第45話 趣味がない人たち
泥棒は居合わせた冒険者たちによって捕らえられて、北門の詰所へ連行されていった。
「ありがとうございます、皆さん。泥棒を捕まえていただいて。お陰で助かりました!」
「あっ、はい」
八百屋のおかみさんに感謝されて反応に困っている……居合わせた冒険者たちが。
「よくわからないけど声が聞こえたので」
「あら、そうだったんですか?」
「早く捕まえろって言ってたよな。誰が言ってたんだろう」
猫の私が声を上げてもあの人たちを混乱させるだけか。
「もしかしたらサウレ様のお導きなのかもしれないですね」
「ああ、商売の神様ですね」
「はいっ。ああ、後でお参りしに行かなきゃ」
八百屋のおかみさんと冒険者たちが歓談して、それぞれの持ち場へと戻っていった。
「見事じゃったぞ、ヴェン」
白猫のユミス様がとなりに降り立った。
「手柄は彼らに取られちゃいましたけどね」
「ほほ。いいんじゃよ、それで」
私がやったのだと言いたいが……
「困っている者が助かったのだから、これでよいのじゃ。誰が助けたかどうかは重要ではない」
「猫の姿で高説を承ってもあまり説得力ないですけどね」
笛の高い音が背後から聞こえる。
舞台を整えて、曲芸の披露がそろそろはじまるのかもしれない。
* * *
自宅へ戻ると閉塞的な生活が再開されてしまった。
冒険者が出歩いているから迂闊に外へ出られない。
「うう、ヒマだ……」
ユミス様から借りている魔導書を閉じる。
人間の姿でテーブルに突っ伏すしかない。
「勉学はあまり進んでおらぬようじゃの」
「はい。ずっと座っているのはつらいですから」
生まれてずっと農作業ばかりしていたから、座学はそれほど得意ではない。
幼女の姿に戻られたユミス様が「ほほ」と笑った。
「もうしばらく猫でいた方がよかったのではないか?」
「あの姿も悪くなかったですけどね。でも、ずっとあのままというのは困ります」
「猫は嫌いか?」
「嫌いというわけではないのですが、人間の姿じゃないといろいろと不便ですし」
身軽なのは利点だけど、両手が使えないのはかなり不便だ。
「猫の姿も動きやすくて便利なんじゃがのう」
そう言ってユミス様が白い煙を発生させた。
一瞬だけ身構えるが、ユミス様が小鳥に変化しただけだった。
「なんにでも変化できるんですね」
「ほほ。わらわは神じゃからの」
「そうですけど、話の流れを考えたら猫にまた変化すべきだったんじゃないですか?」
小鳥のユミス様が優雅に舞って私の頬に降り立った。
「この変化も魔法の一種なんですか?」
「いや、違うぞ。これは神だけがもつある種の力じゃ」
「要するに特殊能力ということですか?」
「特殊……かどうかはよくわからぬが神がもつ能力のひとつじゃな」
魔法じゃないのであれば私が習得することはできないか。
「この能力も使いたそうじゃな」
「そうですね。あれば便利でしょうし」
「人間のあらゆる者が変化したら世界に大きな変革がもたらされてしまうからの。父上もこの力は授けてくれぬじゃろうな」
世界の変革、か。
また大きな言葉が飛び出した。
「姿を変えたければいつでも言うのじゃ。わらわがそなたを変化させてやるからの」
「ありがとうございます。変化の力ってご自分以外に対しても使えるんですね。神はやっぱりすごいです」
「ほほ。わらわのは特別じゃ。他の神は自分にしか変化の力は使えぬよ」
え、そうなの?
