第49話 錬金術の講義でアルマが倒れて
今日は錬金術の基となる試薬の製作だけで講義が終わってしまった。
「明日もまたお勉強会を開きますから、来てくださいね~」
先生は教え方が丁寧だから、厚化粧と若い男が好きなところを除けば良い先生だ。
「一日目の錬金術はなんとか終わったようじゃの」
「ユミス様は盛大に失敗してましたけどね」
ユミス様はやる気がないのか、三日月草をしっかりとすりつぶしていなかったようだ。
「わらわはああいう細々としたことは苦手じゃ」
「正確さを要求されるような作業は苦手そうですね」
「そうなのじゃ! わらわが魔法を唱えれば、どのようなバフだってヴェンにかけられるからの」
それを言ったらおしまいなんじゃ……
「ヴェンツェルさん。ユミさん。今日はありがとうございました」
街へと向かう帰り道でアルマさんが頭を下げた。
「草取りや薬品づくりを手伝ってくださって、とても助かりました!」
「お構いなく。余計なことをしただけですから」
「ほほ。そなたもヴェンが手伝ってくれなかったら失敗しておったじゃろう」
「はい。今日の教義、あんまり聞けてなかったので、うちに帰ったら復習しなきゃ」
アルマさんって勉強熱心なんだな。
「では、わたしはこちらから帰りますので」
「アルマさんのうちってグーデンじゃないの?」
「はい。グーデンは、高いので」
森の分かれ道でアルマさんと違う帰り道を選んだ。
「あやつ、顔色があまり優れなかったな」
「アルマさんですか? そうですね。色白なんだと思いますけど」
「色白などではなくて、血色が悪すぎて結果的に白くなってるだけじゃろ、あれは」
ユミス様がめずらしく他の女性を気にかけている。
「なんか訳ありっぽかったですよね」
「訳ありというのは、どういうことじゃ?」
「なんというか、うちが貧しいんじゃないんですか? 何日か前に親を亡くしたとか、そんなこともたしか言ってましたし」
「ほう。そのようなことを言っておったのか。ふぅむ」
アルマさん、なんだかとても気になる人だ。
* * *
次の日も昼下がりからパウリーネ先生のアトリエへ向かった。
「アルマさんも来ますかね」
「来るじゃろ。楽しそうにしておったから」
アトリエの前の森でアルマさんを発見した。
「あっ、ヴェンツェルさんとユミさん!」
「今日も来てたんですね」
「はいっ。お二人に会えるのが楽しみでした!」
アルマさんって血色があまりよくないけど、可愛いなぁ。
高台の前の急な坂を気をつけながら登って、先生のアトリエに到着した。
「よく来たわね~。じゃあ今日はポーションをつくりましょ」
先生も笑顔で出迎えてくれた。
それにしても、講義の二日目でいきなりポーションを製作することになるとは。
「もう実践的な授業になるんじゃな」
「わたし、うまくできるかな」
ポーションを自作できれば冒険にかなり役立てるが。
「ポーションの製作は、とーっても簡単よ。昨日つくってもらった液体試薬に他の薬草と樹液を混ぜるだけ」
「たったそれだけでポーションができちゃうんですか?」
「そうよ。液体試薬に混ぜる薬を変えるだけで体力回復用とか、魔力を回復させるポーションでもなんでもつくれちゃうんだから、錬金術って素敵でしょ?」
いろんな用途に分かれたポーションが薬屋に売っているけど、そんな簡単につくれてしまうものだったのか。
「錬金術ってどんな人でも学べて、どんな人の役にも立つのに、どうして人気ないのかしら」
「どんな人でも学べないからだと思いますが」
今日もアトリエから出てポーションの材料を探しに行くようだ。
「皆さまには今から樹液を採取してきてもらいます。今から樹液を採取する道具を渡しますから、ミズラの木から樹液を取ってきてくださいね」
先生から渡されたのは、なんだこれ。
細い金具が先端についた工具だ。
持ち手は木製で十字の形になっている。
「先生、なんですかこれ」
「これが樹液を採取する道具ですよ」
ユミス様は木槌と短い杭のようなもの、アルマさんには中くらいの大きさのバケツが渡されていた。
「それじゃ、行きましょう」
よくわからないけど、ちょっと楽しいかもしれない。
森に入り、先生が手頃な木を探している。
「この木でいいかしらね。ヴェンツェルさん、その道具でここに穴を開けてください」
これは幹に穴を開ける道具だったのか。
先端の金具を幹に差し込んで、十字の取っ手を利用してぐりぐり旋回させるんだな。
「けっこう、堅いですね」
「そう、あなたのように硬いわよぉ」
急な下ネタはやめてください!
金具を奥まで差し込んだら先生が金具だけを外してくれて……あそこだけ外れるようになっているのか。
「ではアルマさん。バケツをここに置いてください」
アルマさんが呼ばれたけど返事はないな。
「アルマさん?」
アルマさんがうつむいて、身体をふらふらと左右にゆらしていた。
「アルマ、平気か?」
「は、はいっ」
ユミス様に声をかけられて、アルマさんが抱えていたバケツを木の根のそばに置いた。
中が空洞になっている金具から、ポタポタと水滴がしたたってきた。
「これが樹液なんですね」
「そう。自然の恵み。木々が土の中から水を吸い上げて、体内で浄化してできたものが樹液なのよ。樹液は虫や動物たちも好む貴重な栄養源で、お料理にも使われてるのよ」
「生活になくてはならないものなんですね」
長いこと農民の生活を送ってたけど知らなかったな。
「女よ。この木槌と杭はどこで使うのじゃ?」
「その二つは樹液を採取し終わった後に使います。大事な木に穴を開けてしまいましたので、終わったら蓋をしてあげないといけないんです」
「ほう。それはよい心がけじゃ」
神様も感心させるこの樹液採取体験はなかなかいいかも――後ろでどさりと音がしたぞ。
「なんじゃ?」
ユミス様と一緒に振り返ると、そこに倒れていたのはアルマさん!
「えっ、嘘!?」
「アルマ、どうしたのじゃ!」
「ユミス様、早く回復の魔法を!」
どうしたんだアルマさん!
アルマさんは気を失っているのか目を閉ざしたままだ。
ユミス様がヒールライトを唱えてくださったが、アルマさんは目を覚さなかった。
「おかしいのう。魔法をかけても目を覚まさぬ」
「とりあえず、アトリエの中へ運びましょう!」
先生の指示に従ってアルマさんを担ぎ、アトリエ内の先生の部屋へ運ぶ。
樹液の採取は時間がかかるようなので後は先生にお願いし、私はユミス様とともにアルマさんを看病することにした。
「アルマさん、急にどうしちゃったんだろう。さっきまで元気だったのに」
ユミス様は真剣な面持ちでアルマさんの額に手を当てて、何やら難しげに考え込んでいた。
「これは、おそらく栄養失調じゃ」
栄養失調?
「理由はよくわからぬが、アルマは身体の栄養が足りずに衰弱しておるのじゃろう。それできっと倒れたのじゃ」
「なんで、そんなことがわかるんですか」
「見覚えがある。身体が細く、血色の悪い者はよくこのように倒れたものじゃ。大抵は血が足りぬか、栄養が身体に行き届いておらぬかのどちらかであった。アルマの場合、おそらく後者であろう」
言われてみれば、アルマさんの身体は女性にしてもかなり軽かった。
食事も満足に摂れないほど貧しい生活を強いられているのか?




