第41話 炎の魔物アイムを討伐
「なんで、あいつらが攻撃してくるんだ……」
偽者はずぶ濡れの姿で茫然自失していた。
「俺が道を開けろと言ったら素直に従ってたのに……」
「魔物たちもお主にそっぽを向いたということじゃ」
ユミス様が呆れて言い捨てた。
「そんな……」
「魔物たちは本来、人間になど従わぬ。今は魔王が不在である世ゆえ、お主たちに従っておったのじゃろうが、そのようなものはいつまでも続かぬ。わらわとヴェンがお主らを処罰せんでも、お主らの策謀はいずれ破綻しておったのじゃ」
私がヘルハウンドたちを殺しまくったのが利いてるんだろうけれども。
「魔物はいずれ人間たちに牙を剥く。これに懲りて、金輪際、魔物と手を組もうなどと考えぬことじゃ」
偽者が大人しくなった。
現れる魔物たちを倒しながら進んでいるときも、途中で逃げ出そうなどと考えなくなったようであった。
山頂のわずか手前の、木々が不自然に拓けた場所に出た。
「ここは見覚えがあるぞ。あの魔物が棲んでいる洞窟がこの先にあるんだ」
「おお。やっとたどり着いたか」
洞窟の暗闇に足を踏み入れる。
ユミス様が光を照らしてくれるから、洞窟の中でも視界は明るい。
ヘルハウンドたちを蹴散らして短い回廊を越えると、滝の音が聞こえる空間に出た。
「ここだ。四十二歳だった私が殺された場所」
広い空洞の真ん中に巨大な火の柱が燃えさかっている。
強烈な熱と光を発するこの柱は……柱じゃない!?
「誰だっ」
この重々しい声が、魔物たちのボス……
「おっ、俺だっ。ディートリヒだっ。会いに来たぜ、アイム」
前に見たときは大きな獣と同じくらいの大きさであったはずだが……
「ディートリヒだとっ」
炎の巨人と化したアイムがのっそりと動き出して――炎を放ってきた。
「うわっ!」
「この裏切り者がっ。俺の腹心たちを殺しておいて、どの面下げて戻ってきた!」
アイムが放つ炎は火柱そのものだ。
轟然と飛びかかるたびに地面が灼熱に焦がされる。
「ちち、ち、違うんだっ。それをやったのは俺じゃ――」
「黙れっ。裏切り者には死あるのみ!」
この魔物の力はヘルハウンドやドラゴンパピーの比ではないっ。
「ユミス様、アクアガードを!」
「まかせておけ」
ユミス様が手にもった櫛を向けると水の盾が出現した。
「炎の魔物よ。お主はこやつの裏切りに赫怒しておるようじゃが、それは筋違いではないのか」
「なんだとっ」
「そなたらが弱ったふりして人間たちに頭を垂れておったのは安い芝居じゃろ」
ユミス様、出し抜けに何を言ってるんですか。
「ヴェンよ。お主が前にあやつを見たときは、こんなに大きかったか?」
「い、いえ。熊と同じくらいの大きさでした」
「そうじゃろう。ここは魔物が好む邪瘴で満たされておる。魔物たちはこの邪気を取り込むことで力を強めるのじゃ」
魔物たちにそんな性質があったなんて知らなかった。
「わらわが以前に妨害されたのも、この立ち込めておる強烈な邪瘴が原因じゃ。邪瘴が強い場所ではわらわたちも力を扱いにくい。あやつはここで魔王になろうと画策しておったのじゃ」
なんと! そんな危機に瀕していたとは……
「貴様、何者だっ」
アイムが燃えさかる炎の中から悪魔の顔を出した。
「わらわは人間たちを味方する善神じゃ。そなたを処罰しに参った」
「善神だと。人間風情に崇められる奴らなど、俺の敵ではないわ!」
アイムが火炎をさらに燃え上がらせて――炎が、猛烈な勢いで襲いかかってくる……!?