「わらわは変化を司る神じゃからの。わらわは特別なのじゃ」
「はぁ。納得したような、うまく言いくるめられたのか微妙ですが」
気を抜いたら勉強する気が失せてしまった。
「私はずっと偽勇者……モリでしたっけ。本名は忘れてしまいましたが。奴に復讐することしか考えてませんでしたから、それを達成したら急に気が抜けてしまいました」
「生きる目的を失ってるようじゃの。それなら別の目的を探せばよいのではないか?」
「別の目的ですか」
生きる目的ってなんだろう。
改めて問われると返答できない。
「ヴェンよ。お主は今までどのようなことを考えて生きておったのじゃ?」
「今まで? そうですね。農民として生活していた頃は毎日が苦しくて、生活するだけで精一杯でした」
「毎日を生き抜くことが目的だったのじゃな」
「そうですね。母が病気で亡くなって冒険者になって、一発逆転の成功を勝ち取ってやろうと思ったのが発端ですかね」
私が冒険者になった目的は成功をおさめることなのか?
「少し見えてきたようじゃの」
「はい。しかし、『成功する』と改めて考えると抽象的ですね。当時はそこまで深く考える余裕がなかったのか」
「この辺りをもっと掘り下げていけば、そなたの真の目的が具象化するのかもしれぬな」
目的の具象化、か。
「重たいことはさておき、とりあえずこの退屈な状態をなんとかしたいです」
「ふむ。猫にはもうなりたくないと申しておるのじゃから、またクエでもすればよいのではないか?」
「そうですね。でもクエを受けるためにはギルドに行かないとダメです」
ギルドに行ったらまた勧誘の嵐に巻き込まれる……
「行かぬのか?」
「ほとぼりが冷めるまで、ギルドには行かない方がいいでしょう。また勧誘されます」
「わがままじゃな」
ぼん、と音を立ててユミス様が幼女の姿に――
「おごっ」
「あれもダメ。これもダメ。そんなことばかり申しておったら何もできぬではないか」
「そうです、けど……私の顔に座らないでくださいっ」
ユミス様のやわらかい身体を押しのけた。
「なんでもいいですから退屈しのぎはないですかね」
「そんなものは知らぬぞ。わらわは都合のいい女じゃないゆえ」
「都合のいい……はひとまず置いておいて、変化とクエ以外で退屈しのぎってないですか?」
「そのような途方もないことをわらわに聞くのか?」
あれ、ユミス様も難しい顔をされている。
「もしかしてユミス様も趣味とかないんですか?」
「ほょ? 趣味とはなんじゃ? 人間が楽しむ余興のことか?」
「余興……ではないような気がしますが、当たらずとも遠からずです」
「うむむ。お主、もしやわらわをつまらない女じゃと思っておるな!?」
少し思ってるかも。
「今朝の反抗といい、最近お主は反骨精神が目立つぞ!」
「ちょっとくらい、いいじゃないですか」
「ちょっとくらいじゃと!? うむむ……」
本気になられない程度にいじってみるのは楽しそうだ。
「はん! わらわはヴェンと違って、ちゃんとした余興を心得てるもんねー」
「へぇ。たとえばどんな?」
「どんな? お主、神に向かってなんという口の利き方を……」
「ちょっとくらい、いいじゃないですか」
この一言でだいたい封殺できる。
「たっ、たとえば、猫に変化してその辺を散策するとか」
「散歩なら誰でもできますし、ちゃんとした余興かと言われると微妙ではないかと」
「ぐ……っ。な、ならっ、そこの売店で好きなものを買うとか」
「あっ! やっぱり勝手に金を使ってたのユミス様だったんですねっ。なんかすごい減ってるからおかしいと思ってたんですよ!」
大事な生活資金を勝手に使い込んでる犯人が判明したぞ!
「ぐおっ、ち、違う! わらわではないっ」
「いやさっき、近くの繁華街で買い物してるって言ったでしょ!」
「違うのじゃ。そういう意味ではない! そういう意味ではなくて、その……あの……」
この人……じゃなくて女神も嘘をつくのが下手だ。
こんなしょうもない言い合いばかり続けていても退屈はしのげそうにない。




