第51話 新メンバーを迎えた共同生活
アルマさんの母親が屋敷を突然飛び出した理由とか、気になる部分はいろいろあるけれど、まずはアルマさんに元気になってもらわなければ話にならない。
ひとまず宿に戻って今後の方針について考えよう。
「アルマさんのうちに一度戻らなくて大丈夫?」
「大丈夫です。荷物は何もないから」
この人、どうやって生活してたんだ……
街の東の宿へ戻ると、以前に声をかけられた冒険者たちをちらほら見かけた。
彼らは私に気づいてそわそわしはじめたが、アルマさんを新しい仲間だと勘違いしたのか、声をかけてこなかった。
「やっと街を歩けるようになったの」
「ユミス様は浮いてますけどね」
アルマさんもユミス様の普通じゃない移動の仕方に違和感をもっていたようだ。
「あの、昨日から気になってたんですけど、ユミさんってやっぱり浮いてるんですか……」
「ほほ。その辺りも帰宅したら説明せんといかんな」
宿について内廊下から四階まで上がっていく。
「こんな、綺麗な宿に宿泊されてるんですか?」
「ぼろい宿よりはきれいだけど、男爵様のお屋敷と比べたら汚いだろ?」
「そんなことはないと思うけど」
この宿の暮らしもだんだん落ち着いてきた。
「部屋はちょうど三つありますから、三人で生活できますね」
「三つというのは、ひとつは物置になっておるあの部屋のことか?」
「物置と言ってもほぼ空き部屋ですよ」
借りている部屋は玄関と居間を中心に、三つの部屋がつながっている。
三つ目の部屋は少し狭いが、物を片せば充分に住めるだろう。
「部屋の掃除は明日にしよう。部屋が片付くまで、アルマさんはユミス様と同じ部屋で泊まってほしいんだけど、いいかな?」
「はい。ありがとうございます」
アルマさんの丁寧に頭を下げる所作がやはり貴族っぽい。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はい。何か?」
「ヴェンツェルさんの妹さんは、ユミさんじゃないの?」
居間の椅子は二つしか用意してなかった。
椅子も買ってこないとなぁ。
「この方は実は私の妹ではなくて、運命の女神ユミス様なんだ」
「運命の、女神……?」
「おほほほほ。よろしくな、アルマよ」
私が普段使っている椅子に座らせたアルマさんが、目をパチクリさせている。
「あの、なんのことだか、さっぱり……」
「なぬっ、そなたもわらわを神じゃと信じてくれぬのか。この件り、何度繰り返せばお主らは気が済むのじゃ……」
ユミス様がめずらしく肩を落としていた。
「とりあえず変身して差し上げればよいかと」
「そうじゃな、仕方ない」
ぼん、とユミス様が変化の力を使って白猫の姿になった。
「ななな……!?」
テーブルに降り立った猫のユミス様にアルマさんが素直なリアクションを示してくれた。
「どどっ、どうなってるの!?」
「じゃから神じゃと言うておろう!」
「言うておろうって、言われたって……」
アルマさんの気持ち、めちゃくちゃわかるよ。
「要するにこの方は人間じゃないんだ。最初はいろいろ驚くと思うけど、そのうち慣れるよ」
私も最初の頃は驚きの連続だったっけ。
「なんだか、すごい……」
「おほほほ。所望するのであれば、そなたも好きな姿に変化させてやるぞ」
「い、いいえっ。けっこうですっ」
アルマさんの素直すぎるリアクションがおもしろい。
「ユミス様と私の出会いは省くが、私は元農民で現在はユミス様と生活しているんだ」
「あんなことや、こんなこともあったのう……」
「ユミス様、誤解を生むことは言わないでくださいね。今は生活に少し余裕が出てきたから、新しいことをはじめようと考えていたところなんだ」
「わらわとヴェンはヒマをもてあましておったから、ちょうど良いタイミングじゃったの」
ヒマをもてあましてた……は間違いじゃないか。
「あ、だから錬金術を学ぼうとしてたんだ」
「そう。冒険者のクエばっか消化するのは飽きるから。アルマさんの場合は生計を立てるために錬金術を学ぼうと思ったの?」
「わたしの場合は、何かをつくって売ればお金になるかなと思ったから。でも、錬金術はあまり向いてないのかも」
錬金術は器用かつ体力がある人じゃないと続けられなそうだったなぁ。
「その点は私も同意。錬金術はたまにやってみるだけでいいかな」
「ではヴェンツェルさんは、どうやって生計を立ててるの?」
「私の場合は冒険者ギルドで難易度が高いクエストを受けてる感じだな。ユミス様からレベルの高い魔法を教わったから、大抵のクエはこなせるんだ」
「クエと魔法なんだ」
アルマさんだと戦闘系のクエは受けられないかな。
「クエは生活系もあるから、アルマさんでも受けられるものがあると思うよ」
「そうだといいんだけど……」
「アルマの場合、クエがどうのこうのより、まずはよく食べて体調を整えることじゃな。そうでなければ、また倒れられてしまうからの」
ユミス様がおっしゃられる通りだ。
「そなたにもいずれ生活の知恵を授けてやるゆえ、焦りは禁物じゃ」
「はい。わかりました」
「ほほ。二人目の弟子じゃな。この先が楽しみじゃて」
* * *
一週間が経ち、アルマの体調はすっかりよくなった。
錬金術の講義も一緒に受けて、いくつかの初歩的なエリクサーを精製する方法まで学ばせてもらった。
「錬金術って難しいイメージがあるけど、講義を受けてみるとそこまででもないね」
「そうだね。おうちに錬金台があれば、簡単なものならつくれそうだけど」
「その錬金台を買うのがハードル高いんだよな」
錬金台と呼ばれる設備がないと錬金術はこなせない。
調理台で試薬やポーションを精製してもいいが、本格的に錬金術を学ぶなら錬金台を用意した方がいいと先生に念押しされた。
「錬金台はちょっと買えないよね」
「値段も高いだろうしね」
宿に帰ったらお腹がだらしなく鳴った。
「食事、すぐに用意するね」
「ああ、ありがとう」
アルマを引き取ってかなり意外だったのは、料理が思いの他上手だったということだ。
私たちに養ってもらうことに負い目を感じていたから、アルマが料理をつくりはじめたのだが、意外なほど美味な手料理が出てきたから驚いてしまった。
「あやつも元気になってきたようじゃの」
猫の姿のユミス様が私の肩に乗っかった。
「そうですね。顔色もかなりよくなりました」
「ふらふらと足元がおぼつかなかったのも、だいぶ治ってきたようじゃな。そろそろ生活の知恵をつけさせるときかの」
アルマは料理人とかになった方がいいのかな。




