第47話 病弱なアルマはなんだかなんだか訳ありで
魔物の出ない森に舗装された道が伸びている。
森の入り口に看板が立てられて、かすかに聞こえてくる小鳥のさえずりが心地よかった。
「静かな森ですね。こういう場所に住むのも悪くないですね」
「そうじゃのう。そなたと余生をすごすとしたら、こういう静かな場所がよいのう」
もう五千年くらい生きてるのに、まだ余生のこと考えてなかったんだ。
私たちの少し前を歩いている人がいる。
フードのついた、うす汚れた外套で身を隠している。
「あの人も冒険者ですかね。なんだか嫌な予感がしますが」
「じゃが、あの者はわらわとヴェンに気づいておらぬぞ」
ユミス様がおっしゃられる通り、前を歩く冒険者は一度もこちらを振り返らない。
「もしや、あの者もわらわたちと同じ場所に向かっているのではあるまいか?」
「錬金術を学んでいる方ですかね」
警戒を少しゆるめるけど油断するのは危ない。
注意深く進んでいるうちに森の小道はすぐに終端を迎えた。
「えらい急斜面じゃのう。この斜面を登った先にレンコン術を教えてくれる先生がいるのか」
「錬金術でしょ。わざと言ってます?」
ぼろぼろの外套を着た冒険者も急斜面を上っているようだが、足元がおぼつかないぞ。
手すりもない急な上り坂だから、足を踏み外さなければいいが――
「キャア!」
冒険者が悲鳴を上げてまっすぐにこちらへと落ちて――
「うそっ!?」
「ヴェン!」
冒険者の背中を正面から受けてしまった。
地面に仰向けのまま倒れたが、思っていたほど衝撃は強くなかった。
「いてて……」
前を歩いていた冒険者が足を踏み外したのか?
その冒険者が私に覆いかぶさるように倒れていた。
「あの、大丈夫ですか」
この人の身体はそれほど重くない。
「う……」
相手が顔を上げて、私と視線がかさなる。
エメラルドのような美しい瞳だった。
宝石のような輝きは少し不安げで、すぐに砕けてしまいそうだ。
珠のような肌も芸術品のようで、冒険者の荒々しい肌では比べものにならない。
「すっ、すみません! 大丈夫でしたか!?」
フードがめくれて艶のある髪があらわになった。
「私は大丈夫です。あなたこそ、足元がおぼついてなかったですが」
「はい。最近、あまりごはんを食べられてなくて……」
ものすごくきれいな方だ。
ユミス様も(一応)きれいだけど、ユミス様のような人外の雰囲気はまとっていない。
とりあえず立ってもらい、自分の尻や背中についた砂を払っていると、横から嫌な気配が漂ってきた。
「ユミス様――」
「ヴェンよ。そなたの知り合いか?」
「ちっ、違いますって。今さっき初めて話しましたっ」
ユミス様は私が他の女性と話すと途端に機嫌を損ねるから困る。
「あの、お二人は……」
「私は冒険者のヴェンツェルといいます。この者は妹のユミです」
「ユミじゃぞ。不遜にもヴェンに急接近した悪い虫よ」
ユミス様、変な言いがかりはやめてください!
「あなたは?」
「わ、わたしはっ、アルマといいますっ。べべ、ベイルシュミット家の、娘ですっ」
アルマさんか。彼女もだいぶ緊張しているようだ。
「あなたも錬金術を学びに?」
「はいっ。どうやって生計を立てたらいいのか、わからなかったので……」
めちゃくちゃ美人だけど、なんだか訳ありっぽいぞ。
「私たちもギルドの紹介で錬金術師のパウリーネさんのうちへ向かっていたところです。一緒に行きましょう」
「はいっ。助かります!」
邪気は感じない。
年齢も十四、十五歳といったところかな?
「アルマさんも冒険者?」
「はい……あの、冒険者と呼べるほど冒険はしてないのですが、なんと言えばよいのでしょうか……」
初対面でそんな相談を持ちかけられても困る。
「そなたは冒険者ではないのか?」
ユミス様の警戒も解かれたようだ。
「はい。あの、母を亡くして独りになってしまったんです」
嘘だろ。私と同じ境遇じゃないか……
「あ、着きました」
高台の急斜面を登った先に垣根があって、あの毒々しい煙はこの向こうから放出されているようであった。
「門は向こうかな」
垣根を左にまわって、門の呼び鈴を鳴らすと黒いローブを来た女性が現れた。
「いらっしゃーい。ギルドから連絡があった三人ね」
錬金術師のパウリーネさんは黒い三角帽子をかぶった、どちらかというと魔女っぽい雰囲気の方だった。
厚化粧してるけど、四十代かな。
「あなたがヴェンツェルさんね。ふふ。さぁ、中へどうぞ」
ウィンクされた。あまり近づかないようにしよう。
ガラスの瓶や大きな窯がアトリエのいたるところに置かれている。
虫やトカゲが入った瓶なんかもあるけど、大丈夫かな……
「冒険者のヴェンツェルさんにユミさん。あとアルマさんの三名ね。あたしは錬金術師のパウリーネよ。改めて、よろしくお願いしますね」
「はいっ」
「よろしくお願いします」
アルマさんがかなり気になるけど、錬金術を教わりに来たんだから集中しないと。
「では錬金術を教える前に、まずは錬金術の知識について確認したいんだけれども、ヴェンツェルさん。錬金術について、どのくらい知識があって?」
「はい。錬金術のことはあまり知りませんが、金をつくることを最終目標とした学問だと記憶してます」
「はいっ、正解! そうですね。錬金術は至高の物質である金を精製するために体系づけられた学問となります。金というとがめついイメージが強いですが、錬金術は断じてがめつい学問などではありません」
よかった。ちゃんと回答できたようだ。
「しかし金を精製するのは容易ではありません。高名な錬金術師の力をもってしても、未だ金を精製できたという報告がされていないのが現状です。では、この初級の講義で勉強してもらう題材は何かしら? ヴェンツェルさん」
また私!?
「はい。ええと、薬草とかバフを与えるエリクサーの精製ではないかと」
「はぁいっ、正解! 素晴らしいですっ。ヴェンツェルさんの言う通り、錬金術によってより高度なポーションやエリクサーが精製できます。これらは冒険者をはじめ、漁師や門の警備兵たちも好まれている、あたしたちの生活になくてはならないものです」
私、あの先生に目をつけられてる……
「皆さんも早くポーションやエリクサーをつくってみたいと思うでしょうが、まずは基本となる試薬の精製から学んでいきましょう」
パウリーネさんが私に思いきりウィンクしていた……いや、気のせいだ。
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