第50話 アルマが抱える事情
アルマさんが目を覚ましてくれた。
「あの、わたし……」
「無理に身体を動かすでない。もうしばらく、じっとしておれ」
「はい……」
今のアルマさんはゾンビのように顔が白い……いや青くなっている。
「そなた、ろくに食事を摂っておらぬじゃろう」
「……はい」
「やはりな。何があったのかは知らぬが、今の生活を続けておるとやがて衰弱して死んでしまうぞ」
せっかく知り合ったのに、こんなかたちで別れたくない。
「そうなの、ですが……」
「食料を買えぬほど困窮しておるのか?」
アルマさんが無言でうなずいて……目尻から雫がしたたり落ちた。
「仕方ないのう。ヴェンよ、家の貯蓄はまだ残っておるか?」
「ユミス様が前に無駄遣いしてましたけど、アルマさんに食べさせる分なら余裕でありますよ」
「うむ、そうか」
アルマさんが急に起き上がった。
「いい、いいえっ、そんなの、いけません! わたしは、お二人の……」
か細い声で叫んでいたけど、不意に力を失って……危ない!
「ヴェン、ナイスキャッチじゃ!」
アルマさんをぎりぎり支えることができた。
「うちのヴェンはこう見えても立派な稼ぎ頭じゃ。無理をするでない」
「はい。すみません……」
「訳をいろいろと聞いた方がよいと思うが、それは後にしておいた方がよいかの。錬金術の女も困っておるじゃろうから、今日の授業をさっさと終わりにしてしまおう」
危機に瀕したときのユミス様はものすごく頼りになる。
ポーション製作の講義は私とユミス様だけで受けて、私はポーションの基礎を学ばせていただいた。
先生が冒頭でおっしゃっていた通り、液体試薬にミズラの樹液や別に煎じた薬草を入れるだけだった。
ぐつぐつと煮るので時間はかかるが、やり方さえわかれば誰でもポーションをつくれるのだと思った。
「アルマさんのことはお二人にまかせてしまって大丈夫かしら」
今日の講義を終えて、先生もアルマさんを心配しているようであった。
「大丈夫です。後はまかせてください」
「一応、ギルドにも後で連絡しておいてね」
「はい。わかりました」
好色な面が目立つが、パウリーネ先生は良い先生だ。
「すみません。なんか、いろいろ……」
衰弱したアルマさんの手をユミス様が引いている。
「気にするでない。とりあえず、どこでもよいから食事を摂るのじゃ」
「はい……」
アルマさんはげっそりとやつれている。
この青い顔を見たら、ほっとけないって。
グーデンの西門をくぐり、人目につかなそうなお店を探す。
「串焼きの屋台がありますから、あそこにしましょう」
「うむ。ヴェンにまかせるぞ」
屋台のそばに用意された席に座って、焼き鳥や野菜を肉で包めた料理を適当に注文した。
「さ、いっぱい食べてください!」
「はっ、はい」
アルマさんが皿に盛られた串焼きの一本をとって、おそるおそる口へ運ぶ。
神妙な手つきに、見てる方も緊張してくるが、
「おいしい」
安い串焼きだがお気に召してくれたようだ。
「おいしい、ですっ」
「嬉しいのなら、そんなに泣くでない! 大した料理ではなかろうっ」
「ユ、ユミス様! そんなこと言ったら……店主に聞こえてますよ!」
* * *
貧血の疑いもあったのでモツやレバーの串焼きも何本か注文した。
アルマさんはモツやレバーの串焼きを拒んでいたが、ユミス様が無理やり食べさせていた。
「ヴェンツェルさん、ユミさん。お食事までごちそうさせていただいて、ありがとうございました。もう、なんとお礼を申し上げたらよいのか……」
「気にするでない。わらわとヴェンが勝手にしたことじゃ」
「そうですよ。後で金を払えとか、そんなことは言いませんから、安心してください」
「あ、りがとう、ございま……っ」
アルマさんがまた大粒の涙を流して……泣いてしまった。
「お主はよく泣くのう」
「すっ、すみま……っ」
「お主がそれほど困窮したおるのは、何か訳があるんじゃろ? いいから話してみい」
アルマさんが破れかけの袖で涙をぬぐった。
「わたしは元々、実家のお屋敷に住んでいたのです」
「お屋敷? アルマさんのうちは豪商か何か?」
「豪商? いいえ。あの、ベイルシュミット家という男爵のうちなのですが」
男爵家!? ということは貴族っ?
「ヴェンよ、どうかしたのか?」
「アルマさんってもしや、そのベイル……なんとかというおうちの令嬢なんですか?」
「はっ、はい」
なんということだ。
だから血色が悪くてもどこか品があったんだ。
「わたしは幼い頃からずっとお屋敷で住んでいたのですが、お父様が急に病気で亡くなって……しかもお母様まで、急にお屋敷を出ると言い出して……」
お父様が病気で亡くなったのは理解したが、お母様が急に屋敷を飛び出した?
どういうことだ?
「わたしはお母様と二人、空き家で暮らしてたのですが、元々使用人がいた生活を送っていたものですから、その……どうすればよいのか、わからなくて……」
ずっと裕福な生活を送っていたから、急に屋敷を放り出されて生活できなくなっちゃったんだな。
「ヴェンよ、どういう意味じゃ? わらわにはさっぱりわからぬ」
「要するにですね、アルマさんはずっと貴族の屋敷で生活してたから、庶民の暮らし方がわからないんですよ。男爵家ですからモットル男爵と同じような感じですよ」
「おおっ、何かを持っとるあの男爵な。ほほう、あの男と同じ持っとるか」
持っとる、持っとると連呼しないでください。
アルマさんが大きな瞳を少し見開いている。
「お二人も、もしかして男爵様なのですか!?」
「いや。男爵様の知り合いがいるだけだよ」
「そうだったのですか」
「今はお母さんとお二人で生活してるの?」
アルマさんがそこでまた口を止めてしまった。
「お母さんも、もう亡くなってしまったとか?」
アルマさんの両方の瞳から雫があふれ出す。
「お母様も、ついこの間……ご病気で……」
私も農民だった頃、流行り病で母を亡くした。
父親はとっくの昔に亡くなっていたから、母がたった一人の身内だった。
「そうだったのか」
もちろん、病気を回復させようと街まで降りて薬を買いに走ったけど、結局買えなかった。
母さんが死に際に見せた、あの安らかな笑顔は脳裏に焼きついている。
「ヴェン……」
母さんの骨と皮だけになった手をにぎりしめて、なんとしても生き抜いてやろうと胸に誓った。
「ユミス様、アルマさんを保護しましょう。こんな話を聞いてしまったら、放っておけません」
「そうじゃな。わらわも不幸な者を生まれ変わらせるのが務めじゃ。放っておけん」
「錬金術の授業を受けて、お金が少なくなってきたらクエをまた受けましょう。私とユミス様でしたら、アルマさんを養うのは簡単です」
「うむ。わらわもヴェンの意向に賛成じゃ」
ユミス様が肩を抱くとアルマさんが泣き崩れた。




