第52話 病弱な彼女の希望はまさかの
今日の晩ご飯はさっとつくれる野菜炒めだったけど、隠し味が利いていたのか、とてもおいしかった。
「すぐに片づけちゃうね」
「ありがとう、アルマ」
「アルマははたらき者じゃな」
元は男爵家で暮らす令嬢だったのに、尊大な態度は少しも見えない。
「人間の食べ物や料理のことはよう知らぬが、あやつは料理を極めるのに向いているかもしれぬな」
「そうですね。どこかで雇ってもらえるように、お店を探してみましょうか」
「それなら、ここの一階の店がよいのではないか?」
この宿の一階は酒場になっている。
この酒場は街の人たちや冒険者から評判がいいし、私もよく利用させてもらっている。
「妙案ですね。ここの店主なら紹介しやすいですし、アルマにも向いていると思います」
「ならば決定じゃな」
ユミス様にからまれたりしながら無駄な時間をすごしていると、アルマが洗い物を終えて戻ってきた。
「すみません。遅くなりました」
「いえいえ。おかまいなく」
「アルマよ、片付けを済ますのは後でよいから、お主もこっちへ来るのじゃ」
アルマが食器を乗せたトレイを置いて、居間の椅子に腰かけた。
「お二人とも、どうかされたんですか?」
「お主もだいぶ元気になってきたから、次の段階へ移行しようと思っておってな」
「次の段階、ですか?」
「左様。生活力をもたないそなたをわらわとヴェンが養っておるが、そなたもずっとこのままなのは嫌じゃろう。よって、そなたに生活力をつけるように、何かしらの訓練を施そうと考えておるのじゃ」
アルマが背筋を伸ばしている。
「はい」
「先ほどヴェンといろいろ話しておったのじゃが、先にそなたの希望も聞いておこうと思っての。そなたは何か叶えたいこと、やりたいこと……なんでもよいのじゃが、何か希望はないかの?」
「わたしの希望、は……」
「どのようなことでもよいぞ。錬金術の講義を受けたのじゃからポーションやエリクサーの精製を極めるとか、そなたの料理の腕を見込んで修行をかさねるとか、できる、できないはひとまず置いておいて、まずは希望をここで申すのじゃ」
こういうとき、ユミス様はやはり偉い方なんだなと感じる。
「わたしは……」
アルマは顔を下に向けたまま、押し黙ってしまった。
「どうした。希望は何もないと申すのか?」
「いえ。そういうわけでは、ないのですが……」
「ならば正直に申すがよい。わらわもヴェンも、そなたを笑ったりはせぬゆえ」
この人は何か明白に思い描いているものがあるのかな。
「アルマ。もしかして、やりたいものがすでに決まってる?」
はっとした表情がその答えか。
「言いにくいんだったら、今日は日を改めるけど」
「い、いえ。そういう訳じゃないんだけど……」
すごく言いにくそうだけど。
私とユミス様が口を止めていると、アルマが決然と顔を上げた。
「わたしもっ、ランスをとって戦いたい、です!」
えっ、ラ、ランス?
「ラ、ラン……じゃと!?」
「ランスって騎士が馬上で使う、あの巨大な武器のこと?」
「は、はい。そうです……」
このひ弱な人の口からなぜ「ランス」が飛び出したっ。
「あの、その……亡くなった父が、鎧を着て戦っていて、その姿がすごく好きだったので、あの……わたしも……」
顔から火が出そうになってるけど、そんなに戦ってたお父さんに憧れてたんだ。
「なんだかよくわからぬが……ヴェンよ。どういう意味じゃ?」
「ユミス様。ランスというのは騎士が使う巨大な槍です。貴族は戦場へ向かうときに全身をチェインメイルで守って、ランスを振るって敵を蹴散らすんです」
「ほほう。そのような者たちがおるのか」
「はい。アルマのお父さんは男爵様でしたから、お父さんのように強くなりたいのでしょう」
アルマがこくりと赤い顔のままうなずいた。
「父は魔物が現れたらランスをとって近隣の人々を守っていたと、母から聞きました。とても勇敢な方だったようで……自分の希望をとお二人から言われたので、その……父の姿が思い浮かびました」
なんでもいいから希望を出せと言っちゃったからなぁ。
「わたしもお二人の役に立ちたいです。ダメでしょうか」
「ダメという訳ではないが……」
「まさか、お主の口から人間の巨大武器の名が出てくるとはのう……」
ユミス様ですら返答に窮するなんて。
「わらわたちの予想の斜め上……いや、まったくもって正反対の希望が出てちと困惑しておるが、わらわは変化と生まれ変わりを司る女神じゃ。お主の願い、叶えてしんぜよう」
「本当ですか!? ありがとうございますっ」
「じゃが、勘違いしてはいかぬぞ。道を切り開くのはそなたじゃ。わらわはそなたの手助けをするだけじゃ。それを肝に免じておくのじゃ」
「わかりましたっ。はぁ、わたしもお父様のようになれるかな……っ」
ユミス様って武器や武術は専門外だったと思うけど、どうするんだろう。
* * *
次の日にアルマとユミス様を連れて冒険者ギルドを訪問した。
私もユミス様も武器や武術はからっきしなので、ギルドで手ほどきを受けるしかない。
「こんにちは、ヴェンツェル様。本日はどのようなご用件でしょうか」
「はい。彼女が武術の習得を希望しているので、初級の講義を紹介していただきたいと思っています」
あとはアルマにまかせよう。
錬金術の講義と同じように、ランスや槍の扱い方を指導してくれる先生がいるらしい。
また街の西、高台を登った先にある小高い丘の上に先生の庵があるようだ。
「またここを登るんじゃな」
「錬金術の、講義を受けるときと、同じですね」
「ギルドと契約してる、先生って、高いところが好き……なんでしょうか」
都市の真ん中にあまり住みたくないのかも。
「アルマ。足腰はだいぶ落ち着いてきたようだね」
「はい。前よりも足に力があります。お二人のおかげです!」
「ほほ。若い者は元気なのが一番じゃ」
高台に続く急斜面もあっさり踏破する。
「でもランスを扱うんだったら、もっと鍛えないといけないだろうな」
「そうなの?」
「ランスって相当重いだろ。それをアルマが使うんだからさ」
ムキムキのマッチョにはあまりなってほしくないが……
「あそこにある家がそうかの?」
高台の森を越えると草原となっている丘にぽつんと一軒家が建っていた。
パウリーネ先生のアトリエと比べるとかなり簡素なあばら家だが。
「ごめんください――」
玄関の呼び鈴を鳴らすと感じる――殺意!
「二人とも下がって!」
前方から迫ってくるのは、狼!?
「はあぁぁっ!」
とっさにウィンドブラストを放って力を相殺するが、
「ヴェン!」
「ヴェンツェルさん!」
すさまじい突進を殺せずに押し出されてしまった。




