第46話 錬金、試してみるか
私とユミス様はお互い大した趣味をもたない、つまらない人種(片方は神様だが)ということに気づかされてしまった。
「新しい目的が決まりましたね。私たちは趣味をもたなければならないということです」
「ぐぐ……なぜ、わらわまで……」
「ユミス様だって毎日退屈してるでしょう? 退屈だって毎日言ってますし」
「そ、それは! ヴェンが……相手してくれぬから……」
いじける女神様を放っておいて、いい趣味になるものないか考えよう。
「魔法の勉強は楽しいものではないので却下です。買い物もお金を浪費するのでダメです」
「どうしてじゃ! 好きなものを買う、これ以上の喜びと楽しさは他で味わえまいっ」
「だったら、私に隠れて買っていた雑貨や小道具、すべて売ってきてもらいますからね」
ユミス様に与えた部屋を先ほど見させてもらったが、見覚えのない鏡やペンダントで散らかっていた。
「うう……ヴェンは酷いのじゃ。わらわの楽しみを強奪する悪魔じゃ。魔王じゃ!」
「特別な日にちゃんと買いますから、我慢してください。私だって復讐の途中で我慢したんですから、おあいこですよ」
ユミス様がしぶしぶ従ってくれた。
「それにしても新しい趣味をと考えると、すごく難しいです。何を選べばいいのか」
「他の人間たちは普段どのようなことをして楽しんでおるのじゃ?」
「他の人間たちですか。そうですね。農夫はそもそも農作業ばかりで人生を楽しむ余裕はないですし、冒険者も毎日の生活で苦しんでる方は余裕がないでしょうから、趣味にうつつを抜かしている場合ではないでしょうね」
誰でもいいから参考になる人はいないか?
「ふぅむ。ならば、あの偽者三人衆はどうじゃったか? あやつらはそれなりに余裕があったじゃろう」
「あいつらを参考にするんですか? あまり参考にはしたくないが……」
「試しに読み上げてみるだけでよいのじゃ」
あいつらをあんまり思い出したくないが。
「偽勇者のモリは酒と女遊びばかりで、クリストフはギャンブル三昧だったはずです。リーゼロッテはユミス様と同じく買い物ばっかしてましたね。向こうは高級品ばかり漁ってましたけど」
「買い物は良いが、酒は健康を損なう恐れがあるな。女で遊ぶというのは論外じゃが、ギャン? というのは、そんなにダメなものなのか?」
「ギャンブルです。数ある趣味の中でも、もっとも手を出してはいけないもののひとつですよ。ギャンブルは大金を一瞬で浪費しますからね。生活がいっきに傾く可能性があります」
クリストフは金を借りてギャンブルをしてたようだが、そんなに楽しいのだろうか。
「それは、やめておいた方がよさそうじゃのう」
「できれば金をあまり使わない趣味がいいですね。料理にハマるとか、錬金術を勉強してみるとか」
料理はあまり好きじゃないけど、錬金術か。
「錬金というのはたしか薬草からポーションやエリクサーをつくり出す技能であったの」
「はい。動物の血や樹液も使っていろいろ試す学問だったような気がします。実際はどんな感じなのか、少し気になります」
「ほほ。ならば試してみればよいのではないか?」
錬金、試してみるか。
「して、錬金はどうすればはじめられるのじゃ?」
「そう、ですね。たしか錬金台といって、薬品を煮たり加工できる台を自宅に設置する必要があったと思います。あとは材料が必要でしょうか?」
「ほう。そうなのか。それで、その錬金台というのはどこに行けば手に入るのじゃ?」
「それは……」
錬金台って繁華街に売ってるのかな。
「そもそも錬金というのがどのようにして行われるのか、ようわからぬから、はじめられぬな」
「そうですね……」
初級の錬金術であれば、冒険者ギルドで教えてもらえたような気がするが。
* * *
ふたたびベランダから広い世界へ飛び出した。
軽い身体で宙を舞い、民家の屋根へと着地する。
どこにでも行ける自由な身体は開放的で、何者からも決して縛られることはない。
「結局、猫の姿がよいのではないか」
「そんなことないです!」
調子に乗って民家の塀や屋根をぴょんぴょんと乗り降りしてしまった。
「若い男ではなくて、猫に生まれ変わらせた方がよかったかの」
「若い男の方がいいです!」
白猫のユミス様も屋根を伝いながら笑っておられた。
ギルドハウスの裏で人間の姿に戻してもらい、冒険者たちが気づいていない隙を狙って施設の中へ駆け込む。
ロビーのクエストを張り付けた掲示板には目も暮れずに受付に直行した。
「こんにちは。クエストをお探しですか?」
「錬金術を学びたいのですが、どこへ行けば教えてもらえますか」
「錬金術、ですか?」
受付のお姉さんが目を白黒させる。
「長旅が多かったので、街でじっくりと打ち込める趣味を見つけたいんです。案内してもらえますか」
「わかりました。確認してまいりますので、あちらで掛けてお待ちください」
すぐには案内してもらえないか。
ロビーの隅で待っていると、ひそひそと会話する声が聞こえてくる。
「あの二人じゃないのか?」
「ナバナでグリフォンを倒したんだっけ」
「この辺の村でろくに報酬ももらわずに魔物を倒しまくってるらしいぜ!」
私はこんなに噂されてるのか……
「向こうで噂をされてるのはわらわたちのことか?」
「そうでしょうね。噂の内容から察するに」
「大いに注目されている割には嬉しそうじゃないのう」
ロビーでそわそわし出した冒険者たちを怖れていると、受付の女性が戻ってきた。
「錬金術師のパウリーネさんという方が街のはずれに住んでおられます。西門を出ていただいて、高台を上がった先にアトリエが建っていますから、そちらへ向かってください」
「わかりました。ありがとうございます」
錬金術師のパウリーネさんか。
名前から察するに女性だな。
「錬金術の手がかりがつかめてよかったのう」
騒ぎにならないうちにギルドハウスを抜け出す。
「そうですね。ギルドと契約している方でしょうから、簡単な錬金術をさくっと教えてもらって――」
「ヴェンツェル様!」
うわっ、嫌な予感。
「どうか俺たちのパーティに――」
「今日は予定があるので失礼します!」
ユミス様を連れて即座に逃げ出した。
にぎやかな北門前の広場を駆けて街の西へと急ぐ。
「おほほ。人気者は大変よのう」
「笑ってる場合じゃないでしょ! ユミス様も人気者なんですからねっ」
「わらわは人間たちに囲まれるのは嫌いじゃないがのう」
勧誘されると断るのがつらいから嫌なんだ。
「今までは先のことを考えずにクエとか消化してましたけど、これからはもっと計画的に活動しないとダメですね」
「いっそのこと、誰かのパーティに入ってしまえばよかろうに」
大きな西門が見えてきた。
行商があやつる馬車のわきを通りすぎて街の外へと出る。
「西門を出たら高台を上がると言ってたな。どこだ?」
「とりあえず、この坂道を上がっていけばよいのではないか? 右手の森の向こうに民家らしきものが見えるじゃろう」
ユミス様がおっしゃる通り、森の向こうがこんもりと上がった土地になっていた。
民家のような建物があって、煙突から毒々しい煙が排出されているが。
「あそこに魔王でも棲んでおらねばよいが」
「けっこう煙出てますね。ほんと、合成獣でもつくっていそうだ……」




