き出す。そうすることで敵はプレッシャーを与えられて怯みやすくなる。そこに隙が生まれるのだ」
バルタ先生が教えている戦法はランスと小盾を使った防御的な戦法だ。
ランスを地上で使う場合、盾を併用する戦法が一般的なのだという。
両手剣やポールアクスなどの圧倒的な重量と破壊力で敵を蹴散らす武器とは違うようだ。
「このスキルが『シールドプレス』だ。一対一でも多勢を相手にしている場面でも使える良いスキルだぞ」
「わかりました。ありがとうございます!」
まだまだ初級レベル十だけど、アルマはずいぶん立派になった。
枝のようだった身体は健康的になり、程よく肉がついてより美しくなった。
「あのウル族も熱心じゃの。当初は初級スキルの習得だけという話であったはずじゃが、上級スキルまで習得させようとしておる」
「きっとアルマが気に入ったんでしょうね」
アルマは水を吸い込むようにスキルを習得していくから、教えがいがあるんだろうな。
「今日は朝からずっと戦ってるな。昼まで休憩だ」
「はいっ」
疲れていてもアルマの笑顔はきれいなままだ。
「お疲れ。昼までゆっくりメシでも食べよう」
「うん。でも、もうちょっとやれるのにな」
朝からずっと先生と戦ってたのに、まだ動けるんだ。
「無理しすぎるなってことだろう。身体を壊したら元も子もないからな」
「ああ、そっか。そうだね」
今日も草原の真ん中にシートを広げて、ユミス様と三人でお弁当を囲む。
「アルマよ。額から汗がしたたっておるぞ」
「あっ、すみません」
「ほほ。アルマも熱心じゃな。それだけ強くなれば、もうよかろう」
三ヶ月前に比べてアルマはかなり強くなったと思う。
「そうでしょうか。そんな気はまったくしませんが」
「そなたの思いは違うか」
「はい。だって、先生からまだ一本も取れてませんから。先生、強すぎですっ」
バルタ先生って素人目でも強そうに見えるよ。
「それは仕方なかろう。向こうは年季が違うのじゃ。そなたが勝てないのは当然じゃ」
「でも、わたしは勝ちたいです」
静かだったアルマの口からこんな言葉が出るなんて。
「ほほ。そなたもヴェンと同じじゃな。自信がついてくると勝ち気も増してくる。良い傾向じゃ」
「そうなんですかね」
「勝ち気は強すぎても良くはないが、ほどほどにはあった方がいい。修練と上達には欠かせぬものじゃ」
ランスは練習用といえども鋼鉄の塊だ。
持ち上げてみると、なかなか重い。
「アルマはこんな重い武器を片手で使ってるんだなぁ」
「休憩を挟みながら特訓してるから、使えてるだけだよ」
「それでもこんな武器を毎日片手で使ってたら疲れるだろ」
両手だったら使えるかな。
「疲れるね、かなり」
アルマがくすりと笑った。
のんびり食事を摂っていると、アルマがなぜかそわそわし出した。
私を何度か見て、何かを言いたそうにしているようだ。
「どうしたの? アルマ」
「う、うん」
微妙な雰囲気に緊張感が一気に跳ね上がる。
なんだ、この空気。何が待ってるんだ?
愛の告白!? いや、でもユミス様も同席してるんだぞ。
「あの、その……」
「うん」
「もう少し、わたしが強くなったら……わたしもパーティに、加えてほしいです」
えっ、パーティ?
「アルマも私たちと一緒に戦うってこと?」
「うん」
ああ、そういう話か。
「だって、そのためにレベリングがんばってるんだし。いつまでも二人のお荷物になっていたくないから」
そんなことをずっと考えてたんだなぁ。
「どうするのじゃ、ヴェン」
「どうするって、断る理由なんて一つもないでしょ」
するとユミス様がなぜか大喜びした。
「その意気や良し!」
「や、その意気って」
「ほほ。よかったな、アルマよ」
「はい……緊張しましたぁ」
緊張してたのか。これだけのことで。
「実はの、何日か前からアルマから打診されておったのじゃよ。わらわとヴェンのパーティに入りたいと」
「え、そうだったんですか?」
「うむ。じゃがヴェンは冒険者パーティの加入というのかの、それらに難儀しておったから、ヴェンに言うタイミングは気をつけておいた方がよいと、アルマに助言しておいたのだ」
そんなことを二人で話してたのか。
アルマが胸に手を当てていた。
「ものすごく緊張したけど、断られなくてよかった……」
「はは。アルマを断るわけないでしょ」
「え……っ、そうなの?」
「そうだよ。だってアルマの頑張りをずっと近くで見てたし、私も一緒にクエができたらいいなって思ってたから」
こういう気持ちになったら私はパーティ加入しようと考えるんだな。
「でも、アルマが今でも栄養失調で倒れてたらパーティ加入を断ってただろうな」
「あ……」
「それは当然じゃな!」
アルマが私たちと一緒に戦ってくれる。
こんな日が訪れるとは夢にも思っていなかった。
「アルマよ。お主を正式にわらわとヴェンのパーティに加えてしんぜよう」
「あ、ありがとうございます!」
「お主の意気、しかと受け取った。今のお主であれば、わらわたちとともに戦っていける。じゃが、焦るでないぞ。もう少し、ここでレベリングを続けるのじゃ。わらわとヴェンは逃げたりせぬ」
アルマが感極まって涙を流していた。
「ふはははは! そうと決まれば第二ラウンドの開始だなっ、アルマよ!」
後ろで突然声を発したのはバルタ先生!?
……て、先生めっちゃもらい泣きしてる!
「ギルドの講師になって幾星霜、弟子たちにこんなに感動を覚えたことはないぞっ。お前たちの思い、俺もしかと受け止めた!」
「はい!」
「お前を早く仲間たちの下へ送り出してやりたいが、あいにくだがお前はまだランスマスターとして半人前だ。しかし、そこの子どもが言っていたようにお前が焦ることは何一つとしてなぁーい!」
いい人(狼)なんだけど、やっぱり声が大きすぎるんだよ……
「アルマよ。派手なスキルや武功にばかり気を取られてはいかん。最も大切なのは基礎。基本的なスキルの反復にこそ強さと勝利の秘訣があるのだ」
「はい」
「そして仲間を思う強い意志こそが勝利の方程式の最も重要な因子! その思いを強く秘めて、俺にかかってこい!」
「おっ、お願いします!」
アルマがランスと盾をとって先生に向かっていく。
「まだお昼摂ったばかりだぞ〜」
「底なしなほど暑苦しい奴らじゃ」




