第48話 いろいろとアレな錬金術師の先生
錬金術師のパウリーネさんに指示されて、ユミス様とアルマさんの二人とともに屋外に出た。
試薬がどうのと言っていた気がするが、これから何をはじめるんだ?
「錬金術というと薄暗い部屋で窯をぐつぐつ煮ているイメージが強いと思いますが、それは錬金術の一片しか表していません。材料を集めるために市街に赴いたり、野外で薬草を探したりするのも錬金術の仕事なのです」
へぇ、そうなんだ。
「試薬は錬金術の基礎となる材料です。液体状の試薬と粉末状の試薬があります。では、試薬の基となる材料はなんだと思いますかヴェンツェルさん!」
いい加減、この流れやめてくれ。
「ええと、野外で採取する薬草なのでしょうか」
「せいかぁい! んもう、天才っ。どうしてなんでもかんでもわかっちゃうのかしら!? 先生、おどろきっ」
なんかもう帰りたくなってきた。
「この周辺で生えている薬草は『夕凪草』と『三日月草』です。夕凪草はクリーム色のまんまるのお花をつけた草です。三日月草は三日月の形の葉っぱをつけた草です。それではみんなで探しましょう!」
初日から野外の講習を受けるのはなかなかハードだ。
「なんでもいいから草を探せばよいのじゃな」
「うまく探せるかな」
ユミス様とアルマさんが思い思いの場所へ散っていく。
私もそれっぽい草を適当に引っこ抜いて帰ろう。
パウリーネさんのアトリエのとなりは庭になっているけど、少し離れた先にあるのは森だ。
「草を探すんだったら、やっぱり森の中の方がいいか」
ユミス様とアルマさんも森の中に入っていったようだ。
名もわからない草はいたるところに生えている。
木の根のまわり、大きめの岩のそば、なんなら足もとにだって生えている。
「草を持ち帰ればいいだけなんだけど、いざ持って帰ると考えると意外と悩むな」
先生が言ってたのは夕なんとか草と三日月草? だったっけ――
「三日月草はあっちに生えてるわよ」
耳もとで先生の声がっ。
「先生っ」
「ふふ。早く行かないと二人に取られちゃうわよ」
この人、リーゼロッテと同じ臭いがするぞ!
先生が指す方向に行くと青い草が自生している場所にたどり着いた。
「これが三日月草か。うわ、葉がほんとに月の形になってる」
葉の中心が弧を描くように反っていて、葉の左右が空へ向いている。
「農作業で雑草は毎日抜いてたけど、こんな草があるなんて知らなかったな」
「あら、そんなに若いのに農業の経験があるの?」
また先生の声が……っ。
「ち、近いですって」
「ふふ。緊張しちゃって。若いわねぇ」
私が元四十二歳のおっさんだと知ったら、この人はぶち切れるんだろうな。
「冒険者になる前は農業をこなしていらしたのかしら?」
「はい。まぁ、そんな感じです」
「あらぁ、そんなに若いのに偉いのねぇ」
若い男を食らう蛇のような顔をしてるな。
「あなたの話、もっと聞きたいわ」
「いや、錬金術を教わりに来ているだけですから」
「そっちもちゃぁんと教えるわよ。そっちもね――」
先生の背後からユミス様のどす黒い魔力が放出されている。
まぁ、そうなりますよね……
「さっきから、なぁにを、やっとるんじゃぁ」
「な、なに!? えっ」
「なぁにを、やっとるんじゃあ!」
「ひぃっ!」
ユミス様の黒い魔力が暴風のように――私まで飛ばされるよ!
「さっさと離れろこの雌豚ぁ!」
「なんなのよ、この子ぉ……!」
先生がアトリエの方へ去っていった。
「ありがとうございます、ユミス様。助かりました」
「助かりましたではない! ヴェンも油断しすぎなのじゃ。なんであんな女に心を許すのじゃ」
「心は許してないのですが。すみません」
「まったく……。ヴェンの女子好きには困ったものじゃ」
ユミス様の後ろでアルマさんが縮まっていた。
先生があまりにも強烈だったから、アルマさんのこと忘れてた。
「先生がおっしゃってた雑草が見つからなくて……」
「ここにたくさん生えてますよ。みんなで持って帰りましょう」
「あ、そうなんですか? ありがとうございます!」
「次にヴェンを襲ったらあの女は死刑じゃ」
ユミス様、そんなことしたらヴァリマテ様のお怒りを買いますよ。
試薬の製作はあっさりとした説明の下に行われた。
採取した三日月草を他の草と一緒にすりつぶし、熱湯に砂糖や塩とともに投入する。
しばらく煮て草が溶けたらろ過して液体だけを取り出す。
「これが液体状の試薬か。意外と簡単にできるんですね」
「そうでしょう? この試薬を応用してポーションやエリクサーがつくられるんですよ」
先生はさっきみたいにぐいぐいこなくなった。
ちらちらと目を向けてユミス様に気を配っているようだ。
「うむぅ、ヴェンと同じようにやってるのに、薬ができぬぞ?」
「わ、わたしもうまくできません」
ユミス様とアルマさんは試薬の製作に苦戦しているようだ。
「草をもう少し細かく切った方がよかったんじゃないですかね」
「むむ、そうなのか? じゃが、草はもうお湯に入れてしもたぞ」
「それでしたら製作は失敗ですね」
頭を抱えて雄叫びのような声を発するユミス様のとなりで、アルマさんもあたふたしていた。
「わたしも、うまくできません!」
「アルマさんの方は……三日月草をちゃんと入れました?」
「三日月草、ですか……あっ!」
「入れてなかったんですね……」
この人もユミス様に負けず劣らず不器用だ。
「ヴェンツェルさん、どうしましょう……」
「うーんと、じゃあ今から三日月草を入れてみましょうか」
「は、はい!」
横で萎れているユミス様にも手伝ってもらって、すりつぶした三日月草を瓶の中へ入れる。
「今から入れても遅いと思うけど……」
先生が後ろで見守る中、アルマさんの試薬の製作が成功するか試している。
「砂糖や塩も入れました?」
「砂糖とお塩? この中に入れるんですか?」
この人、先生の話をまったく聞いてなかったな。
「砂糖や塩も入れないとダメなんですよ。今からでもいいから入れちゃえ!」
「わわっ、大丈夫なんでしょうか……」
「ヴェンツェルさん、やっぱり優秀……っ」
先生の怪しい声は聞こえてなかったことにしよう。
ぐつぐつ煮て、土っぽい臭いが瓶から放出されていく
「おっ、なかなか良い感じなのではないか?」
「ほんとですかっ?」
「そうですね。いいと思います。先生、そろそろろ過してもいいですか?」
「ええっ、いいわよぉ」
熱せられた瓶の上の部分を濡らした布巾でぐるぐる巻きにする。
熱いけどろ過装置まで運んで、熱湯から草の残り滓を取り除く。
透明に近い液体に分離できれば実験は成功だ!
「ヴェンよ、うまくできておるのではないか!?」
「ふふ、上手にできてるわよぉ」
アルマさんの初めての実験……じゃなかった。錬金術は成功したな。
「ヴェンツェルさん、ありがとうございます! わたしのお薬、無事にできましたっ」
アルマさんの弾けんばかりの笑顔は、私を虜にする破壊力を過分に秘めていた。