「ぐっ」
「ぎゃぁぁぁ!」
「わらわのアクアガードに身を潜めるのじゃ。さすれば大丈夫じゃ!」
こんな炎を直撃したら一瞬で灰になる。
だが、ユミス様が唱えてくれた加護は私をしっかりと守ってくれた。
「な……! 俺の攻撃が、なぜ通じぬっ」
「言ったであろう。わらわは神であると。人間の神をなめるでない」
アイムが続けて炎を放つが、水のぶ厚い壁が炎をすべて消してくれる。
「ヴェンよ、あの者に天罰を下すのじゃ!」
「わかりました」
ふるえる足を叱咤してアイムに近づく。
アクアボールとウォーターガンを続けて唱えるが、決定打に欠けるか。
「ふん。なんだ、その攻撃は。人間にしては骨があるようだが、ザコであることに変わりはない!」
アイムが巨木のような腕を振ると赤い炎が高速で放たれた。
「アクアガードに頼ってばかりではダメだ」
外から水をかけても炎の勢いが収まらない。
ユミス様のバフで魔力を高めるか?
力押しでもいいかもしれないが、もっと効率のいい方法はないか?
「どうした。人間の神とやらの力はそんなものか。人間など取るに足らない生き物。地上の支配権を我らに渡すべきなのだ!」
二本の火の柱がゆらゆらと軌道を描きながら迫ってくる。
火柱が私を取り囲んで焼き尽くそうとしたが、ヴォルテクスの魔法で打ち消した。
「ほう。人間にしてはそれなりに力をもっているようだな」
「ユミス様の力を、なめるなっ」
外から水をかけても効かないのなら内側から水をかけまくるのみ!
「ヴェンよ、何をするのじゃ!?」
燃えさかる火炎に突っ込み両手を伸ばす。
高熱で激痛が走る手に水をまとわせて、一気に放出する。
「くらえ!」
爆発する水の力を空に向けて奴の上半身まで冷まさせる。
「ぐおおぉぉっ!」
「よいぞ、ヴェン。もう少しじゃ!」
私のもてる魔力をすべて水に転換してお前を倒す!
「ぐ……こんな、はずでは……」
激流のように水を浴びせ続けて、アイムの黒い身体が確認できるようになった。
「お前を包む炎はすべて消し去った。魔物を断つためお前をこの場で始末する」
「ぐ……っ」
「そなたに邪神は降りぬ。勘弁するのじゃ!」
敵の身体を引き裂くのであればエアスラッシュが有効か。
「に、人間どもなどに……屈してなるものかぁ!」
アイムの全身に黒い魔力が集まる!?
「何をする気だっ」
「貴様らもここで道連れにしてやるっ。人間の神が死ねば、貴様らも弱体化するはず!」
くそっ、負けを悟って自爆する気かっ!
「やめろ――」
「魔族に、栄光あれっ!」
かっと閃光が視界を覆い尽くす。
消滅した――そう確信したとき、ユミス様の小さな影が視界の中央に現れた。
「まかせておけと言うたじゃろ」
白い世界が暗闇に変わった。
闇の世界にしばらく身をうずめて、やがて目が覚めた。
「ここは……」
アイムと戦ってたんだっ。
奴が最後に自爆して、私は意識を失っていたのか。
「戦いは、どうなったんだ」
平らだった地面のあちこちに大きな岩が落ちている。
天井がきっと崩落したんだ。
「あの大規模な攻撃を受けたんだ。天井だって崩れるか」
しかし不思議なのは、身体の痛みを感じないことだ。
崩落した岩も私を避けるように、まわりに存在していた。
「何が、どうなって……」
「ほほ。目が覚めたか」
ユミス様の声!
慌てて振り返ると黒い何かが突然まっすぐに迫ってきて――
「おぶっ」
「よくやったぞヴェン! 魔物は倒れたぞっ」
ユミス様の柔らかい感触が、久しぶりに……
「それはやめてって言ってるでしょ!」
「いやんっ」
魔物のボスと戦ってる最中なんですから、緊張感がなくなるような、ことは……
「アイムは、倒したんですか……?」
「そうじゃ! ヴェンの手柄じゃぞっ」
いやいや、ほぼユミス様の手柄だったと思うけど……
天井が崩れた洞窟に魔物がいなくなっている。
少し離れた場所で偽物の勇者が気絶してるだけだ。
「あやつは魔王ほどではないが、とても強力な魔物じゃった。そんな者に勇敢に立ち向かったのじゃ。充分、誇っていい功績じゃ」
「そう、なんですかね……」
「そなたは真面目すぎるのが玉に瑕じゃぞ。少しばかり、あの偽物を見習った方がよいのかも知れぬな」
ユミス様が小さな櫛を手にとって、「ほほ」と笑った。




