第53話 無駄に熱血なふははははランスマスター
「ふはははは! やっと現れたなっ。武の頂に挑みし者たちよ!」
丘のゆるりとした下り坂を何度か転がり落ちてしまった。
地面に手をついて起き上がると、翠の毛並みに覆われた狼が巨大なランスをとって立ち尽くしていた。
「さぁ、どいつだっ。我に立ち向かいし者は!」
この若干痛い人……いや、狼の亜人? よくわかんないけど、どういう状況?
「あの、あなた様がバルタザール様ですか!?」
アルマがか細い声を振り絞る。
「いかにも。俺がランスマスターのバルタザールだ。バルタでもザールでも好きな名で呼ぶがいい。お前はそこのひ弱な挑戦者の付き人か?」
ひ弱で悪かったな。
「い、いいえっ。あの、その……わたしが挑戦者です!」
アルマ。よく言った。
狼男のバルタザールさんは口を半開きにしてしばらく固まっていた。
「何を言っているか。お前のような女子が我に挑むというのか?」
「はい。挑ませていただきます」
なんだ、この熱血なノリ。
「なんだか面倒くさそうな奴じゃのう」
ユミス様は白猫になって……寝ないでください。
「新たな弟子が来るとギルドからひさしぶりに連絡を受けたから、血をたぎらせていたのだ。それなのにっ、新たな弟子がこんな女子だとぉ!?」
まずいぞ。
滅多にないが、先生が不服を申し立てて指導してくれないパターンかっ。
くっ、面倒な。
こういう場合、不満をもつ先生から理不尽な要求をされるのが大体のお決まりのパターンだが……
「よかろう」
いいんかい!
アルマもずっこけてる。
「あ、ありがとうございます」
「二人して何故こけてる? 俺に指導してもらうのが、そんなに嬉しいのか?」
「はいっ、嬉しいです!」
いやだなぁ、この熱血なノリ。
「ふはははは! よかろうっ」
「お、お願いします!」
狼男の手招きに従ってアルマが庵に入っていく。
「あれは狼の亜人のウル族じゃな」
ユミス様が私の肩に乗った。
「ウル族というんですね」
「あの翠の毛並みが特徴じゃ。ウル族の男は古来から、ああいう暑苦しい者たちであったような気がするな」
「数千年も前からずっとあのノリなんですね……」
ウル族のバルタザールさん……バルタさんでいいか。
バルタさんの庵は鋼鉄の剣や槍がそこかしこに転がっていて、かなり狭い。
斧も小型のものから私の身長くらいに長いものまで、たくさんの種類があって驚いてしまう。
「空いてるところに掛けてくれ。すまんが俺は片付けが苦手なんだ」
でしょうね。
「くだらん話をくっちゃべりに来た訳じゃないだろうから、さっさと本題に入るぞ。女、お前には今日から槍の初級スキルを学んでもらう」
「は、はいっ」
「ランスも槍スキルに含まれる。槍スキルの初級レベル十まで学ぶことでお前はランスの基礎から、ランスの素晴らしさまで一気に学べるということだ。どうだ、血がたぎってくるだろ!」
「はいっ、たぎってきます!」
「ふははははっ、その意気や良し!」
声がでかすぎて耳が痛くなってきた。
「ふむ。お前の意気は俺が知るどんな生徒よりも良いが、お前は身体が細いな。そんなにひょろひょろしていたら至高のランスを振るうことはできん」
「はい……。では、どうすればよいでしょうか」
「この場合、お前が取り得る策は大きく分けて二つだ。己の力を高めるか、魔法などのバフで一時的に高めるか。魔法などのバフはどちらにせよ使うことになるが、特訓の開始直後からバフに頼るのはよくない」
「はい」
「要するに、お前にはこれからしばらく筋力を高めるべく指導をさせてもらう」
バルタさんはただうるさいだけの人ではなさそうだ。
「ふふん、俺がただの声がでかいだけの親父だと思ってたろ」
はい。思ってました。
「はははは。だが安心するがよい。俺はこれでもたくさんのランスマスターを輩出した指導のスペシャリストだ。俺についてくればお前も明後日にはランスマスターだっ!」
新しい弟子が来るのはひさしぶりだって、言ってたような気がするけど。
「そこの坊主、お前もランスマスターになりたそうな顔をしているな」
「わ、私ですか? いや私は、別に」
「ふははははっ、遠慮するな! お前の顔にはちゃぁんと『ランスマスターになりたいです』と書いてあるぞ。素直になれ!」
ほんとになる気はないんだけどなぁ。
「ヴェンよ、そなたもアルマと一緒にランスなんとかになれ」
「ヴェンツェルも一緒にがんばってくれたら嬉しいな!」
うそっ、私も一緒に鍛錬するの!?
「ふはははは。ではさっそく修行だっ!」
来るんじゃなかった……
* * *
熱血ランスマスターの指導の下、熱血鍛錬が開始された。
「さぁ、まずはランニングだっ」
重い外套を脱いで、庵の周りの草原を何周か走るようだ。
「ほれ、俺についてこい!」
「は、はい!」
「なんで私まで……」
草原はゆるいが傾斜がある。
ランニングの場所には適さない気がするけど。
「どうした、お前ら。遅いぞ!」
「は、はひ……」
「うう……」
初日からハードすぎない……?
広い草原を二周しただけで身体が限界に達してしまった。
「なんだお前らっ、もう終わりかっ。弱すぎるぞ!」
ユミス様が可愛く思えてしまうほどスパルタだ……
「仕方ない。では次は腕立て伏せだ」
庵の前で呼吸を整えたら、今度は腕立て?
「さぁ、やれ!」
「は、はひ……」
アルマ、大丈夫か……?
両手を地面につけて、一回。二回……
若返って身体は疲れにくくなったけど、本格的な筋力トレーニングはしてこなかったから……きつい。
「もう、ダメです……」
「あきらめるな! そんなことではランスマスターにはなれないぞっ」
このままだとアルマが初日でつぶれてしまう。
「先生、ちょっと止めてください。アルマはついこの前まで病気で寝込んでたんですから、急なトレーニングをしたら危ないですっ」
「なにっ、そうだったのか? だからこれほど脆弱だったのか」
いや普通の成人はこんなもんですって。
「女、すまなかったな。俺の庵を訪ねてきたから、つい基礎トレーニングは済んでいたものだと思っていた。許せ」
「は、はい」
「今後のトレーニングの仕方は考えるが、お前の基礎体力が低いのは紛れもなく事実だ。長い時間をかけて鍛錬をするから、心しておくように」
明後日でランスマスターにはなれないようだ。
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