第43話 気づいたら猫の姿に!?
私の後ろにいたのはキツネ顔の、どこか見覚えがある男だった。
「ヴェンツェル・フリードハイム。探したぞ」
この人……いや、こいつはひと月ほど前に私たちに襲いかかってきた冒険者じゃないか!
「お主は……どこかにおったフォグ族じゃな」
フォグ族はキツネ顔の亜人たちの名前だが……そんなことはどうでもいいっ。
「なんの用だ。今度は正面から堂々と私たちを襲う気か?」
腰を落として魔法を唱える態勢を整える。
「ふ。ずっと探してたぜ」
「仲間が他にもいただろう。周到に近くの裏路地にでも潜ませているのか?」
くだらない闇討ちなど私には通用しない――
「私を仲間にしてくれ!」
フォグ族の男が唐突に、頭を下げた……!?
「前のパーティは解散した。ヴェンツェル、お前……いやあなたのことを間違えていたっ」
この人も、パーティ加入関連の人になっちゃったのかよぉ……
「前の無礼は今後のはたらきで許していただきたい。頼む、この通りだっ!」
……って、言われても。
「どうするのじゃ? ヴェン」
こういうとき、ユミス様はいつもどこ吹く風の塩対応しかしてくれない。
ぐいと近づく男から離れた。
「すみませんが、パーティを変える気はありません!」
唖然とする男を見ないようにしてまた走るしかなかった。
宿まで直帰して四階の部屋まで階段を駆け上がる。
玄関の扉を閉めると、やっと落ち着いた。
「疲れてるのに、今日はずいぶんと走ったのう」
ユミス様、他人ごとのようにぷかぷかと浮かないでください。
「あやつも反省しておったようじゃし、話くらい聞いてやってもよかったのではないか?」
「いえ。ああいう話は迂闊に聞かない方がいいです。後悔します、絶対に」
「そうなのか?」
「経験があります。冒険者のパーティは目的を考えて、計画的に加入や編成をした方がいいんです。なんとなく、その場のノリで決めたら大抵失敗するんですよ。こういうのは」
「そうなのかのう。わらわにはよくわからぬ」
私も無下に断りたくないが……
「現状はユミス様と二人パーティでうまくいってるではないですか」
「二人パーティって、そんな……ヴェンは恥ずかしいことを、急に臆面もなく……」
「変な妄想しないでください。今の状態でうまく機能してるんでしたら、無理に変えなくていいんですよ。ここにあのキツネの人が入ったら、ユミス様はどう思われます?」
「う、うぅむ。三角関係になるのは、嫌じゃのう」
話が微妙に噛み合ってない気がするけど、話は通じてると考えよう。
「という感じで難しいんですよ。冒険者パーティというのは。声をかけてもらえるのは嬉しいんですけど、無計画に編成を変えたら後々面倒になりますよ」
「要するにヴェンに悪い虫がつかないようにすればいいんじゃな。モテる男の愛人になると苦労するのう……」
* * *
ベランダから覗くと宿のそばで誰かしら見張っているようであった。
市場に食材を買いに行くたびに声をかけられて辟易してしまった。
「たくさんの人から目をつけられると困りますね。食事も満足に摂れない」
「食事が摂れないと困るじゃろ。わらわの気持ちがやっとわかったか」
今朝もさっそくユミス様との会話が微妙に噛み合ってない気がするけど、それは大した問題ではない。
「私は元々インドア派ですけど、こう外出がままならないと生活に支障をきたします」
「イン、ド? とは、なんじゃ?」
「要するに自宅でのんびり過ごすのが好きだということです」
冒険者は向こうの民家の影と、街路樹の後ろ。
あっちの民家の向こうに、看板の裏にもいるか。
悪者なら魔法で蹴散らせるが……
「なんじゃ、ヴェンじゃとばれずに外へ出られればよいのか? そんなの簡単ではないか」
言下にユミス様が白い煙に包まれて白猫へと変化された。
「これなら、わらわだとばれぬぞ」
「ばれぬぞ、と言われても私はユミス様みたいに身体を変化させられないんですよ。そんな魔法があるのも聞いたことないし」
よくよく考えるとユミス様のこのお力は魔法なのか?
「ほほ。そなたはまだわらわを見くびっておるようじゃな」
ユミス様に見つめられると、身体を吸い取られるような感覚に襲われた。
私のまわりも白い煙に包まれて……?
視界が、なぜか急降下するっ。
「ななな……!」
何が起きてる!?
ものすごく嫌な予感がするが、私も猫に変化させられたんじゃないか!?
「そのまさかじゃ」
なにぃぃぃ……!
「私も猫になっちゃったんですかぁ!?」
「おほほほほ。神にできぬことはないわ」
ユミス様の高笑いをひさしぶりに聞いた気がする。
ユミス様が魔法を唱えられて、目の前に魔法の鏡が現れた。
美しい鏡面に映し出されているのは漆黒の毛並みが特徴的な猫……
「ほんとに、猫になっちゃった……」
「おほほほ。お似合いじゃぞ」
白猫のユミス様が高く跳んで私のとなりに着地する。
猫のユミス様から頬をすり寄せられている様子は、まるで猫の番いだ。
「あの、先に聞いておきたいんですが、これって元に戻してもらえるんですよね」
「おほほ、先に知っておかねばならぬか?」
先に知っておかねばならぬでしょ。
「ヴェンはなんというか冒険心が足りぬの。冒険者を名乗っておるのじゃから、もう少しくらい危険を冒した方が一興じゃと思うぞ」
悪かったな。私はどうせつまらない男ですよ。
「言葉をにごすということは、もしかして元に戻れないんじゃ……」
「おほほほほ」
ユミス様がぴょんと飛び跳ねてベランダの柵に飛びついた。
「待て!」
私も全力で床を蹴って……身体がすごく軽い!
いや、ものすごい高さまで跳びすぎ……
「いてっ」
まさかの天井に頭をぶつけて軽い脳振とう……からの落下。
「ぎゃん!」
硬い床にクッションも設けずに落ちたけど、思っていたほど落下のダメージはない。
「身体が人間よりも軽いからか。猫の身体ってすごいな」
すぐに起き上がって身体を見まわす。
全身を覆う黒い毛は、どこからどう見ても猫そのものだ。
「っていうか普通に人間の言葉をしゃべってるし、いろいろどうなってるんだ?」
「ヴェンよ。いつまでわらわを待たせるつもりじゃ」
は! 不届きなユミス様を追おうとしているんだった。
「わらわを捕まえんと元に戻れぬぞよ」
「くそ、待て!」
声を荒げながらも床を蹴る力を微妙に加減させたことは言うまでもない。




