第40話 真のディートリヒはどこへ?
勇者ディートリヒ……ではない。
偽者の……本名は忘れたが男に案内をさせながら山を登りはじめた。
「はぁ。なんで、俺がこんなことしてんだよ」
男爵様の館から出発して森に入り、ぬかるんだ地面を進んでいるが、この道で合っているのか?
「偽者よ。言うておくが、わらわとヴェンに嘘の道を教えるでないぞ。そのような児戯は神に通じぬからな」
「わっ、わーってるよ!」
「わらわの姉は森を司る神じゃ。姉を呼べば、お主の嘘などすぐに丸わかりじゃ」
神の力は何かと規模が大きい。
「森の女神メネス様ですね。今さらですけど、メネス様に聞けばアイムの洞窟もすぐにわかるんじゃないですか?」
「そうなんじゃが、姉は今、遠くに行っておるようでの。気安く呼ぶと怒られてしまうのじゃ」
……だけど意外と世俗っぽいところもあるから意味不明だ。
「それは困りましたね」
「姉の怖さはヴェンも知っておるじゃろう。世界の平和のためにも危険は冒さぬ方が得策じゃ」
話しているうちに森を包む気が強くなっているように思えた。
「雷の神とか、森の神とか、なんなんだよお前ら。意味わかんねーよ」
偽者が元の太々しい態度を取り戻してきたな。
「なんなの、お前ら。本当に神なわけ?」
「本当じゃ。ヴェンも最初はそうであったが、人間というのは疑り深い者が多いのう。それと、わらわは雷の神ではない」
「知らねーけど。『神です』て言われて、『はい、そうですか』て言えるわけねーだろ。ったく、意味わかんねー」
口は悪いが、言っていることはよくわかる。
「神もお主らと同じようにこの世界に土着しているということじゃ。人間たちの前にあまり姿を現さぬゆえ、実感は沸かぬのかもしれぬがな。神の信仰を忘れ、軽んじれば重い裁きが下される。そう、肝に免じておくことじゃ」
アイムが棲む洞窟は一日では着かないほど遠いようだ。
森が開けた先に発見した丘で火を焚き、野宿をすることにした。
「偽者よ。そなたは本物の勇者ではなかったが、前に魔王ザラストラを勇者が倒したのは紛れもない事実であろう。何がどうなっておる?」
「何がって、本物の勇者が今、どこにいるかってこと?」
「そうじゃ。本物の勇者が近くにいれば、そなたも今回のような悪事を思いつかなかったであろう?」
勇者ディートリヒがいない?
ザラストラという魔王はかなり強かったようで、いくつかの王国が滅ぼされたとギルドで聞かされた。
「そんなこと言ったって、知らねーよ。俺は本物となんも関わりなんかねーし」
「本当か? わらわとヴェンに隠しごとは通用せぬぞ」
「ほっ、本当だって!」
この男はどうしてこんなに素直じゃないのか。
偽者は口を固くむすんでいたが、ユミス様の視線に耐えかねて観念した。
「お……俺はよ、だいぶ前だけど本物の勇者のパーティにいたときがあるんだ。いたって言っても一瞬だけだし、あいつが勇者になるだいぶ前だったんだけどよ。でも……あいつはなんていうか、普通じゃなかった」
「普通じゃない?」
「ヴェンさ、あんたもだいぶつえーと思うけど、はっきり言ってあいつには勝てねーぜ。だって、あいつ……次元が違ってたもん」
本物の勇者ディートリヒはそんなに強いのか?
「あいつはめちゃ真面目で、曲がったことがとにかく嫌いで、悪い奴はどんな方法を使っても処罰する……そんな奴だったから、俺はついていけなくてさ。すぐに逃げちまったけど」
「嘘つけ。お主が弱すぎたから本物から離縁状を突きつけられたんじゃろうが」
離縁状……ギルドやパーティから除名処分を受けることを言ってますね。
「う……っ、そ、そーかもしれねーけど、結果オーライだからなんでもいいじゃん!」
「結果オー? 意味のわからぬことを抜かすでない」
「ま、まー、そーいうことがあって、今はあいつがどこにいんのかなんてわかんねーんだけど、今でもどっかで正義ごっこを続けてると思うぜ。そうじゃなかったら、魔王といっしょにくたばっちまったとか」
勇者ディートリヒの名前は有名なのに、この近くで噂を聞かないから不思議だ。
ユミス様が小さな翼をはためかせていた。
「ヴェンよ、どう思う?」
「どう思うというのは、本物の勇者がどこにいるかということですか?」
「そうじゃ。普通、勇者が魔王を倒せば、人間の滅んだ土地を受け継いで王になったり、人間たちとともに街などを建造したりするものじゃ。土地や規律に縛られずに旅を続ける者もおるがの。じゃが、今回の勇者の消息は途絶えておる。妙じゃと思わんか?」
「そうですね。魔王を倒した名声と功績があれば、望むものなんていくらでも手に入るでしょう。それこそ、どこかの土地を所有していてもおかしくないのに、そんな噂を聞いたことがない。ユミス様がおっしゃられる通りに妙です」
「ふむ。わらわの悪い予感が過分にはたらいておる」
ユミス様の予感は的中する。
今回ばかりは当たってほしくない。
「はは。嫌だなー。ふたりとも、なに生真面目に考えてんの? わりーことなんて起きやしねーって。心配性だなー」
勇者の名を語った偽者ひとりだけが能天気に笑っていた。
* * *
偽者が夜に何度か逃げ出して、アイムが棲む洞窟になかなかたどり着けなかったが、山の傾斜は確実にきつくなっていった。
登っても変わり映えしない山道は覚えていないが、高い山から見下ろす優雅な景色には少し見覚えがある。
「魔物のボスの住処はなかなか遠いのう」
「へっ。だから言っただろ。行かねー方がいいって」
ゆっくりと登っていると茂みのこすれる音がした。
「魔物か」
現れたのは小型のドラゴンか。
赤いドラゴンは目をつり上げて私たちを威嚇している。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。俺っちが説得すっから」
偽者が声をかけながらドラゴンパピーに近づいたが、轟然と赤い炎を吹かれた。
「ぎょえぇぇー!」
「まずいぞ、ヴェンっ」
「わかってます!」
火だるまになっている偽者を無視してエアスラッシュを飛ばす。
ドラゴンパピーは翼を器用に動かして突撃してくる。
「あ、あちぃ。あちいよぉー!」
「黙っておれ。すぐに消してやるから」
魔物たちも偽者と決別したのか。
素早い。水が効くのだろうが、当てるのに苦労しそうだ。
「仕方ない。雷でお前を倒す!」
水と風を同時に発生させる。
敵の攻撃を受けながらも雲を発生させて、準備は万端だ。
敵が突進を終えて上空へと逃れる――
「そこだ!」
かっと閃光がきらめいた。
天から注がれた光がドラゴンパピーの硬い鱗を引き裂いた。




