第54話 ランスとその先の武の頂へ
その後は先生の庵で座学をすることになった。
ランスが生まれた経緯や、ランスがいかに素晴らしい武器であるかなど、うっかり寝てしまいそうな講義が夕方まで続いた。
「女。お前はなぜ、ランスを習得しようと思ったのだ。力のないお前ならば、ランスより魔法の方が適しているだろう」
熱血親父のこの人は意外と常識的なことも言う。
「わたしは、父上のように強くなりたいんです」
「ほう、ではお前の父もランスマスターだったというのか?」
「はい。父は騎馬に乗り、鋼鉄のランスを手にして凶悪な魔物を倒す、勇ましい方であったと母から伺っています。力をもたない領民を助け、悪を決して許さない、騎士の鑑のような方であったと聞いています」
アルマの声はか細いが意志は強い。
「わたしも強くなってヴェンツェルさんとユミス様をお助けできるようになりたいんです。今はまだ、足手まといですけど……でも、お二人の優しさに甘えているだけの女ではいたくないんです」
「アルマよ……」
そんなふうに、考えてくれてたんだな。
「その意気や良し!」
先生の轟音が静寂を劈いた。
……て、先生泣いてる!
「父母を敬愛する気持ち。仲間に感謝する気持ち。そして弱い己を叱咤する気持ち。そのどの気持ちもランスを扱うに不足なし! お前の気位はもう充分にランスマスターだっ」
「あ、ありがとうございます!」
「意気はよいが、戦士は技術と体力も備えなければならない。お前の尊敬する父がそうであったように、思いの強さだけでは悪を倒せんのだ」
「はい。わかっています」
「高い技術と鍛え上げられた身体、そして強靭な精神力を備えて至高のランスマスターが誕生する。俺はお前の崇高なる意志を受け、お前を最高のランスマスターに導こう。道半ばで脱落するなよ」
「はい!」
暑苦しいけど、この二人は意外と相性がよさそうだ。
* * *
初日の鍛錬が終わったのは陽が落ちた後だった。
「初日からこんな時間まで付き合わされるなんて、とんでもないな」
「わらわの特訓でも、こんなに遅くまで続けなかったの」
帰路を踏む足が重い。
私もランニングと筋トレを付き合わされたけど、続けるのはきついな……
「きついです。けど、嫌じゃないです」
アルマは私よりつらそうなのに、嫌な顔しないんだな。
「つらかったら、いつでも言っていいからな」
「うん。ヴェンツェル、ありがとう」
「あの熱血親父、初日から無茶しすぎだよ。やっとアルマが元気になったんだから、これで倒れられたら、あいつを訴えてやらなきゃ」
「訴えられるのは、困るけど……」
アルマはあの親父の下で修行する道を選んだんだな。
猫のユミス様が私の頭に乗っかった。
「ヴェンよ、余計な口出しは無用じゃ。お主がわらわの門を叩いたように、アルマもランスという武術の門戸を叩いたのじゃ。その修練を邪魔立てしてはならん」
「邪魔なんかしないですよ」
「安心しておれ。アルマはこの程度で倒れたりはせん。貧弱なお主はすぐに倒れそうじゃがの」
「私は、元から槍のレベリングに付き合う気はなかったですからね」
あの親父がまた調子に乗ってきたら、頑として断ってやるんだ。
「アルマよ。ヴェンの言うことも最もじゃ。お主に倒れられたら本末転倒じゃ。無理じゃと思ったら、ためらわずに言うのじゃ」
「はい。わかりました」
「できないと言うのも勇気じゃ。急がなくてもそなたが強くなれる道はたくさんある。ゆっくりと時間をかけて修練を積めばよいのじゃ」
* * *
次の日もアルマは熱血ランス狼野郎のバルタザールの庵を訪ねた。
「ランスを求める女よ、よく来たっ。お前が来るのを首を長くして待っていたぞ!」
「今日も、よろしくお願いしますっ」
「よい挨拶だ。ではまずはランニングだっ」
昨日、あんなに止めたのに結局ランニングするんかい。
「おい、坊主、なんで突っ立ってる。お前も早く来い!」
「ええっ、私は関係ないでしょ――」
「ヴェンツェルも、早く!」
ぐぐっ、アルマの無邪気な笑顔はずるいぜ……
「さぁ、今日も元気よく行くぞー!」
「おおー!」
「お、おお……」
明日からアルマ一人で修行に行かせてもいいよね?
まだ昨日の今日だからアルマも私もすぐにバテてしまったが、バルタ先生は責めてこなかった。
「じゃあ、休んだら筋トレだ」
「はいっ」
熱量は凄まじいけど、バルタ先生の育成プランは決して間違っていない。
身体が出来上がっていないアルマに槍のスキルを学ばせたところで、ろくに習得できないのは目に見えて――
「坊主、何一人で考えている。お前も早く筋トレをやるんだ」
「え……っ。また――」
「ヴェンツェルも、早く!」
ぐぐっ、だからアルマの純粋無垢な笑顔は卑怯だって。
「くそっ、やればいいんだろ!」
つらい筋トレをやりたくないから魔法使いになったのに。
「おおっ、いいぞ坊主! お前もそんなにランスマスターになりたいか!?」
「さすがヴェンツェル!」
女子の黄色い声援があるとがんばれちゃうな。
「ふむ。お前もなかなか筋が良さそうだな。ランスの道を強制はせんが、少しくらい武術に興味をもったらどうだ?」
そんなこと言われてもなぁ。
アルマの鍛錬を先生にまかせて、私は庵の前で休ませてもらうことにした。
「ヴェンは肉体を動かすことに興味が沸かないようじゃのう」
幼女の姿のユミス様が私のとなりで笑っている。
「私は魔法専攻ですからね」
「わらわと出会ったとき、なんとしても魔法を教わろうと必死になっていたときとは大違いじゃ。武術はわらわも詳しくはないが、あのウル族の男の言うことは一理あると思うぞ」
魔法が使えるんだから、武術なんて習得しなくていいと思うけどな。
「はるか数千前、古代人たちも武術と魔法、いずれかの技能を極めんとする者たちが多かったが、武術と魔法の両方を扱う者も少なからずおった」
「だから、私も武術を習えと?」
「急くでない。最近はあまり見かけぬが、武術と魔法の両方を扱う古代人の中で、武術と魔法を合わせた奇妙な技を使う者がおったのじゃ」
武術と魔法を合わせた技?
「どういうことですか?」
「わらわも記憶が定かではないゆえ、ちゃんと説明できる自信はないが、武術と魔法というのは合わせることができるのじゃ」
「合わせるというと、水と風を合わせるような感じなのですか?」
「そうじゃな。たしか剣と火を合わせていたような、そんな曲芸じみた技であったが、二つの違うものを合わせて新しい技を編み出しておった」
そんな技はギルドでも聞いたことがない。
「要するにじゃ。魔法を極めんとするヴェンにも武術を覚える意義があるということじゃ」
「なるほど……と言いたいところですが、それでもやはりつらいトレーニングをしたいとは思わないですね」
武術と魔法を組み合わせるスキルは興味あるけど。
「ここまで話してもお主の興味は引けんか」
「申し訳ないですが、私はまだ魔法を中心に修学していきたいですね。まだまだ覚えてない魔法はたくさんありますし、ユミス様にも勝てていませんからね」
「おほほ。人間ごときが神に勝てるとお思いか。二千年は早いの」
「じゃ、二千年まで長生きさせてほしいですね」
向こうの草原でバルタ先生の大きな声が聞こえた。




