第38話 勇者に裁きを下す
「その汚い手を離せ。男爵様に狼藉をはたらくな」
手を当てなくてもわかるほど胸の鼓動が早くなっている。
土を踏む足が妙な力でふるえた。
「ヴェン……っ、てめぇ……」
勇者ディートリヒが怒り狂って男爵様を突き放す。
ユミス様が飛びついて男爵様を保護してくれた。
「見つけたぞ。てめぇ、こんなとこで何してる」
「何を? 男爵様からご依頼いただいたクエをこなしているだけだが?」
後ろにいるクリストフとリーゼロッテも怒りを隠しきれていないようであった。
「てめぇは妹が病気だっつって休みもらうっつってただろ。そこの妹もピンピンしてるじゃねぇか!」
「ああ、これは失礼。あなたがたに嘘をついたのは謝ろう。だが、こうするしかなかったのだよ」
悪党の前に立ちはだかる。
目を細めて凄んでもまったく恐怖は感じないぞ。
「あんた、男爵のとこに行くって言ってたけど、こういうことだったのね!」
「てめぇ、他の村でも勝手なことしてくれてただろうっ。どこも魔物が全滅してたぞ!」
後ろの雑魚どももピエロのような狂言を吐いていることに気づかない。
「全滅してた? おかしなことを言う人たちだ。その事実のどこに怒る要素があるのです?」
「なん、だとっ」
「私たち冒険者はギルドから魔物討伐のクエストを受けて、魔物を討伐するのが生業でしょう。どこの領主も、村民たちも魔物がいなくなることを望んでいるのに、冒険者であるあなたがたは何故怒る必要があるのです?」
「ヴェンツェルさんの言う通りだっ」
男爵様も怒りが収まらないか。
「魔物を討伐してもらうために、いくらの金をお前たちに払ったと思ってるんだっ。ふざけるのも大概にしろ!」
こいつらの悪事が白日の下にさらされた。
「お前たちの悪事をすべて知っているぞ。お前たちはあろうことか魔物たちと裏で手を結び、男爵様や村人たちから金をむしり取っていたのだ。自分たちの遊ぶ金ほしさにな」
「て、てめ……」
「私はそれを許さない。神の裁きを受けるときが来たのだ」
「てめぇ……ぶっ殺す!」
勇者が右の拳を突き出してきた。
さっと後退するのと同時にアクアボールを唱えて男を吹き飛ばした。
「モリっ!」
「てめぇ!」
クリストフが怒り、戦斧を斬り落としてきた。
重たい刃は直撃すれば致命傷となるが、そう当たるものではない。
「男爵様のお屋敷を壊させはしない!」
ウィンドブラストで三名を同時に吹き飛ばして戦場を変える。
私が見立てた通り、こいつらはさほど強くない……いや雑魚だ。
「ヴェン!」
「ユミス様は手出し無用ですっ。男爵様とお屋敷をお守りください!」
クリストフが起き上がって攻撃を仕掛けてくる。
「うらっ!」
タンク職なだけあって耐久力は他の二人よりも高いようだ。
「そんな児戯が私に当たるかっ」
攻撃を冷静にかわしてウォーターガンで反撃する。
胸に水鉄砲が直撃して枯れた麦畑まで飛ばされた。
「こいつは前から気に入らなかったのよ!」
リーゼロッテが左に回り込んでしかけてくるのは光魔法のスターライトアローか。
光の矢が高速で放たれるが、初級の魔法など高が知れている。
この程度であれば上級のアローガードで簡単に防げる。
「うそっ!?」
「魔法というのはこうやって唱えるのだ!」
エアスラッシュを飛ばして奴の衣服をびりびりに引き裂く。
「きゃあ!」
下着姿になった奴はその場に座り込んだ。
女も無力化した。
残っている不届き者は、一人のみ。
「てめぇ……っ」
ディートリヒは怒りで手をふるわせているが、なかなか斬りかかってこない。
「どうした、勇者。さっさとかかってこい」
「う……っ」
「六年前に魔王を倒したんだろ。私は魔力が少し高いだけの若輩者だぞ。それとも私が怖いのか?」
「う……るせえぇぇ!」
両手でにぎりしめた長剣を斬り払ってきた。
かつて魔王を倒した者であるはずなのに、なんだ、この拙い剣は。
恐怖でがちがちに固まった剣さばきなど初級の冒険者ですら振るわないぞ!
「ぐぎゃぁ!」
雑魚どもを痛めつけるのも飽きた。
アイスニードルで痛めつけてられている愚か者の姿は、ヘルハウンドを処理するのとまったく同じだ。
「なんなんだよてめぇ! なんで俺たちの邪魔すんだよ。俺たちに恨みなんかねぇだろうが!」
子どものように泣き叫ぶ男を見下す。
「お前にはちゃんと金を払ってやってるだろっ。それなのに――」
「私の名を言ってみろ」
汚らわしいものを見ていると目が腐ってくるのを感じる。
「え……な、名……?」
「そうだ。早く言え」
「名……ヴェ、ヴェン。ヴェン……?」
「正確に言えっ!」
ウィンドブラストで吹き飛ばすと、汚物は観念したようであった。
「ヴェン、ツェル……フ、フリー……フリード……」
私に気づくはずもないか。
「おら、言ったぞっ。だからなんだっつうんだよ!」
「私はヴェンツェル・フリードハイム。お前らにかつて殺された者の一人だ」
「俺たちに、殺された……?」
「一年ほど前、私はお前たちのパーティに入った。何も知らない私は真面目にはたらいたが、お前たちの悪事が見過ごせずに決別して、お前たちに殺された。魔物のボスが棲むあの洞窟でな」
あの日の恐怖と絶望が今でもありありと甦ってくる。
「あの日、私はお前たちに殺されたが、ユミス様のご加護によって生まれ変わらせていただいたのだ。顔も年齢も大きく変わってしまったがな。あのときは肉体年齢が四十二歳であったから、お前たちが気づけないのも無理はないだろう――」
「やっぱり、そうだっ。ヴェンツェル! あいつだっ。アイムの洞窟で裏切った、あのじじいだっ」
後ろで叫んだのはクリストフだ。
「名前が似てると思ってたんだ。でも……こんな見た目じゃなかっただろ!」
「だからユミス様のご加護で生まれ変わったと言ってるだろうが!」
クリストフの顔面をぐちゃぐちゃにする勢いでアクアボールをぶつけてやった。
「じゃ、じゃ、じゃ……おお、お、お……おまえ……はっ」
振り返った先にいた汚物は震え、股間を水で濡らしていた。
「お前たちによって人生の振り出しに戻されてしまったが、ユミス様のお導きによってここまでたどり着かせてもらった。長かった……だが、後悔はない。こうしてやっとお前たちと相見え、裁きを下すことができる」
右手をふり上げてウォーターとウィンドの魔法を同時に唱える。
空気中に散りばめた水蒸気は上昇気流によって空へと押し上げられて、黒い雨雲を発生させる。
「く、雲が……」
「あのときの、スライムが全滅したときの……魔法!」
雷の魔法を使うのもだいぶ慣れた。
「あ、あわ……あわ……」
「ライトニングの威力を語る必要はないな。お前たちに騙された男爵様に、村人たち。そして私のように犠牲となった冒険者たちに代わり、勇者……お前を殺す!」
上空で音を発する雲に魔力を送り込んだ。




